ファビアン追い出し計画 3
お気に入り登録、評価などありがとうございます!
本日二回目の更新です!
執事のブラハムに頼んで、ファビアンを領地の視察に連れ出してもらった昼下がり。
ようやくベッドから出られたブリジットは、急いで机に向かった。
「お嬢様もあきらめませんね」
ベラが白い目を向けてくるが気にしない。
今から「アンブラー伯爵家貧乏報告書」を作成するのである。
ブリジットの開発品で潤うまで、この領地はナイシール国内でも底辺あたりのどん底貧乏だったのである。ブリジットの商品で多少潤っているとはいえ、販路はアンブラー伯爵領近辺のみなので。領内に入ってくる金もたかだか知れている。ぶっちゃけ、「伯爵家の収入」という面ではさほど多くない。そう、ブリジット個人に入ってくる利権を差し引けば、まだまだ「貧乏」の枠組みに十二分に入る領地なのだ。
(特産品も特になし。鉱山もなし。場所も辺鄙で観光客もなし。ぶっちゃけこのあたり一帯で取れるレモンくらいしか自慢できるものはないのよね)
アンブラー伯爵領は、気候があっているのか、レモンだけは豊作な土地だった。そのレモンを使った商品も開発予定ではあるものの、まだそこまで手が伸ばせていない。
レモンの収入などたかだか知れている。なぜなら全員がレモン農家をやっているわけではないからだ。領地内で消費できる量に毛が生えたくらいの収穫しかない。レモンをそのまま売ってもそれほど儲からないのである。
ブリジットはレモンの香りの香水を開発する予定で、うまくいけばそれで領内のレモン産業も活性化するのではないかと見込んでいるけれど、まだ計画書段階。本当は化粧水に使いたかったのだが、レモン果汁は化粧水には向かないらしい。祖母の知恵袋によれば、逆にシミを作る原因になるのだそうだ。化粧水を塗ってシミができたら大クレームである。作らなくてよかった。
(石鹸が軌道に乗ってるから、ここにレモンの香りのものを一つたしてもいいけど、それだけだと『レモン』を打ち出すには弱いのよ。やっぱり香水が最適よね)
貴族のみならず、一般市民の中でも香水愛用者は多い。特に一般市民は毎日お風呂に入れないから、体臭を消すために安い香水を購入するのだそうだ。レモンさわやかな香りがする、安価な香水を開発できれば、ぼろ儲けに間違いない。ムスクなどの動物性の原料と違って量産できるし、何より販売に向かない傷になったレモンも再利用できて一石二鳥。
(っていけないけない。今は商品計画じゃなくて、貧乏報告書を作るのよ)
いつもの癖で金儲けに思考が傾きはじめたブリジットは、ふるふると首を横に振った。
ブリジットはペンを握りしめると、いかにこの領地が貧乏であるかを書き綴りはじめた。書いていてだんだん虚しくなってくるが、そんな感情には蓋をする。
(いいもん、そのうちわたしがお金持ちな領地にするんだもん。あっという間に国で一番裕福な領地になる予定だから、大丈夫なんだから)
アンブラー伯爵領の住民たちはみんないい人ばかりだ。代官たちもとても気さくで優しい。ブリジットが病弱ではないと知っている代官も数人いるが、みんな子供の悪戯を見るような顔で、「内緒にしていてあげましょうね」と言ってくれる。ブリジットの開発品で管理している町が潤っている代官も大勢いるから、ブリジットはまるで娘や孫娘のようにみんなに可愛がられていた。
お土産に試作品を渡せば喜んでくれるし、きちんと使用感の報告書も提出してくれる。
こんな素敵な人たちが住んでいる領地を、いつまでも「底辺領地」などと呼ばせない!
