お茶会に参加です(前編)
クレージュ侯爵家長女・セレスティーヌは集まった令嬢たちを眺めて内心のため息を押し殺した。
母の妹の子供ーー従姉妹のクラリスのおねだりで、ルクレール侯爵家の婚約者をお茶会に誘うことになってしまったが、面倒事の予感は早くも的中だ。
クラリスが四人の伯爵令嬢をオトモダチだと招いていた。15歳のコリーヌ・ブザールにガブリエル・ドータン、14歳のイザベル・カルメルとフロランス・デザルク。クラリス・キュリーは13歳で、この中では一番家格が上だった。
クラリスとオトモダチは早くも席に着いてお茶会を開始している。招待したシャルリエ子爵令嬢には1時間も遅い時間を指定したのだ。
「子爵令嬢のくせに遅れてくるなんて、非常識ですわ」
「ええ、本当に。ルクレール家と縁づくからと調子に乗っているのよ」
「皆様、ここは貴族の常識をしっかりと教えてあげなくては、ねえ?」
ほほほほと高笑いする一同は未成人ながら、すでに見事な悪役だ。
セレスティーヌはこめかみを押さえて従姉妹を睨んだ。
「クラリス。あなた、我が家とルクレール家を対立させるつもり? シャルリエ子爵令嬢は侯爵様が望んだと聞いてるわよ」
「あら、セレスティーヌお姉様。ご心配には及びませんわ。わたくしたち、社交なさらない子爵令嬢に礼儀を教えてあげるだけですもの。伯母様のお許しを得ているのですから、邪魔はなさらないでね?」
クラリスの笑みにセレスティーヌは視線を逸らした。
妹のブランディーヌの療養に付きあって隣国に出向いている母は留守でも女主人としてクレージュ家に君臨している。母の意向に逆らうことはできなかった。
ブランディーヌとルクレール家嫡男の婚約の打診が流れたのは母が当主である祖父に愚痴ったせいだ。ただでさえ、病弱なブランディーヌに魔力制御のできない虚弱児との婚姻なんてとんでもない、と。ブランディーヌにはしっかりとした高位のお相手を、と隣国の友人に掛けあって隣国の貴族と娶せるつもりだったのだ。
それなのに、侯爵家が子爵令嬢を婚約者にした途端、下位貴族と縁組するなんてブランディーヌを貶めるつもりかと騒ぎだした。話が流れた相手が誰をみそめようと関係ないだろうに。
ブランディーヌの次がたかが子爵令嬢なんて、我が家が、娘がバカにされたと被害妄想全開だ。
セレスティーヌは母や祖父に関わりあいたくなかったのに、クラリスが母に泣きついたせいで、子爵令嬢を侯爵家主催のお茶会に招待する事になってしまった。
セレスティーヌにできるのは従姉妹たちにイジメられる令嬢のフォローだけだ。令嬢を庇えば、セレスティーヌに鬱憤の矛先が向けられる。侯爵家内で妹を溺愛する母に顧みられないセレスティーヌは自分の立場を守るだけで手一杯だった。
「本日はお招きいただきまして光栄ですわ。これを機にセレスティーヌ様とお呼びしても構わなくて?」
「え、ええ。ブロンデル様」
「まあ、イヤだわ。学院での同級生なのですから、わたくしのこともベアトリスとお呼びくださいな」
セレスティーヌは顔が引きつるのを辛うじて堪えていた。
シャルリエ子爵令嬢の付き添いとしてやってきたのはブロンデル伯爵家跡取りのベアトリスだ。確かに同級生だが、これまで付きあいはあまりなかった。薬師の家系として名高いブロンデル家は伯爵家の中でも上位である。侯爵家でも無下にできる相手ではなかった。
ベアトリスが一歩後ろに控えていた少女を手招きして紹介する。
「こちら、当家と先々代からおつきあいのあるシャルリエ子爵家のご令嬢、エリゼーヌ様ですわ。エリゼーヌ様は妹のヴィオレットととても親しくしておりますの。
子爵夫人は療養中ですので、重要な取引相手の当家が代わりに付き添いました。本当は母が付き添うべきなのですが、生憎と体調を崩しておりまして。
わたくしはセレスティーヌ様とは面識がございますし、これを機会にお友達になりたかったので付き添いをかってでたのです。ぜひ、仲良くしてくださいまし」
恥ずかしそうに告げるベアトリスにセレスティーヌ背後の少女たちは唖然としている。
紹介されたエリゼーヌは見事な淑女の礼をしてにこりと微笑んだ。
