招待状が再びきました
エリゼーヌは困惑して、ジェスターは不機嫌の極みで、ブレーズ教授は思案顔で、テーブルの上の一通の招待状を見つめていた。
エリゼーヌの誕生日から一週間経って、クレージュ侯爵家からエリゼーヌ宛に届いたお茶会のお誘いだ。参加者は主催者の侯爵家長女の他にこの前ルクレール家が断った伯爵家のご令嬢たちだ。
『ルクレール家との婚約を機に将来の侯爵夫人と交流を持ちたい』との誘い文句がわざとらしすぎて胡散くさい。
ジェスターは問答無用で断ろうとしたが、いつもより早めにやってきた教授に止められた。同家格のクレージュ家を無下にするのは悪手だ、と。
エリゼーヌが遊びに来たからといってジェスターたちは毎日遊んでいるワケではない。エリゼーヌが婚約者候補だった時と同様に午前中はそれぞれ個別授業で午後からブレーズ教授に教わっていた。休日や教授の都合が悪く授業が休みの時だけ外出して婚約者らしい付きあいをしていた。
教授は以前のように古書の掘り出し物を見つけると、少年少女と一緒に解読していた。今日も面白そうな文献を見つけたと早めに侯爵家にやってきたところで、静かに怒り狂う教え子とご対面だ。
ジェスターはクレージュ家からの招待は絶対婚約者を貶めるための茶番だと確信していた。
「どうやら、お二人が薔薇園を訪れたのを見かけた者がいたようです。あの展示会は期間限定で人気だったから。
申し訳ありません。こうなるとは思わなかった私の読みの甘さが招いた失態ですな」
教授の後悔にまみれた言葉に少年少女は顔を見つめあわせた。
教授に王都の薔薇園での催しの招待状をもらった。教授からエリゼーヌへの誕生日プレゼントで、予約日はエリゼーヌの誕生日の二日前だった。
奇跡の青薔薇の栽培に成功したと、青薔薇の展示会が期間限定で開かれていたのだ。誰でも入場可能だが、混雑が予想されるので特別料金で午前と午後の1時間だけ貸切で予約できる。貸切を利用するのは貴族が主だった。
エリゼーヌ宛に招待状を送った伯爵令嬢たちは薔薇園でジェスターと一緒のエリゼーヌの姿を見かけて王都に来ていると判断したらしい。それなのに、お茶会を断られたから、クレージュ家と親戚の伯爵令嬢が画策して新たに招待状が送られたようだ。
婚約成立してこれまでのお忍びデートではなく、正式に貴族らしいデートをしたのが裏目にでるとは予想外だ。
ジェスターはむすっとしたまま、口を開いた。
「教授のせいではありません。ルクレール家にケンカを売る愚か者が悪い。よりにもよって、クレージュ家を巻きこむなんて、破滅願望があるとしか思えない」
「クレージュ家が君と次女との婚約を断った件はあまり公にはされていませんね? 知る人は少ないからこその暴挙だと思いますよ」
貴族間の情報に精通している教授が静かに応じた。
大陸の中心国家・ダールベルク帝国の最高学府で教職に就いていた教授の名声は高く、社交界では引く手数多だ。
クレージュ家は長男・長女・次女と三人の子供がおり、次女のブランディーヌはジェスターと同い年だ。そのため、真っ先にジェスターの婚約者候補にあがったが、ブランディーヌの祖父からお断りされた。
理由はジェスターの高魔力保持者なのに体調管理がなっていない虚弱さだ。
高魔力保持者は幼い頃は器が高魔力に耐えられずに虚弱で寝込みがちだ。それも5歳まで成長すれば、個人差があるが身体に魔力が馴染んできて体調は安定する。そのため、貴族の子供がお披露目されるのは5歳以降だ。
だが、ジェスターは5歳以降も時折体調を崩しがちだった。
ルクレール家は代々魔術バカというか魔術狂いの家系で高魔力保持者との婚姻が多かった。生まれてくるのは当然高魔力保持者だ。子供が育ちにくく、先代は長女をわずか数年で失ったのが堪えたようで跡取り息子のディオンに伯爵令嬢と婚姻させて魔力中和を狙った。それでも、ジェスターは高魔力で生まれ、魔力の安定に時間がかかった。
それを先代のクレージュ侯爵は自己管理がなっていないと決めつけて、そんな未熟者に可愛い孫娘はやれんとほざいてきたのだ。
婚約話があがったのはジェスターが10歳の頃で、まだまだ未熟な子供時代だったのだが。
ディオンは薄い笑みと共にそれを了承したが、後からブランディーヌがジェスターの本命だなどと噂を流されて、徹底的に排除したことがある。発生源はジェスターにお断りされた令嬢だ。侯爵令嬢が本命だからしかたがないと見栄を張ったのだが、ルクレール家としては大いに不本意で不名誉な噂だった。
その噂のせいで、エリゼーヌに最初は本命前の練習相手の婚約者候補と思われてゴタゴタしたのだから、ジェスターが不機嫌の極みになるのは当然のことだった。
「・・・あのね、また断っても、相手は諦めないと思うの。しつこくされるより、今回の招待を受けたほうが」
「絶対にダメ。エリィが傷つく可能性がわずかでもある限り認められない。来年のおばあ様のお茶会まで、招待は全部断るから安心して」
「でも・・・」
「エリィ、僕との約束、忘れちゃった?」
不穏な笑みを浮かべる婚約者様にエリゼーヌはぶんぶんと勢いよく首を横に振った。
無理や無茶なことはしないという約束だ。破ったらお仕置きね、とジェスターに散々好き勝手にやられることになる。
お茶会と称してのイビリ倒しがあるのは友人のヴィオレットから聞いたことがある。
今回の招待はそれだと確信できるが、もともと家格差があり、こうした嫌がらせなどがあると予想された婚約だ。ずっと避け続けるわけにはいかないし、ジェスターの祖母が後ろ盾につくのはありがたいが、侯爵家の庇護がなければ何もできない令嬢だと侮られる可能性もあるのだ。
一度、エリゼーヌ自身の評価を示したほうがよいのだが、心配性な婚約者様は許す気がない。
少女がどう説得しようかと思案していると、教授からの助け船がでた。
「ジェスター君の心配は尤もだが、社交界では自力で切り抜けねばならない場面もあります。甘やかしてばかりはエリゼーヌ嬢の成長の妨げになるでしょう。
ここは婚約者の意向を尊重したほうがよろしいですよ?」
「でも、悪意がある相手だとわかっているのに、大事で大切な婚約者を参加させる気はありません」
きっぱりとジェスターが断言して、エリゼーヌは赤くなって目を伏せた。教授は仲睦まじい教え子たちに穏やかな眼差しを向ける。
「私の浅慮が招いた事態です。エリゼーヌ嬢が決して侮ってはいけない相手だと認知させるお手伝いをいたしましょう。安心してお茶会に参加なさるとよろしい」
ジェスターは尊敬する教授に穏やかだが強く勧められて、渋々と折れるしかなかった。
ブレーズ教授には悪気はなく、こんな事態になるとも思ってもみなかったのですが、責任を感じて手助けすることにしました。教授はジェスターはもちろんエリゼーヌも気に入っていて、二人の味方です。