ブリジットが思いつく限りのアンブラー伯爵領の貧乏具合についての報告書をまとめ終えた頃に、外出していたベラが戻ってきた。
ベラはデイビットの実家のクインシア商会へ、ブリジットの利権収入をもらいに行っていたのだ。いつもならばデイビットが直接持ってきてくれるのだが、彼がブリジットに会いに来ると必ずと言っていいほどファビアンが張り付くので、ベラに受け取りの代理を頼んだのである。
ベラは金貨の入った袋をブリジットのライティングデスクの上に置いた。
じゃらっと音を立てる革袋に、ブリジットはごくりと唾を飲む。いつも以上に重そうな音。わくわくしながらブリジットが袋を開けると、中には大好きな黄金色がキラキラと輝いていた。
「デイビットからの伝言ですが、お支払金額には王女殿下に販売した石鹸分が上乗せされているそうです」
「すごい数を買ってくれたんでしょう?」
「はい。お城の石鹸を全部入れ替えるとかで、各種千個ずつ買ってくださったとか」
「各種千個! ってことは五千個⁉ よく在庫があったわね」
「そこはデイビットが頑張ったようですね。お嬢様と同じく儲けにはがめついですから」
(がめつい……)
あんまりな言い方だと思ったが否定できないのが悔しい。
しかし城の中の石鹸すべてを入れ替えるとは王女も思い切ったものだ。城での使用感がおおむね好評ならば、今後も継続して購入すると聞いたが――ブリジットは自信がある。絶対にリピーターになるはずだ。
香り付き石鹸の作り方は簡単なので誰でも真似はできるのだけど、真似される前に利権登録してしまったから、香り付きの石鹸の権利はブリジットのもの。ブリジットの許可なくして勝手に生産販売できないのである。すべての儲けはブリジットの懐に入るのだ。
(王女御用達となれば、たぶん他の商会からも販売権利について交渉が入りそうね。……そうなると、領地の産業として石鹸の製造を行って各商会に卸せば、領地の収入源が確保できるわね。デイビットが怒りそうだけど、クインシア商会に生産工場を任せると言えば納得するはず)
ブリジットは新しい紙を取り出すと、先ほど作っていた貧乏報告書とは別に、領地の事業計画書を作りはじめた。大々的に領地の産業にするのならば父であるアンブラー伯爵の許可がいるが、ブリジットが関わっていると知られるわけにはいかないので、祖母のオーロラに代理になってもらおう。
王女から継続注文の確約が取れたわけではないが、来てからでは遅いのだ。量産できるシステムを作っておかなくては。
厩舎係のダドリーによると、最近若者の就職率が下がっていると言う。貧乏伯爵領なので、求人が少ないのだ。離職率は低いのだが、逆に言えば一度職に就くと誰もやめたがらないために若者があぶれる。新しい産業はその若者たちの救済措置にもなりそうだ。
(個人の収入が増えれば使う額も増えるから、回りまわって領地はさらに潤うはず)
ブリジットが開発した商品の生産工場を作る。ちょっとした思い付きだったがこれは名案かもしれなかった。ど田舎だから土地ならいくらでも余っている。各町の代官まで巻き込めば、計画は一気に進むはずである。
(この計画を進めるためにはファビアンを早く追い出さないと!)
