病弱令嬢、嘘がばれる 3
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「するとあれか? お前はここにきて四年たつ頃にはすっかり元気になっていたのに、みんなを巻き込んでずっと病人のふりを続けていたと?」
父の声が氷のように冷たい。
母は弟がまだ小さいので王都の邸でお留守番だそうだが、いなくてよかった。父より母の方が怖いのだ。
ファビアンはまるで魂魄をどこかに置き忘れてきたかのように放心していた。
場所をアンブラー伯爵家の、広いだけが取り柄のようなダイニングに移して、父、チャールズ・アンブラーの前に座ったブリジットは、だらだらと冷や汗をかきつつ、こくんと小さく頷いた。
途端、父の雷が落っこちる。
「馬鹿者‼ 何を考えているんだお前は! ブラハム! お前たちも何故止めなかった‼」
チャールズの鋭い視線がブラハムをはじめとする使用人へ向いて、ブリジットは慌てた。
「ちょっとお父様! ブラハムたちは悪くないわ! わたしがお願いしたんだもの! わたしが悪いのよ」
「当り前だ! お前が一番悪いに決まっている!」
ぴしゃりと言われて、ブリジットは口をとがらせて俯いた。悪かったとは思っているけれど、そう頭ごなしに怒らなくてもいいじゃないか。
チャールズはがしがしと白髪交じりの黒髪をかきむしった。
「つまりお前は病人のふりをしながら石鹸やらなにやらいろいろな商品の開発に手を出して、その利権で金を稼いでいた。それをやめたくなかったから病弱のふりをして王都には戻りたくなかった。そう言うことだな」
「……まあ、概ねは……」
「ばっかもーん‼」
チャールズの二度目の雷が落ちて、ブリジットはうへっと首をすくめる。
八年ぶりの父と娘の再会なのに、感動はどこかにぺいっと捨てられて、さっきから怒られっぱなしだ。
チャールズはこつこつとダイニングテーブルの上を人差し指で叩きながら、何から問い詰めるかを思案しているようだった。
そして行き着いた先は、ここへやってきた当初の目的「石鹸の利権登録」だったようだ。
「……王女殿下が五千もの数を購入した石鹸についてだが、お前の利権契約はどうなっている。相応の収入がはいっているはずだが、こちらには何も報告が上がって来ていないぞ」
「それなら……まあ、相応に」
「だから、どうなっているのかと聞いているんだ」
チャールズは、石鹸の利権収入である程度まとまった金がブリジットの懐に入っているのはわかっているようだった。ほかの商品の利権についても調べ上げられるのは時間の問題だ。ここは素直に白状した方がいいだろう。
ブリジットは背後に控えていたベラを振り返った。
「ベラ。わたしの金庫のどれでもいいから一つを開けて、中身を持ってきてくれない?」
「かしこまりました」
ベラが頷いて、それからブラハムとともにブリジットの部屋へ向かった。金庫一つ分とはいえ中身の金貨は相当な枚数があるので、一人では重くて持てないからだ。
やがてベラとブラハムが金貨の詰まった革袋を持ってダイニングに戻ってくる。その袋の中身をダイニングテーブルに積み上げると、チャールズが息を吞んだ。
「……こんなにか?」
「いえ、これはまだ一部ですよ。金庫は全部で五つありますから、一つはまだ半分ほどしか埋まっていませんけど、単純計算でこの四倍強ほどの――」
ブリジットの説明に、チャールズは眩暈を覚えたらしい。少し待ってくれと手で制して、頭を抱えて上を向いた。
「………………どうして黙っていた?」
「どうしてって、これは伯爵家のお金じゃなくてわたしの個人資産ですから、わたしの勝手でしょ?」
「そんなわけあるか‼」
まあ、チャールズの言いたいこともわからなくもない。アンブラー伯爵家は貧乏。それは王都で暮らしているチャールズたちにも当てはまるのだ。いや、ブリジットが私財を投じていろいろ買いそろえていない分、あちらの方が厳しい生活をしているだろう。収入があるなら家に収めろと言いたい気持ちもわからないでもない。
(でも、内緒にしてたんだからお金を渡せるわけないじゃないの)
根本的な問題はそこに戻るのだが、それを言ったらまた怒られそうなのでここは黙っておくことにした。
チャールズはじーっと金貨の山を見て、それから徐に言った。
「ともかく、お前の今後についてはこれから考える。体調がよくなったのは喜ばしいことだし、お前の担当医にも確認したが、どうやらここの空気があっていると言うこともわかった。王都に戻ると再発する可能性もあるらしいから、そこについては考慮しよう」
「お父様!」
なんと、話が分かる父である。
ブリジットがパッと顔を輝かせると、チャールズは眉間に皺を刻んで続けた。
「ただし、永遠にここに住み続けるのは却下だ。社交シーズン中ずっととは言わんが、せめて一か月は王都にいてもらうからな」
「……えー」
「えー、じゃない! エイヴァがどれほど淋しがっていたと思っているんだ。少しは顔を出しなさい」
エイヴァと母の名前を出されては弱い。ブリジットだって、両親が恋しくないわけではないのだ。
チャールズはコホンと咳ばらいを一つした。
「それから、これらの利権についてだが、やはりお前からアンブラー伯爵家へ登録を変更しようと思う」
「なんで⁉」
「なんで、じゃない! 我が家がどれだけ貧乏かわかっているだろう! ちなみにこれらの金貨もすべて没収だ!」
それは横暴すぎる!
