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病弱令嬢、お金に憑りつかれる 2

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「おーい、ブリジットー」


 ブリジットが管理しているハーブ園でラベンダーの収穫をしていると、遠くからデイビットが呼ぶ声がした。

 オレンジ色の髪に茶色の瞳。今年二十歳になったばかりの、クインシア商会の跡取り息子である。


 クインシア商会はアンブラー伯爵領に拠点を置く家族経営の小さな商会で、主に木製雑貨を取り扱っている。商い先もアンブラー伯爵領内に限られるため、いつまでたっても鳴かず飛ばずの商会だった。

 ブリジットがアンブラー伯爵領にやって来たときなどは、デイビットは毎日継ぎはぎだらけの服を着ていたのを覚えている。


(それが今や高そうな服を着て、髪も整えてカッコつけちゃって。うちのベラに惚れてるのはわかってるけど、ベラは年下は好きじゃないらしいから手ごわいわよ)


 ベラはもうじき二十四になる。彼女は渋好みなので、ちゃらちゃらした男はタイプではない。デイビットは一生懸命着飾ってきているようだが、たぶん逆効果だ。現に、ブリジットに日傘をかざしていたベラは、白い目を向けている。


「ベラも久しぶり! あ、これ、うちの商店で最近扱いはじめた石鹸なんだ。よかったどうぞ」


 デイビットはブリジットに用事があったはずなのに、素通りでベラにプレゼントを渡している。

ちなみにそのいい香りのハーブ石鹸はブリジットが開発した石鹸だ。

 市場に出回っている石鹸は古い油のような匂いがするし、正直なところ使い心地はあまりよくない。貴族令嬢がバスルームに花の香油をわんさか垂らすわけである。そうしなければ石鹸の香りが充満してすごく不快なのだ。


 そこでブリジットは発想の転換とばかりに、石鹸に香りをつけることにしたのである。ついでに、購買意欲をくすぐるために、ただの切りっぱなしの石鹸ではなく、ウサギをモチーフにした型でくりぬいてみたりした。デイビットの発案で、香りごとに形を変えてみることで落ち着いて、今では五種類の石鹸が販売されている。

 デイビットがベラに渡したのは、花の形にくりぬいた、一番人気の薔薇の香りの石鹸だ。


(この石鹸、普通の石鹸の倍以上の値段をつけたんだけど、飛ぶように売れているのよね)


 みんな、あの油臭さには辟易していたらしい。一般階級の家庭でも無理をすれば手に届くくらいの価格設定にしておいたのが功を奏したのか、購買層は幅広い。最近ではプレゼントにも人気なのだとか。


「ねえ、デイビット、わたしに用事があったんじゃないの?」


 いつまでたってもベラにデレデレしたままで本題に入らないデイビットにイラついて、ブリジットはラベンダーの花束を持って立ち上がった。このラベンダーも、これから商品開発に使うのである。ブリジットの次の開発商品は化粧水なのだ。


(女の人を味方につければ儲かるのはもう実証済みよ)


 買い物に出るのはもっぱら女性。そのため、当面は女性向け商品に重点を置いて開発するのだ。天から降り注ぐ金貨の幻が見える。


「あ、そうだった! この石鹸がほしいっていうお客様がいるんだけど、一応、許可を取っておこうと思ってさ」

「許可?」


 デイビットのことは信頼している。ブリジットへの利権の支払いが滞ったことはないし、元をたどれば彼が何も知らないブリジットに代わって利権登録をしてくれたから今があるのだ。だから、彼が誰相手にブリジットの開発した商品を売ろうと何ら問題ないし、彼にもそう言っている。


「わざわざ許可を取りに来たくらいだから、厄介な相手なの?」


 デイビットからもらった石鹸をエプロンのポケットに入れて、ベラがラベンダーを受け取った。立ち話もなんだからサロンで話をしようとデイビットを案内する。ついでに、ブリジットがブレンドしたハーブティーを飲んで感想がほしい。反応がよければこれも販売してもらうのだ。


 デイビットとサロンへ向かうと、ベラがハーブティーを入れてくれる。ブリジットがブレンドしたハーブティーは祖母オーロラのお気に入りで、どこからかかぎつけてきた祖母がサロンに顔を出した。同席したそうだったので、デイビットに確認したら問題ないと言う。むしろ、オーロラにも話を聞いてほしいらしい。


(わたしだけじゃなくておばあ様にまで話したいことって、なにかしら?)


 不思議に思いつつ、ベラが入れてくれたハーブティーに口をつける。デイビットが「うまい」と一言言ったので、販売確定だとほくそ笑みながら、話すように促せば、デイビットが言いにくそうに頬をかいた。


「それがさ、ブリジットの開発した石鹸なんだけど……とある筋から大口の注文が入ってさ。気に入ったら定期購入を頼みたいとまで言われてるんだけど……」

「すごいじゃない!」


 これは大金の予感。ブリジットは目を金貨のように輝かせた。


(これは早いところ新しい金庫を買わないと!)


 いや、いっそ空き部屋を一室もらって、そこを金庫に改造しようか。金貨のベッドで眠る日も近い。

 ブリジットが雨あられのように降ってくる金貨を想像してうっとりしていると、オーロラがおっとりと頬に手を当てた。


「あらあら、いいお話ではありませんか。どうして躊躇っているのかしら?」

「オーロラ夫人、それがですね、そのお客様が少々問題と言うか、大物と言うか……」

「まあ、誰かしら。貴族の方?」

「いえ……その…………王族です」

「え?」

「第一王女殿下なんです」

「なんですって⁉」


 ブリジットは声を裏返した。


「なんでも、ご友人にブリジットの石鹸をもらったとかで、すっごく気に入られたらしく……やっぱりまずいよなあ?」

「まずいわよ!」


 打てば響くようにブリジットは答えた。

 城には父で宰相でもあるアンブラー伯爵が出入りしている。王女が気に入った石鹸とあらば耳にも入るだろう。ブリジットが商品開発をしていることを父は知らないし、まだもうしばらく病弱令嬢でいるつもりだから知られたくない。石鹸に刻印されているのはクインシア商会の紋だが、そこをたどってブリジットが関わっていると知られるのは非常にまずい。王女が購入するものだから、出所は徹底的に調べられるはずだし。

 どうにかして断ってもらわなくては。ブリジットが脳をフル回転させて王女の希望を断るための言い訳を考えていると、ブリジットの隣でオーロラがポンっと手を打った。


「まあ! 素晴らしいじゃありませんか!」

「……え?」

「王女殿下がおつかいになられたら箔がつきますよ。ぜひ、そのお話をお受けなさい」

「お、おばあ様……?」


 まずい、おばあ様がやる気だ。

 長年「何もないど田舎」の落胤を押され続けてきたアンブラー伯爵家が浮上するチャンスとばかりに、オーロラは少女のように瞳を輝かせている。


(これは…………断れない)


 祖母を敵に回すのはまずい。祖母の機嫌を損ねると、ブリジットが病弱と言うのは嘘だと、両親にバラされてしまうからだ。


「……………………デイビット、その……よきに計らってちょうだい」


 お願いだからわたしが関わっていると知られないように頑張ってと、ブリジットはデイビットに縋りつくような視線を向けたのだった。



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