婚約者の誕生日パーティーです
翌日、四阿でガーデンパーティー形式でエリゼーヌの誕生会が開かれた。
パーティーと言っても、出席者は侯爵家の人間だけだ。外部客は一人もいない。
エリゼーヌは友人のヴィオレットを呼びたかったが自家ではないし、何より婚約者様が二人だけがいい、とものすっごくいい笑顔でオネダリしてくるから、ヴィオレットとはまた後でにしようとなった。
席に着くのは少年少女だけで、侯爵家の使用人はお祝いの挨拶が済むと庭に用意されたテーブルから好きなように料理や飲み物を摘んでいくスタイルだ。
昨年、ジェスターはシャルリエ領でエリゼーヌの誕生日を一緒に祝った。その時のパーティーを参考にしていた。
シャルリエ領のファブリスの屋敷は長年勤めている者が多く、使用人の年齢層は高い。エリゼーヌはお嬢様というよりも、皆から孫や娘、姪といった身内扱いされていた。主と使用人が同席するのは通常は好ましくないが、エリゼーヌの誕生日だけは特別で使用人皆からもお祝いしてもらっていた。
エリゼーヌは騒がしくすると母の具合に響くからと両親からお祝いされたことはなかった。一応、プレゼントは贈られるが、それだけだ。いつも食事も別にとっているからと誕生日でも両親と一緒に過ごすことはなかった。
ファブリスも使用人もそれを知っていたから、誕生日くらいはエリゼーヌを甘やかそうとしていた。だから、シャルリエ家使用人総出のパーティーだ。
昨年はジェスターがいたから使用人は遠慮しようとしていたが、ジェスターはいつも通りで構わない、逆に仲間に加えてほしいと願った。
婚約者候補としての交流中にジェスターがちょおっと拗らせたせいでエリゼーヌの誕生日もジェスターの誕生日も共に過ごす機会を失っていた。後から、ものすご〜く海よりも深く山よりも大きく後悔したものだ。
終始笑顔で楽しそうに過ごすエリゼーヌがとても可愛くて、ジェスターは侯爵家で祝う時も同じようにしようと決めていた。
「お嬢様、13歳のお誕生日、おめでとうございます」
使用人一同から代表で老執事バスチアンからプレゼントが渡された。最新の刺繍道具一式で、他国で扱っている珍しい刺繍糸や生地も揃っていた。
ディオンからは朝食後の出勤前に王都で話題の詩集をプレゼントされた。評判の女性作家が恋の詩を綴ったもので、王都の女性たちの心を鷲掴みにしているらしい。今後は学院に入った時の話題についていけるように流行のものにもふれたほうがいいと気遣ってくれたのだ。
これも淑女教育の一環とエリゼーヌは受けとめていた。侯爵家に、ジェスターの隣に立つのにふさわしい令嬢になろうと心密かに奮起した。
四阿ではクロエがお世話してくれて、少年少女の飲食はテーブルにセッティングされている。侯爵家シェフお手製のザッハトルテに舌鼓をうった後はジェスターからのプレゼントだ。
「誕生日、おめでとう。僕のエリィ」
エリゼーヌは黒真珠の髪飾りをもらって見惚れていた。
去年の誕生石プレゼントにもらったブローチと同じ意匠だ。大中小と大きさの異なる黒真珠が流線形で蔦模様と絡められている大人びた造りだ。少女時代だけでなく、成人しても使えるデザインだった。
真珠の中でも黒真珠は特に希少で価値が高い。去年は密かにお値段に慄いたが、ジェスターの色を贈りたかったのだと告白されて、赤くなってジタバタと身悶えたものだ。婚約者に自分の色ーー髪や瞳と同色の装飾品を贈るのは貴族の常識だった。
「ありがとう、ジェス。とっても素敵。嬉しい」
にこにこ笑顔のエリゼーヌにジェスターも笑顔になる。
「喜んでもらえてよかった。後はネックレスとイヤリングで一式揃うね」
「え・・・」
エリゼーヌは思わず頬がひきつりそうになった。ただでさえ、希少で高価な黒真珠で装飾品一式誂えるとか。子爵家の財政からはとても考えられない。
ジェスターの色を贈ってくれるのは嬉しいのだが、エリゼーヌがお返しに贈れるのはせいぜい髪の色のガーネットくらいで釣り合いがとれているとは思えない。
「えーと、あのね、ジェス。嬉しいのだけど、その、ちょおおおっと、お高すぎるんじゃないかなって? 思うのだけど・・・」
「そう? 石を用意してくれたのは父上だし、侯爵夫人の持ち物と思えば、妥当だよ?」
ジェスターは昨年からディオンの呼び名を父様から父上に変えた。
いつまでも父様では子供っぽいし、婚約者にもっと甘えて頼ってほしかった。婚約した現在、ジェスターの目標はエリゼーヌに頼りになる紳士と慕われるおじ様ーー父・ディオンを追い越す目標に据えていた。
