ファビアンの猛攻 4
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「ブリジットと彼――デイビットだっけ? どういう関係なの?」
デイビットたちが帰ったあと、ハーブ園に向かうブリジットのあとをついてきながらファビアンが言った。
化粧水に使うハーブをまとめておくためだ。ハーブの精油は石鹸作りでも使っていて、すでにクインシア商会が精油の生産を行っている。デイビットに、石鹸とは別に化粧水で使う精油をリスト化したものを渡して、精油のラインナップに加えてもらうのだ。
(仕事が増えてきたら、精油の生産とかは下請けに頼んでもいい気がするけど)
忙しくなってきたら、すべてをクインシア商会でまかなうのは難しいだろう。もともと家族経営のクインシア商会は、ブリジットの開発商品のおかげで今はそれなりの人数を雇ったようだが、これからもっと忙しくなるはずなのだ。
デイビットはブリジット同様儲けにがめついので、できるだけ自分のところで巻き取ってしまいたいようだが、いつか限界が来る。今のうちに、仕事を分散させておいてもいいかもしれない。その方が、領地に存在する他の工房で働く人たちの懐も潤うし。
(デイビットに許可を取ったあとで、各町の代官に仕事を欲しがっている工房がないか訊いてみよっと)
デイビットは渋るかもしれないけれど、ブリジットはクインシア商会だけを設けさせたいのではなく、領地全体の底上げがしたいのだから、ここは飲んでもらうしかないだろう。
そんなことを考えながら、歩いていた時にファビアンが唐突に変なことを言ったから、ブリジットは思わず立ち止まってしまった。
「へ? デイビット?」
ファビアンは今、デイビットとブリジットの関係がどうのこうの言っていなかっただろうか。
ブリジットが止まったので、ファビアンも足を止めた。
「そうだよ。どんな関係なの?」
「関係って……」
(どんな関係って言われても……どんな関係かしらね?)
親友とも少し違うような。悪友と言う言葉が一番しっくりくる気もするけれど、頼れる兄貴分のような気がしなくもないし――なんだろう?
ブリジットが首をひねっていると、ファビアンが両肩をそっとつかんだ。痛くはないが、一気に距離が縮まってブリジットはドキリとする。
(イケメンはむやみやたらに至近距離にきたら駄目だと思うんですけど!)
見上げれば、息もかかりそうな距離だ。
「ブリジットはデイビットが好きなの? だから、僕にあんな手紙を送ったのかな」
「はい?」
「ブリジットは商人になりたかったんだろう? もしかして、デイビットと結婚して商人になりたいって、そう言う意味だったの?」
「はあ?」
「まさか実はもう恋人同士だったりしないだろうね?」
「ちょ、ちょっと待ってください! そんなはずないでしょう⁉」
何やらおかしな方向に、盛大な勘違いをしていらっしゃる。
ブリジットがブンブンと首を振って否定したが、まるで妻の浮気現場でも見たかのような顔をしているファビアンは、じっとりとした目を向けてきた。
「だって君、すごく楽しそうだったよ。僕といるときはいつも困った顔しかしないのに」
それは念願の石鹸工業の話が進んで嬉しかったからだ。ファビアンと一緒にいるときに困った顔をするのは、事実彼がブリジットを困らせるからである。今のように。
「君の婚約者は僕だよ。逃がさないって言ったよね」
わざわざ言わなくたってわかっているし、ブリジットももう逃げられるとは思っていない。
アンブラー伯爵家を弟が継がないならば、ブリジットの商人になる夢は途絶えた。第一、領地が継げないから商人になりたいと思っていたのであって。領地が継げるのならば現状維持で構わない。せっせとお金儲けをして、領地を豊かにするのだ。
(どうあがいたってファビアン様と結婚するのは確定――……あ)
そうだ。ファビアンと結婚する未来はほぼ確定。……ブリジットは、このイケメンの妻になるのだ。
意識した瞬間、ぶわわっとブリジットの顔に熱が集まった。
真っ赤なっておろおろしはじめたブリジットに、ファビアンがにっこりと笑う。何がそんなに嬉しいのだろうかと思っていると、まるで「逃がさない」という言葉の有言実行のようにブリジットを腕の中に閉じ込めた。
「ブリジットはいい匂いがするね」
匂いを嗅がないでほしい。それはおそらく、使っている石鹸の香りだ。現在はレモンの香りの石鹸を開発中で、その試作品を使っている。
(ちょっとレモンの香りが強すぎるかと思ったけど、この反応なら悪く――って、違うでしょ! くんかくんかされるための石鹸じゃないのよ!)
離してほしくて身じろぎするも、ぎゅーっと抱きこまれてしまっているから抜け出せない。
「ブリジット、僕は浮気はしないし浮気を許さない派だよ」
だから、デイビットとはそんなんじゃないと言うのに。
「石鹸工場が軌道に乗ったら、結婚しようね」
「………………は?」
どさくさに紛れて、すごいことを言われた気がする。
デイビットとブリジットの仲を盛大に勘違された結果、プロポーズされてしまった。
いや、いずれ結婚はするのだろうけど――でも、まだずっと先だと思っていたし。
(ってそうか、常識的に考えたらわたし、すでに結婚適齢期だった……)
うっかりしていた。そう、「病弱」という形容詞が取っ払われたブリジットはいつ結婚することになってもおかしくない。盲点だった。
急に現実を帯びてきた「結婚」の二文字に、ブリジットの体温がぐぐっと上がる。
真っ赤どころか、頭のてっぺんから湯気が出そうなほどになったブリジットの頭のてっぺんにチュッとキスを落として、ファビアンが言う。
「計画書通り、来年には軌道に乗っているといいね」
つまりは、来年には結婚すると言うことで――
(うわああああああああああっ)
ブリジットは気を失わないように耐えるだけで精いっぱいだった。