激怒したブリジットが父に食って掛かろうとしたとき、パンッと乾いた音がした。
見れば、それまで黙って話を聞いていた祖母のオーロラが、手を叩いた音だった。
「チャールズ。お前、それはあんまりと言うものですよ」
オーロラはブリジットの隣に移動すると、孫娘の肩をそっと抱き寄せる。
「我が家が貧乏なのは、あなたが仕事にかまけて領地を放り出していたからでしょう。この子は病気で苦しんでいるときですら、この家を助けるために頑張ってくれていたんですよ。この子のおかげでわたくしたちは以前よりも何倍も豊かな生活ができているのです。それなのに、これまで何もしてこなかったあなたが、この子の稼ぎを奪い取っていいはずがないでしょう」
「ですが母上、王都の邸もそろそろ修繕――」
「だまらっしゃい!」
オーロラはぴしゃりとチャールズを黙らせて、ベラとブラハムに、ダイニングテーブルの上の金貨をブリジットの部屋に戻すように命ずる。
「別にね、わたくしはあなたの仕事に文句があるわけではありませんよ。宰相として国王陛下の補佐をするお仕事は大変でしょう。でもね、大変だからと言って放置された領地はどうなります? 家が没落しないギリギリを保っていればそれでいいと本気で思っていたのならば、わたくしはあなたとは親子の縁を切りますよ」
チャールズはぐうの音も出ないようだった。
オーロラは続けた。
「第一、この子の働きで伯爵家が潤っていないわけではないのです。この子が産みだした商品によって、右肩下がりだった伯爵家の財政は、ようやく上を向いて来たのですよ。ブラハムの報告書を読んでいるあなただってわかっていたでしょう。まさか何もしていないのに領地が持ち直したと思っていたわけでは、もちろんありませんよね?」
父のバツの悪そうな顔を見るに、何もしていなかったのにうまく領地が回り出してラッキーと思っていたに違いない。やれやれだ。
「ブリジット個人に入ってくるお金は、この子のお金です。勝手に取り上げることは許しません。いいですね?」
チャールズはしょんぼりとうなだれた。
おそらくだが、目の前の金貨の山を見て、それらを使ってオンボロな邸の立て直しや、カツカツだった生活の改善を図ろうと計算していたのだろう。宰相職の給料は決して安くはないのだが、それだけで王都の邸の維持や領地の維持をするのは、相当苦しかったに違いない。
(……なんだか可哀そうになって来たわ)
ブリジットだって鬼ではない。利権が取り上げられないのならば、儲けの一部を父に渡してもいいのである。というか、儲けの一部を提供する代わりに、現在計画している事業計画を承認してもらえないだろうか。
ブリジットは再びベラに、部屋に置いている事業計画書を取って来てくれと頼んだ。
「お父様、利権はあげられませんが、伯爵家の収入を増やす計画ならありますよ」
ブリジットはベラが持って来た石鹸工場の事業計画書を父に渡した。
悄然としていたチャールズは、ブリジットに渡された事業計画書を見て目を丸くする。
「お前……こんなことまで考えていたのか」
「王女殿下に石鹸を購入いただいた時点で、こちらが主力製品になるのは目に見えていましたからね。定期購入につながるのは間違いないと踏んでいますが、実際に王女殿下の様子を見てどうでした?」
「ああ。気に入ったから城の備品で購入していた石鹸をすべてこちらへ変えてほしいと言われている」
「よかった!」
これは急ぎデイビットに報告して、石鹸の生産を増加させなくては。
「報告書に書いていた通り、新しく石鹸工場を作ることで領内に雇用を生みます。工場の管理についてはクインシア商会に頼むつもりですけど、アンブラー伯爵家から出資するため石鹸の販売額に乗じた配当が伯爵家に入るようになります。さらに領内で循環するお金が増えれば、自然と税収も上がるでしょう?」
「……だが、出資する金がどこにある」
「それはわたしの私財から出しますよ。石鹸の利権は変わらずわたしに入りますからね。動かすお金は多くても、すぐに取り返せる金額です」
石鹸工場の出資金はせいぜい金庫二つ分――多くて三つ分くらいだろう。残る金庫一つと半分のうち、金庫一つ分の金貨ならば、王都の邸の修繕費として父にあげてもいい。
「伯爵家の財政が潤えば、ファビアン様が考えられている道路の整備や湖の氾濫対策も着手できるようになります。そうすればさらに雇用を生み、経済が循環しますよ。それにこれはわたしの勘ですが、これから石鹸を扱いたいと言う商会が増えるはずです。彼らがここに石鹸の買い付けにやってくるようになれば、領内の町は活性化するでしょう?」
「………………」
チャールズはたっぷり沈黙した後で、はーっと細い息を吐きだした。
「わかった。やってみなさい。……私も、この案には賛成だ」
「ありがとう! お父様!」
チャールズはブラハムにインクとペンを持ってくるように告げて、事業計画書に承認のサインをくれた。これですぐにでも着手可能だ。
チャールズはここに一泊して、明日には帰途につかなければならないと言うので、今夜にでもこっそり金貨を渡しに行こう。
ほくほく顔のブリジットは、何やら強い視線を感じて――それからハッとした。
(……まずい……忘れてた)
一難去ってまた一難。
じっとこちらを見つめているファビアンの存在に気付いたブリジットは、たらりと冷や汗をかいた。
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