ブリジットは恋のキューピッドたりえるか 2
お気に入り登録、評価などありがとうございます!
一週間後――
「さあ行きましょう、ファビアン様!」
ベラとデイビットを乗せた馬車がアンブラー伯爵家を出発したのを見届けて、わたしは大急ぎで準備していた変装グッズを身に着けると、ファビアンを連れて玄関に急いだ。
「そんな格好でも可愛いね、ブリジット」
新婚の夫は何かにつけてわたしを褒めてくれるから照れてしまうが、今は呑気に照れている場合ではない。二人を早く追いかけないといけないのだ。
「お嬢様、ほどほどになさってくださいね」
執事のブラハムが心配そうな顔をしているので「大丈夫!」と親指を立てたら、余計に不安そうな顔をされた。何故だろう。
チェック柄の帽子に眼鏡、帽子と同じくチェック柄のシャツにズボン姿のわたしを、一目見ただけでブリジットと気づくものはいないだろう。妙齢のご婦人がこんな格好で出歩くはずがないからだ。
(人って結構先入観で生きているものなのよ。だから格好を変えるだけで案外気がつかないのよね)
と、何かの本で読んだことがある。
外見がキラキラ王子様なファビアン様はもっと慎重に、帽子をしっかりかぶらせて、丸眼鏡と付け髭をつけさせた。これで少しはキラキラオーラを押さえられただろう。
「よし、行きましょう!」
ベラに気づかれないように、わたしのファビアン様は辻馬車で工場まで向かう。
馬車に乗り込むと、わたしはこの日のために立てていた計画表を取り出した。
「それでブリジット、今日はどうするの?」
「工場で小さなハプニングを装って、うまくデイビットの株を上げようと考えています」
そう、抜かりのないわたしは工場のみんなにも話を通して、今日のために協力体制を整えていた。
「例えば?」
「ええっと、例えばこの部屋の視察に行った時は、積んであった箱が崩れ落ちてきて、デイビットがベラを庇う手はずです。たくましい……あー、まあ、デイビットがたくましいかは置いておいて、とにかく男性に格好良く庇われればベラだってドキッとするはずです!」
「なるほど?」
「あと、この部屋では従業員の二人が突然取っ組み合いの喧嘩をはじめるんです。そこをデイビットが爽やかに仲裁して、頼れる男をアピール!」
「それから?」
「最後は極めつけに、帰る間際に暴漢を装った従業員が登場して、ベラを誘拐しようとし、デイビットが撃退! 『ベラは、一生俺が守る』と決め台詞までいえばベラだってぐらっとくるはず!」
「ブリジット、何かおかしな本でも読んだ?」
「おばあさまの愛読書を一冊ほど」
「……うん、そっか」
ファビアン様は何とも言えない顔で微笑んだ。
「ブリジットの計画、うまくいくといいね」
「はい!」
うまくいってもらわなくては困る。商品のアイディアに煮詰まっていたわたしは、二人をくっつけて新商品の香水の宣伝文句にするつもりなのだから。
(ふっふっふっ、若い女の子が色恋沙汰に食いつくのは調査済みなのよ!)
ああっ、チャリーンチャリーンと金貨の音が聞こえるわ。なんて素敵な響きかしら!
わたしが金貨の山を想像してうっとりしていると、馬車が工場の近くで停車した。
さすがに工場の玄関前まで行くとベラに気づかれそうな気がしたので手前で停まってもらったのだ。
「さあファビアン様! こっそり様子を伺いましょう!」
「ブリジット、あんまり慌てると転んでしまうよ」
ファビアン様がそう言ってわたしの手を取って微笑む。
わたしの夫は優しいわ。……付け髭が、何とも言えない笑いを誘うけど。
(うーん、お父様と同じちょび髭にしたのが間違いだったわね。違うのにすればよかった)
できるだけ髭を視界に入れないようにしながら、わたしはそーっと工場の玄関に近づいた。
すると、工場の守衛が心得たように微笑んで裏口に通してくれる。
玄関から堂々と入ると気づかれるので、裏口からこっそりと中に入って様子をうかがうつもりなのだ。
(さあ、頑張るのよデイビット!)
きっと、今日でベラとデイビットの人生が変わるはず!
わたしは、意気揚々と裏口から中に入った。





