病弱令嬢、嘘がばれる 1
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「…………なんで出て行かないのかしら?」
ブリジットは落胆していた。
アンブラー伯爵家貧乏報告書の内容をファビアンに吹き込み続けること一週間。そろそろ嫌気がさしてくるはずだというのに、ファビアンは相も変わらずせっせとブリジットの世話焼きに忙しい。
「ブリジット、今日は天気がいいから、少し庭に降りて見ないかい? もちろん転ばないように僕が支えるから」
ベッドの上で鬱屈していたのでそれは願ったりな申し出だったが、ファビアンが一緒だったらハーブ園でハーブの採取も行えない。完成まであと一歩のところで、化粧水の制作も滞っているし、心の底からこの領地から出ていってほしい。
(この人、なんで今までまともに会ったこともなかった婚約者に、ここまで甲斐甲斐しくなれるのかしら?)
善人にもほどがある。
アンブラー伯爵から領地を任されたと思っているらしいファビアンは、一生懸命領地の立て直し計画にも着手しているとブラハムが言っていた。
ブラハムによると、領内の交通整備の着手や湖の氾濫対策などをあげているらしいが、それらの工事費はもろもろ伯爵家の財産から出される。雇用促進という観点から見れば素晴らしいと思うけれど、働き手の全員の懐を潤すほどの金は伯爵家にはない。だから、これらは計画書段階で止まっているらしい。
もっとも、ブリジットの隠し財産を使えばゆうにまかなえる金額なので、ファビアンが出て行った暁には彼の計画書をそっくりそのままネコババ――もとい、有効活用しようかなと企んでいるのだが。
(この人……たぶんお父様よりよっぽど領主様としては優秀だと思うのよね)
惜しむらくは、弟が生まれたことでこの地はゆくゆく弟の手に渡ると言うことだった。このままファビアンが伯爵家の当主になってくれて、ブリジットの商才でフォローすれば、この領地はあっという間に裕福になるだろう。
ファビアンが伯爵家を継ぐと言う前提であるなら、彼との結婚も選択肢としては悪くない。ブリジットはこのまま好きなだけ金儲けを続けて、面倒くさい領地経営は全部ファビアンに丸投げしてしまえばいいからだ。それだけの能力が彼にはある。
しかし伯爵家は弟が継ぐのだから、ファビアンと結婚してもブリジットにうまみはない。むしろ領地が継げないなら商人になりたいブリジットとしては公爵令息という立場の彼は邪魔者でしかないのだ。公爵家には家に付随している爵位が少なくとも二つ三つはあるのだから、アンブラー家に婿入りしないのであれば何らかの爵位を受け取るはずだからである。ブリジットが自由にできているのはアンブラー家が辺鄙なところにあるど田舎領地だからに他ならなくて、伯爵や子爵の夫人として王都に住まうことになれば、面倒くさいパーティーやお茶会に駆り出されるだけで、絶対に商売はさせてもらえない。
(お父様も人が悪いわよね。いずれ息子に渡す領地なのに、ファビアン様に一時的にここを預けるとか。頑張ったってファビアン様には何の得もないのに)
人がいいファビアンは、それがわかっていても断れなかったのだろう。世の中は善人が損をするようにできているのだろうか。世知辛い。
これ以上、彼をここにとどめておくのは彼のためにもならないだろう。
ブリジットの行動が制限されることを置いておいても、いい人である彼には幸せになってもらいたい。
ファビアンに背中を支えられるようにして庭に降りたブリジットは、回りくどいことをするのをやめて、単刀直入に切り込むことにした。
「ファビアン様、この領地は何もないでしょう? 貧乏だし、田舎だし、他と比べて人も少ないし」
「どうしたの、急に」
ファビアンが首を傾げた。
背の高い彼を見上げれば、にっこりと微笑まれる。
日差しを反射してキラキラと輝く金髪がまぶしい。イケメンは太陽の下でもやっぱりイケメンだった。
「無理をしてわたくしなんかにつき合わなくても大丈夫ですよ?」
「どういうこと?」
「……お手紙にも書きましたけれど、わたくしはこのままここで静かにすごしますから、ファビアン様はわたくしとこんな領地など捨て置いて、どなたか健康で素敵な方とご結婚――」
「ブリジット」
いつになく低い声でファビアンがブリジットの言葉を遮った。
びっくりして目を丸くすると、彼の青い瞳が真剣な色を宿している。
「ブリジットは何か勘違いをしているのかもしれないが、僕は渋々ブリジットにつき合っているわけでも、ここにいるわけでもない。僕が望んでここにいるんだ」
「でも……」
「よしわかった。つまりブリジットの問題は、この領地が貧乏で、君が病弱と言うことだよね。ならその二つの問題を取り除くことができれば、何の憂いもなく僕と結婚できるわけだ」
そうではないのだが、そうし向けてきたブリジットは頷くしかない。どのみち、ブリジットは病弱演技をやめるつもりはないし、この貧乏領地は一朝一夕で何とかなるものではないから、「問題」を取り除くことは不可能だ。
(無理だとわかったら、今度こそ諦めるかしら?)
何やら長期戦になりそうな嫌な予感がするものの、ほかに手はない。ファビアンが「もう無理だ」と値を上げるその日まで、ブリジットは耐えるしかないだろう。
「待っていて、この二つの問題を解決して、君の心配を取り除いてあげるから」
そんな日は永遠に来ないだろう。
やれるものならやってみろと心の中で悪態をついたブリジットだったが――、ブリジットの予想に反して、その二つの問題のうち一つは、あっけないほどあっさりと解決してしまったのである。
ブリジットの不注意によって。





