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婚約者ファビアン 1

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 アンブラー伯爵家のカントリーハウスの裏手に湧いている湧水がどうやら肌にいいらしいということは、結構前から気がついていた事実である。


 アンブラー伯爵家に仕えている使用人の面々の肌艶が恐ろしくいいのだ。齢七十近い祖母の肌もびっくりするくらいにハリがあって皺が少ない。これは何か秘密があるはずだと調べた結果、どうやら湧水の影響らしかった。

 アンブラー伯爵家は裏手の湧水を風呂や炊事に利用している。井戸を掘るより湧水から水路を引いた方が断然楽だと、昔からそれを利用してきたようだ。


 冬に多くの雪を降らせる裏山から出る湧水は、夏は冷たくて美味しく、王都でまずい水ばかり飲まされていたブリジットはその美味しさに泣くほど感動した。

 アンブラー家の使用人は自由に風呂に入ることを許されているので――けち臭い家では使用人に風呂は使わせないらしい――、その湧水を利用した風呂に毎日入っているのだとか。祖母も隠居して領地に来てから肌の調子がいいと言っていたし、湧水が肌にいいのは間違いないはずだ。

 そしてブリジットは毎朝その湧水で顔を洗いながら、ふと思いついたのである。

 これで化粧水を作れば、儲かるのではないかと。


(正直言って、王都から仕入れているとか言う高い化粧水を使うより、この水を顔につけた方が効果がありそうだものね)


 と言うことではじめた化粧水開発。

 もちろん水だけでは保湿成分がたりないので、ハーブから抽出した精油と蜂蜜を少々加えて作る。いくつかの試作品を作って、どの割合が一番いいか、使用人一同にも使ってもらって使用感をレポート中だ。近くの養蜂場で余っている蜜蝋と精油を合わせて保湿クリームを作ってみたらこれもみんなに好評だったので、併せて販売を検討している。祖母のオーロラもすっかり気に入ってくれていて、なくなったら催促が来るほどだった。


 祖母の知恵袋で、「ニキビにはティーツリー」と聞いたので、庭に生えているティーツリーの葉からも精油を抽出して、化粧品に加えている。今のところ、ティーツリーオイル配合の若い人向けのさっぱりタイプの化粧水と、保湿成分多めのしっとりタイプの化粧水の二つを販売する予定である。

 化粧水レシピが出来上がったらデイビットに頼んで量産してもらう予定だ。裏庭の湧水も売れて一石二鳥。


(ふっふっふ、化粧水が軌道に乗ればすっごく儲かるのは間違いなし。価格設定はあまり高すぎてもあれだけど、低すぎても効果が怪しまれるわよね。うーん、悩ましい……。何なら金持ち向けの高価格帯のものと一般家庭向けの低価格帯のものも作ろうかしら?)


 入れ込む成分を少し変えればいい。例えば使うハーブを安いものと高いもので分けたり、パッケージに差をつけるなり、いろいろやりようはあるはずだ。

 消耗品は金になる。

 クインシア商会がもともと扱っていた木製製品は滅多に壊れないため、一度買ったらそれっきりだ。だからあの商会は鳴かず飛ばずだったのである。しかし消耗品はなくなれば補充される。つまり気にいられさえすれば永久的にお金を生んでくれるのだ。


「ねーえ、ブリジット。わたくし、新しいドレスがほしいのだけど買ってもいいかしら? 秋物のドレスがくたびれていて、新調したいのよね」


 ブリジットが来るまで切り詰めて生活してきた祖母も、すっかりお洒落に目覚めている。ドレスは一着買うのも高価なので、ずっと我慢していたらしい。ブリジットが来てからは、少しでもブリジットに栄養のあるものを食べさせようと、自分が使えるお金も全部ブリジットに使ってきた祖母には楽をしてほしいと、ブリジットは湧水に精油を混ぜる手を止めて顔をあげた。


「いいですよ。ちょっと待ってくださいね。来月分のお金をまだ出していませんでしたから、あとで計算しておきます。今月儲けが大きかったので、結構な額が渡せそうですから、そこから出してください」


 ブリジットは自分の儲けの中から、伯爵家で使うお金を捻出している。もちろん全額ではなく二割程度だ。残り八割は何かあったときのための貯金と、将来商人になるときに使う蓄えである。

 オーロラはぱっと顔を輝かせた。


「ありがとうブリジット。あなたのおかげで生活を切り詰めなくてよくて、本当に助かるわ」

「ついでに、メイドたちの制服を新しくしてあげてもらえませんか? もう長い間買い替えていないんですよね。その費用は別枠で出しますから」

「ええ、もちろんですよ。来週にでも仕立て屋を呼びますから、ほかにほしいものがあればまとめておいて頂戴」

「じゃあ、ついでなのでいくつかまとめておきますね」


 メイドたちだけでなく、どうせなら使用人全員の制服を買い替えてもいいかもしれない。あとで何がどのくらい必要かベラと相談して決めよう。彼女たちの制服代金は貯金から出せばいい。


(服じゃないけど、庭師のトッドが新しい花の苗がほしいって言ってたわね。ついでにわたしも新しいハーブの苗がほしいわ。料理長も新しい鍋がほしいって言ってたし……、執事のブラハムは最近老眼がつらいって言っていたから眼鏡でも買ってあげようかしら)


 秋が来る前に必要なものをすべてリストアップしておかなければなるまい。

 完成した化粧水を瓶に移して蓋をすると、ブリジットは大きく伸びをした。

 田舎と馬鹿にされるけれど、ここでの暮らしはとても楽しい。


(そう言えば仔馬がほしいってダドリーが言っていたわね)


 ダドリーは厩舎係だ。アンブラー伯爵領はど田舎のため、馬や馬車がないと生活が苦しい。大抵は家に商人が来てくれるけれど、それだけでは賄いきれない部分も多く、使用人たちは馬車を使って買い出しに出たりする。今の馬たちは大分年を取って来たので、今から新しい仔馬を仕入れて調教したいとダドリーが言っていた。


「馬が何頭いるのかダドリーに聞いて来よっと。ついでにトッドにも何の花の苗がいるのか教えてもらわなくちゃね」


 化粧水の試作品造りも一息ついたところだし、散歩もかねて庭に降りて二人から話を聞いてみよう。

 ブリジットは日よけの帽子をかぶると、ベラとともに庭に向かった。


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