婚約者ファビアン 3
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ファビアン・ドリューウェット。
ブリジットが六歳の時に婚約した、ドリューウェット公爵家の次男だ。
そして、先日ブリジットが別れの手紙を送った相手である。
(なんで? 今か今かと婚約破棄の知らせを待っていたのに、どうして本人が来るわけ? おかしいでしょ⁉)
ファビアンの絵姿なら毎年届いているが、結婚する気がさらさらなかったブリジットはちらりと見ただけで棚の上に積み上げていた。だからはっきり言ってファビアンの顔は覚えていなかったのだ。
(というか、棚の上で埃かぶっているのがばれたらやばいわ。ベラに頼んで適当なところに飾ってもらっておかなくちゃ……)
何を考えてど田舎のアンブラー伯爵領までやってきたのかは知らないが、この展開は想定外だった。もしかしたら、手紙ではブリジットが言いたいことが伝わらなかったのだろうか。わかりやすく書いたつもりだったのに。
(……っていうか、この人すっごいイケメンね。女性なんてよりどりみどりでしょうから、こんな面倒くさい病弱令嬢なんかさっさと振って、人生を謳歌すればいいのに)
キラキラと金貨のように輝く金髪に、湖底を思わせる美しい青い瞳。優しく弧を描く眉に高く通った鼻筋。すっきりとシャープな輪郭。一周回ってみても間違いなくイケメンだ。
この顔は金になりそうな予感がする。画家に絵を描かせて販売すれば高値で売れそうだ。それだけ整っている顔なのだから、その恵まれた容姿を最大限活用して面白おかしく人生を楽しめばいいと思う。
「ブリジット、体調はどう?」
ファビアンが柔らかい声で訊ねてくる。声もイケメンだ。
(お父様、よくこんな優良物件が捕まったわね)
ど田舎で金持ちでもないアンブラー伯爵家に、金持ちでイケメンの公爵令息が婿に入るのは、普通に考えてあり得ないのではないか。父とファビアンの父親である公爵が仲のいい友人同士でなければ起こり得なかった奇跡だ。
しかし、その約束事は、ファビアンがアンブラー伯爵家に婿に入って家を継ぐと言うものだったはず。ブリジットに弟が生まれた今、その約束は履行されないだろう。家は弟が継ぐはずだから。そのため、そもそも当初の約束を守れないのだから、この婚約はいつ解消されたっておかしくない――はずなのだ。
(言い出せないだろうから手紙まで書いてあげたのに、なんで?)
ファビアンを見る限り、婚約破棄寸前の婚約者がする表情ではなかった。おかしい。
ブリジットはわざとらしく咳をしつつ、ファビアンに行った。
「ファビアン様……その、こんな辺鄙なところまではるばるお越しくださってありがとうございます。わっ、わたくしにご用事でしょうか……?」
「わたくし」なんてかしこまった言い方を普段からしないため、ちょっと噛んでしまった。
けれどもファビアンはうっかり噛んだブリジットに不信感は抱かなかったようだ。ブラハムとベラが笑いそうになっているのが見えるけれど――、人が必死に演技しているのに、笑うんじゃないわよ!
「うん、君に会いに来たんだ」
「……ええっと?」
「会いに来た」のは用事とは違う気がする。こっちは何の用だと聞いているのだ。その用事を済ませて早く王都に帰ってほしいのである。ついでにさくっと婚約破棄をしてくれたらもっと嬉しい。
ファビアンは掛布団から出していたブリジットの手をぎゅっと握った。
「君からの手紙を読んだよ。一人ぼっちで療養生活をおくっていたからか、随分思いつめてしまったみたいだね」
ブリジットは祖母や使用人たちに囲まれて毎日楽しく過ごしているから一人ぼっちではないし、何も思い詰めていない。
(あの手紙の何を読んでそう解釈されたのかしら……?)
謎である。
誤解は早々に正さなくてはなるまい。
まずはここでの生活は心細くないと伝えることからだろうか。
ブリジットがどのように説明すればファビアンが納得するだろうかと思いを巡らせていると、ファビアンがより強くブリジットの手を握りしめた。痛くはないが、これでは振りほどけない。
「君が将来を悲観してしまったのは、きっと僕が会いに来なかったせいだよね」
(ん?)
ブリジットは将来を悲観した覚えはない。
ファビアンが会いに来なかったから? いやむしろ会いに来られたらブリジットの自由な生活なくなるので、会いに来ないでほしい。
「でも大丈夫だよ。これからは心細い思いはさせないから」
(んん?)
「僕たちはずっと離れ離れだかったから、お互い知り合う時間が全然足りていなかったんだ」
(んんん?)
内心で右に左に首をひねっているブリジットをよそに、ファビアンは後光すら差して見えるほどの綺麗で完璧な笑みを浮かべた。
「アンブラー伯爵にも了承をもらったんだ。これからは僕がずっとここにいるからね!」
ブリジットは思わずヒッと小さな悲鳴を上げてしまった。
(冗談じゃないわ――――――‼)
それは、本日二回目のブリジットの心の中の絶叫だった。