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プロローグ

新作開始いたします!

さらりと読めるラブコメディです。どうぞよろしくお願いいたします。

 ブリジット・アンブラーという名を聞けば、アンブラー伯爵家を知るものは皆「可哀そう」と口をそろえるだろう。

 アンブラー伯爵家の長女、今年十六歳になるブリジットを形容するならば「病弱」。その一言に尽きる。


 彼女は、もともと喘息持ちで体が弱かったが、八歳の時にいよいよ呼吸困難になるほどに体調が悪化し、以来、西のワイプア湖付近にある領地で静養中だ。

 十四歳で社交界デビューするナイシール国において、病弱のために十六歳になった今でも社交界に顔を出したことがなく、王都に戻ることすら叶わない。


 なんてお可哀そうなご令嬢なのだろうと、華奢で儚げな令嬢を想像しては、ご婦人方はハンカチを濡らす。

 もしかしたら、幼少期に婚約した婚約者と結婚することも叶わず、このまま儚くなってしまうのでは――最近ではそんな噂で持ち切りだ。


 ブリジットの婚約者であるファビアンは、そんなご婦人方の噂話を耳にするたびに、貴公子然とした美貌に憂いをたたえ、そっとブルーの瞳を伏せる。


「ブリジット……」


 幼少期に会ったっきり、もう八年も会っていない婚約者を思い、ファビアンはそっとため息を吐きだした。



      ☆



 さて、その噂のブリジットである。


「ふっ、ふふふふふ……ああ、この光沢、この重み、この音! ああっ、恍惚、至福の時……!」


 アンブラー伯爵領にある、二階建ての大きいけれど古臭い邸。

 二階の日当たり一番日当たりのいい部屋からは、何やら不気味な笑い声が響いていた。

 時折、チャリーン、チャリーンと重いような軽いようなよくわからない音が聞こえてくる。

 アンブラー伯爵家に務める使用人一同は、その笑い声と音を聞くたびに、額を押さえて、異口同音にこう言うのだ。


「「「またはじまった」」」


 各々微妙にニュアンスは違えど、その声にはどれも深い諦観が込められている。

 その部屋の主付きのメイド、ベラは扉をノックしようとした姿勢で固まったのち、大きく深呼吸をして扉を叩いた。


「ブリジットお嬢様、お昼ごはんの時間ですよ!」


 ブリジットの「あの病気」の症状が表れているときは、ノックをしたところで返事はない。ベラは返事も待たずにガチャリとドアを開けて、窓際の丸テーブルについて、テーブルの上に山になった金貨をうっとりと眺めつつ、一枚、二枚、と少し高いところから落としては金貨がぶつかり合う音を楽しんでいる変人――もとい、アンブラー伯爵家の大切なお嬢様であるブリジットに白い目を向けた。


 ブリジット・アンブラー、十六歳。


 波打つ艶やかな黒髪に、アマゾナイトを思わせる美しい青緑色の瞳を持つ、色白の美少女である。

 ぱっちりした大きな双眸に、緩やかな弧を描く細い眉。ツンと尖った小さな花に、ぷっくりとした薔薇色の唇。つるりとした陶器のような白い肌は、白すぎて心配になるほどだが、紅潮した血色のいい頬を見る限り、病弱の「びょ」の字も感じられない。

 窓から燦々と照り付ける初夏の日差しにがテーブルの上に積まれた金貨に降り注ぎ、ブリジットは少々イった目をしてその輝きに見入っている。


「お嬢様!」


 絶対に聞こえていないなと、ベラは先ほどより大きな声を出した。

 ブリジットはぽやーんと夢見心地な目をベラに向けて、にへっと笑う。


「ねえねえベラ、見てよ! これが今週の成果よ。金貨が五十三枚もあるの。ふふふ、わたしもたいしたものよね。そう思わない?」

「あーはいはい。確かにお嬢様のお金儲けの才能には目を見張るものがございますが、今はそれよりもお昼ごはんです。ただでさえ食が細いのに、金貨にかまけて食事を抜いたりしたら怒りますよ」

「あら、もうそんな時間かしら。あっ、お昼ごはんと言えば、この前わたしが考案した蓋つきコップ、あれ、いい感じに売れているらしいのよ!」

「それはそれはようございました。確かに商店でスープや飲み物を販売する際に、持ち帰るときに便利ですけどね。ですがお嬢様、繰り返しますが、お昼ごはんです」


 いつまでたっても席を立とうとしないブリジットに、ベラが焦れたように言う。

 ブリジットは仕方なさそうに席を立つと、机の上の金貨をせっせと金庫に入れた。


「この金庫もいっぱいになりそうね。そろそろ新しいもの買わなくっちゃ」

「お嬢様、部屋中金庫だらけになりますから、いい加減銀行に預けてください」

「だめよ、うちの貸金庫に預けたりなんかしたら、お父様たちにわたしがしていることがばれちゃうじゃない」

「税収が跳ね上がってるんですから、すでに気がついていらっしゃるんじゃありませんか?」

「ないわね。だってお父様たち、わたしがいつまでも病弱なままだと信じているもの。どうせなんか勝手に税収が増えてるけど、ラッキーくらいにしか思ってないわよきっと。だってちゃんとわたしみんなに口止めしているもの。もちろん裏切ったりしないわよね? その分わたしの儲けからお給料上乗せしているんだから。信じているわよ?」

「それは誰も告げ口なんかしていませんけど……、ならお嬢様個人名義で銀行に金庫を借りればいいじゃないですか」

「それもだめ。わたしの名前で貸金庫を申し込んだりしたら、すぐにお父様に報告が行くはずだもの」

「はあ、なんでそんなに秘密にしたいんです? もうすっかり元気なんですから、旦那様たちに本当のことを言って安心させて差し上げればいいじゃないですか。いつまでも病弱だと偽っていると、婚約者様との結婚に差しさわりが出ますよ」


 ベラがたしなめると、ブリジットはにやりと笑って、びしっとベラに人差し指を突きつけた。


「それよ!」

「どれですか?」


 ブリジットはふふんと鼻を鳴らして、言った。


「わたしの狙いは、ファビアン様から婚約破棄してもらうことなんだもの!」





お読みいただきありがとうございます!

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