「お初にお目にかかります。エリゼーヌ・シャルリエと申します。皆様、お招きありがとうございます。本日はよろしくお願いいたします」
エリゼーヌがベアトリスと並ぶとリボンなどの飾りが多少違うだけで意匠は同じだ。色違いのお揃いのデイドレスだとすぐにわかった。基本はシンプルなAラインのドレスだが、エリゼーヌがリボンやフリルで愛らしさを強調する意匠なのに対して、ベアトリスはレース飾りや小粒の宝石の装飾で大人らしさを表現している。
口先だけでなく、本当に親しくしている間柄なのだとイヤでも認識された。
全く面識のない見ず知らずの相手の招待に下位貴族といえど、子供一人で送りだすわけがなかった。付き添い人がいるのはわかっていたが、控え室に案内する予定だった。交流目的の招待で子供だけのお茶会をしたいと言えば、下位貴族が異議を唱えられるわけがない。しかし、伯爵家の中でも上位のブロンデル家令嬢を控え室に隔離などできなかった。
招待主に挨拶を述べるのは当然で、使用人は言いつけを破ることになるが、ベアトリスをこの場に連れてくるしかなかった。
ベアトリスは優雅に扇を仰いで小首を傾げてみせた。
「あら、わたくし、時間を間違えたかしら? セレスティーヌ様にご挨拶申しあげたかったから、少し早めにお邪魔したのに・・・」
ベアトリスの視線はテーブルに据えられている。令嬢たちは挨拶で席を立ったものの、テーブル上はすでに飲食中とわかるお茶やお茶菓子が並んでいるのだ。少女たちの意図するものは一目瞭然で、ベアトリスの瞳にふっと蔑みの色が浮かぶ。
セレスティーヌが青褪めて言葉のでない従姉妹に代わって応じた。
「申し訳ありません。この子たちは楽しみにしすぎたようで早くから集まっておりまして。どうせなら、お茶会の前に味見させようとしていたのです。
不作法な上に段取りが悪くてお恥ずかしいですわ。
お茶会の会場はサンルームですの。我が家の自慢の温室をご案内いたしますわ」
セレスティーヌの合図を受けて侍女たちが動きだす。セレスティーヌが温室をゆっくりと案内している間にお茶会の席を設けてくれるだろう。クラリスたちは大人しく最後尾にくっついて移動するしかなかった。
改めて温室に併設するサンルームにお茶会の支度が整えられた。
セレスティーヌとベアトリスは少女たちとは少し離れた席だ。お見合いの席のお若い者同士でとばかりに、少女たちを見守る体勢である。
ベアトリスはほほほと優雅に微笑んだ。
「セレスティーヌ様はお優しいですわね。子爵夫人が療養で社交界にでられないエリゼーヌ様を心配してこの席を設けてくださったのですね?
ヴィオレットも来たがっていましたが、さすがに招待されてないのに押しかけるなんて不作法はいけませんもの。諦めさせるのが大変でしたわ」
「左様でしたか。・・・実は従姉妹のクラリスに頼まれてまして。シャルリエ家と交流を持つにはどうすればよいかわからなかったようですの」
「シャルリエ家は夫人のためか、ご当主も社交界にでられませんからね。お気持ちはわかりますわ」
一見和やかな会話だが、ベアトリスは少女たちのテーブルへ時折視線を投げかけている。クラリスたちが何かやらかせば一発でバレるだろう。
セレスティーヌは内心ではヒヤヒヤとしていた。さすがにクラリスもお目付役のベアトリスの前で愚かな真似はしないだろうけど、と思いたいが、そもそもこのお茶会自体があり得ないのだ。ルクレール家当主が望んで決めた婚約者に難癖つけてイビるとか、はっきりいって自滅行為だ。
ベアトリスとエリゼーヌはルクレール家の馬車で到着したと侍女から耳打ちされて、セレスティーヌの胃はキリキリと痛みだした。侯爵様のお気に入りでの婚約という噂は本当なのだ。
ーーベアトリスがお目付役で付き添った意味を従姉妹は理解しているといいのだが・・・、いや、理解してほしい。
どうか何事もなく無事に終わりますように、とセレスティーヌは心の中で神に祈りを捧げていた。
悪役令嬢・ブランディーヌは次女で、お茶会のホストのセレスティーヌは長女。まだブランディーヌの出番はありません。