ブリジットはベラにアンブラー伯爵領の貧乏報告書を渡した。
「ねえ、これでどう?」
ベラはさっと報告書に目を通した後でぼそりと言った。
「…………こうして報告書にまとめられると、ひどいものですね」
「でしょ? お父様もよくここまで放置していたと思わない?」
宰相職が忙しいのはわかる。父には子爵家に嫁いだ妹が一人いるだけで、忙しい時分に代わって領地を任せられる身内がいなかった。
だが、とりあえず首の皮一枚つながっていればいいかなと言わんばかりにギリギリのところで回されていた伯爵領には、当然人が集まるはずもない。人が減ればその分収入も目減りする。すっかり悪循環に陥って、もともと少ないところへ向けて年々税収が下がっていたのである。これは父の責任だ。
もしかしたらファビアンをここによこしたのも、領地の状況にようやく危機感を持ったからかもしれない。自分が動けないなら将来の婿殿を、と。体よく押しつけられたファビアンは可哀そうだ。
「でもお嬢様。産業、レモン。以下なし。は、あまりにひどくありませんか? もっとほかにあるでしょう」
「ないわよ」
地面を掘っても温泉が湧き出るわけでもない。ここは土地がら、いくら掘っても冷泉しか湧き出ないのだ。ただの飲料水である。
「水を販売するのはほかがもうやっちゃってるじゃない」
ワイプア湖の水は美味しいことで有名だ。そこに目をつけた他領がすでに「美味しい水」と称して水の販売をはじめている。これが意外と王都でウケて、ぼろ儲けらしい。水はタダなので、運送費がかかるだけなのだ。
思えばいい商売を思いついたものだと思う。ブリジットが水で儲かるかもと思ったときにはすでに先を越されていたので打つ手がなかったのだ。
「だから、これよ」
ブリジットは出来上がったばかりの事業計画書をベラに渡す。
「どう?」
「お嬢様は本当に、こと金儲けに関しては知恵が働きますね」
感心したように言われたけれど、どうしてだろう、あまり褒められている感じがしない。
「フェビアン様を追い出すことに成功したら、急いでこの計画に着手するわ。計画書を完成させるには一年の予想利益を立てなきゃいけないんだけど、そこはデイビットに今までの売り上げと王女が定期購入を決めた場合の販売数の目算を出してもらわなきゃ埋められないわね」
「わたくしはお金儲けに関してはさっぱりですが、働き口が増えるのはいいことですね。ついでにわたくしの姉も雇ってくれませんか? 続けて三人も出産したため、育児で仕事を離れていたんです。上の子が七歳になったから働きたいと言うんですけど、なかなか条件に合う仕事がないらしくて」
「ちなみに条件って?」
「子供がいるので、普通の人のように朝から夕方まで働くのは厳しいんだそうです。出来れば午後からだけが嬉しいのだとか。近所のご婦人方で持ち回りで子供の面倒を見ているそうなので、週に一度は休みがほしいとも言っていました」
「……なるほどね」
一般市民は男女問わず仕事についているが、女性の場合出産と育児で一時的に職を離れるケースが多い。多くは半年ほどの休暇で復帰するが、ベラの姉のように続けて子供ができた場合、泣く泣く仕事をやめてしまうことも多いのだ。そして、子供をたくさん抱えていると、子供がいないときと同じ時間を仕事に充てることができなくなるからなお不利になる。
「育児中の女性たちでも働きやすい環境が必要ってことよね。子供がいたら働けないから貧乏になるっていうんじゃ、誰も子供を作ろうとしてくれないもの。人口が減れば税収も減るから、これは可及的速やかに対処する必要があるわ」
となると、石鹸工場では女性が働きやすいように、短時間労働の採用枠組みを用意した方がいいだろう。ついでに工場の一部屋を託児所にできれば、母親たちは安心して働けないだろうか。工場はデイビットのクインシア商会に任せるつもりだが、このあたりは口出ししても問題ないだろう。
(うまくいけば領地の収入アップに加えて雇用促進、子供のいる家庭の収入アップで領内の経済も循環して、いいことずくめ?)
ブリジットはニヤリと笑った。
「ベラ! そうと決まったら、ファビアン様にいかにここが駄目領地かって言うのをわからせて幻滅させないとね! 我が家で働いている使用人は全員参加で、ここに書いたことをファビアン様に徹底的に刷り込んでちょうだい!」
ベラはもう一度、アンブラー伯爵領の貧乏報告書に視線を落とした後で、肩をすくめた。
「……そううまく事が運ぶとは、どうしても思えませんけどね」
お読みいただきありがとうございます!
少しでも面白いと思ってくださったら嬉しいです!
もしよかったら下記の☆☆☆☆☆にて評価いただけるとら励みになります(_ _)
~~~~~~
只今、「絶滅危惧種花嫁(角川ビーンズ文庫)」のコミカライズが連載中です☆
ComicWalkerやニコニコ静画で読めるので、よかったらチェックお願いします☆