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ファビアンの猛攻 1

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 父チャールズとの話が終わり、ひとまず王都に強制送還されずにすんだブリジットだったが、父と同じほどの――いや、それ以上の難関を前に青くなっていた。


 ファビアンの視線が怖かったので、ダイニングから逃げるように自室に戻ったブリジットだったが、もちろんそれで逃げられるはずもなく、ややしてファビアンの方からブリジットを訪ねてきたのである。

 ブリジットはベラに助けを求めたが、彼女は無情にもブリジットとファビアンを二人きりにして、部屋を出ていってしまった。あんまりだ。


(ど、どうしよう……)


 ファビアンは父のように怒っていないように見える。うっすらと微笑すら浮かべているのだ。だがそれが逆に怖い。

 ソファの上に縮こまって、ブリジットはちらちらとファビアンを見てはうつむくをくり返す。


(お……怒ってる、よね?)


 彼がここに来てからというもの、甲斐甲斐しく世話を焼く彼をずっと騙していたのである。彼は真実ブリジットが病人だと思って気を使ってくれていたと言うのに。


(あ、でも、これで間違いなく婚約解消よね? 嘘つきな女なんて願い下げだって言われるわよね? 怒られるのは怖いけど、これはこれで万々歳な展開よね?)


 ブリジットはなんとか自分を励まそうとするけれど、目の前の恐怖の方が何倍も大きかった。ここは先手必勝で謝るべきか。


「ふぁ、ファビアン様……あの……」

「ブリジット」


 びくびくしながら謝罪の言葉を述べようとしたものの、その前にファビアンに遮られてしまう。


「ひゃい!」


 声を裏返したブリジットに、ファビアンは小さく笑って、それから訊ねた。


「君の病気は本当に治ったの?」

「……お医者様が言うには、快癒したのは間違いないそうです……」


 父の言う通り、再び王都に戻ったらどうなるかはわからないそうだが、ここにいる間はもう喘息で苦しむことはないだろうというのが医者の見立てだった。

 ファビアンは顎に手を当てて「そう」と頷くと、徐に立ち上がってブリジットの隣に移動してきた。

 殴られはしないだろうが怒られる気がして怖くて仕方のないブリジットが、端っこに逃げようとしたけれど、その前にソファの背もたれとファビアンの間に閉じ込めるように、彼が背もたれに手をついた。


「つまり、君は元気。そう言うことだね?」

「そ……そうなります、かね……」

「ずっと僕を騙していたと」

「それは………………は、ぃ」


 どこかに逃げ道はないかとブリジットは視線を左右に動かすも、ファビアンの腕が退かなければ逃げられない。

 気がつけば、息もかかりそうなほど近くにファビアンの顔があった。相変わらずの笑顔だ。


(怖いよーっ)


 笑っていないで、父のように怒鳴ってくれたほうがまだいい。ブリジットが狼に追い詰められた子ウサギのようにふるふると震えていると、ファビアンが愛おしそうにブリジットの頭を撫でた。


「そんなに怯えなくても、ブリジットが病人のふりを続けていた理由はダイニングで聞いたからいいよ。……できれば僕には本当のことを教えてほしかったけど、ずっと会いに来なかった婚約者を信用できないのもわかる。……でもね」


 ぐっとファビアンの声が低くなって、ブリジットは悲鳴をあげそうになった。


「あの手紙はないんじゃないかな? 本当は病弱ではないのに病弱のふりをして別れてくれって言うのは、あんまりだと思うよ」

「ご……ごめんなさい……」

「そこまでして、君は僕との婚約を解消したかったのかな?」


 そうです、とはあとが怖すぎて言えない。

 しかし視線を彷徨わせるブリジットに本心に気が付いたらしいファビアンが、あからさまにため息をついた。


「どうしてそんなことをしたのかな?」


 これは、言わないとだめだろうか?

 ファビアンは頭がいい。誤魔化したところで、もうブリジットの嘘には騙されてくれないだろう。むしろ丁寧に説明すれば、わかってもらえるかもしれない。

 ブリジットは近すぎる距離にいるファビアンを見上げて、ごくりと喉を鳴らした。


「実は――」


 ブリジットの説明を黙って聞き終えたファビアンが、もう一度嘆息した。


「……なるほど。君が将来商人になるのを、僕のドリューウェット家が許さない、と」


 そうそう、とブリジットが頷けば、じろりと睨まれてしまう。


「そんなくだらない理由で、僕は捨てられそうになったわけだ」

「ひっ」


 ファビアンから笑顔が消えた。なまじ顔立ちが整っているだけに、至近距離で睨まれるとすごい迫力だ。どくどくと血が逆流しそうなほどに心臓がうるさい。泣きそう。


「いいよ、わかった。そっちがその気なら、こっちにも考えがある。要するに、僕は妻のやりたいことをかなえてあげられない甲斐性なしだと思われているわけだ。じゃあ、しっかりとわからせてあげないといけないよね」

「ひぅっ」

(ベラ、ベラ、戻って来てよー!)


 これ以上は怖すぎて耐えられない。

 本気で泣きそうになったブリジットは、うんともすんとも返事ができず、黙って俯くしかない。

 その頭上で、ふっと微かな笑い声がした。

 恐る恐る顔をあげると、ちゅっと額に軽いキスが落ちて、ブリジットは硬直する。


「それから、君は何か勘違いをしているようだけど、アンブラー伯爵家を継ぐのは、君と僕で間違いないよ?」

「……え? でも弟が……」

「そうなんだけど、君の弟は将来オルコック子爵家を継ぐことになるらしいんだよね」

「オルコック子爵家?」


 オルコック子爵家とは、父の妹が嫁いだところだ。

 ブリジットが目を点にしていると、ファビアンが苦笑して続けた。


「オルコック子爵夫妻には子供がいないだろう? 一時は養子を迎えるという話も出ていたみたいなんだけど、子爵も夫人もどうせなら血縁者に継がせたいと思っていたらしくてね。君の弟が生まれたときに白羽の矢が立ったんだ」

「へ?」

「ブリジットの体調のこともあるし、領地の空気があっているようだと医者から報告も上がって来ていたから、下手に領地から出さない方がいいだろうと言うこともあってね、君と僕は伯爵家の跡取りのままってわけ」

「……へ?」

「だから、残念ながら君は結婚を取りやめて商人に転身することはできないわけだけど――まあ、今まで通りここで商品開発にいそしむことはできるよ?」

「…………へ?」


 人間、あまりに想定外のことを言われると思考が凍りついてしまうらしい。

 ブリジットがぽかんとファビアンを見上げていると、彼は愛おしそうにブリジットの頬を撫でた。


「だからね、どんなに君が嫌でも――逃げられないんだよ」


 ブリジットの背筋がぞくりと震えた。

 誰だろう、この人。善人の権化のような人だったファビアンが――なんだか黒い。


「だけどまあ、そんなにまでして僕から逃げたかったブリジットが、こんな理由だけで納得するとも思っていないからね。だから、これから覚悟しているといい」

(覚悟って何⁉)


 にじにじと後ろへ下がろうとしても後ろにはソファの背もたれがあって一ミリも逃げ出せない。

 ファビアンはふにっとブリジットの頬を軽くつまみながら、こう宣言した。


「僕からは死ぬまで逃げられないんだってことを、しっかり教えてあげるから」



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