侯爵夫人と言われて、エリゼーヌの頬が朱に染まる。ジェスターが将来のことも考えて用意してくれたのだと思うと、恥ずかしさと嬉しさと照れくささと、色々と複雑に混じって平静でいられなくなる。
あーとか、うーとか、言語能力が退化した婚約者にジェスターがにこりと微笑んだ。
「ねえ、つけてみる?」
「今、ここで?」
「うん」
頷いたジェスターがクロエを見やると、できる侍女は頼もしげに微笑んだ。あっという間に、髪結い道具一式が目の前に並べられる。
エリゼーヌの髪型はサイドを編みこんで上部だけ一つにまとめたものだ。髪飾りは前にディオンからもらったハート型の真珠で、誕生日だからと少しだけオシャレしていた。
ジェスターは髪を一旦ほどいて梳かすクロエの手元をしげしげと見つめていたが、うんと頷いて顔をあげた。
「ねえ、僕がやってみてもいいかな?」
「若様がお嬢様の髪を結うのですか?」
「エリィにはよく結んでもらってるから」
ジェスターは時折リボンが緩くなったからとエリゼーヌに結び直してもらったりしている。クロエにしてみれば、構って欲しくてわざとやってる確信犯だなと察せられるが、素直なエリゼーヌは横向きに結ぶのが難しいのかな、ジェスって意外と不器用さんなんだ、と思っていた。
「ひっかかったりしたら、手をとめてください。力任せにひっぱったりしたら、髪が傷みます」
「そんな乱暴なことしないよ。僕のエリィに」
ジェスターはむすっと拗ねながらブラッシングから始めるが、エリゼーヌは挙動不審気味で視線をあちこちに彷徨わせていた。
なにしろ、『僕のエリィ』発言、本日2回目である。
一度目は髪飾りに見惚れていてつい聞き流したが、真顔で言われるとか、心臓に悪い。顔をあわせている時に言われなくてよかったと安堵する。
ジェスターはよくエリゼーヌの頭を撫でていたが、最近では手遊びで髪をいじることも増えた。実際に手に触れるのとブラッシングするのではまた手触りが違って面白い。梳かされてまっすぐに伸びた髪の端はすぐにくるんと丸くなり、巻く必要がなかった。
「ふうん、エリィの髪って梳かすとフワフワしてくるね。手触りがいいな」
「・・・猫っ毛だから」
「細くて繊細な綺麗なお髪ですからね」
恥ずかしそうなエリゼーヌにクロエがフォローを入れてくれる。
ジェスターは髪をフワッとさせたまま髪飾りをつけた。えんじ色ーー暗めの赤に黒はどうかと思われたが、黒真珠は光沢を帯びてえんじ色に埋没することはなく、アクセントに飾られた雫型の白い真珠が適度に髪色をひきたてていた。
「うん、・・・キレイ、だ」
「ええ、お美しゅうございます」
大きな手鏡でつけたところを見せてもらったエリゼーヌははにかんだ笑みを浮かべた。
貴族では明るく華やかな色が好まれるから、エリゼーヌのような暗めの色は嫌厭されると母に散々言い聞かされたのだ。その言葉の澱がすっきりと霧散していくようで晴れやかな気分である。
「ジェスもクロエもありがとう。・・・ふふっ、すごく嬉しい。
髪飾りのおかげでわたしの髪も綺麗に見えるね」
「もともと、エリィの髪はキレイだよ。艶やかで光沢があって、くるんと丸くなって可愛いし。
控えめな色だから、キレイじゃないとか暴論だ。そんな偏見に煩わされることないから」
マドレーヌの仕打ちをクロエから聞かされていたジェスターがえんじ色の髪を一房手にとって指に絡めた。派手な赤毛は彼の好みではない。これくらい落ちついた色合いがよかった。
「・・・エリィの色は温かみがあって落ちつくんだ。僕はこの色がいい」
ジェスターがそっと髪に口づけを落とすと、婚約者は真っ赤になって視線を彷徨わせている。
「お嬢様、そこは笑顔でお礼を言うところですわ。出来る淑女はスキを見せてはなりません。
いつ何時でも、余裕の笑みを浮かべてやるのです」
「うん、じゃなくて、はい」
エリゼーヌはピンと背筋を伸ばして返事をした。一度、深呼吸してから、にこりと穏やかな笑みを浮かべる。
クロエが合格とばかりに頷いた。ジェスターがふうとため息をつく。
「・・・今日くらいは淑女教育はお休みにしていいよ。エリィが僕に対して無防備なのは大歓迎だし」
「ですが、ジェスター様は人前でもこっそりとこのような真似をなさいますでしょう? エリゼーヌ様のお可愛らしい仕草を他の者に見られるのは業腹では?」
「・・・エリィ、僕以外の人がいる場では、淑女の仮面をかぶっててね?」
「うん、大丈夫。わたし、この黒真珠が似合うような貴婦人になるから」
ジェスターは大真面目に決意を述べる婚約者を眩しそうにみやった。
「・・・あんまり焦らなくてもいいよ、エリィ。急ぎすぎて害虫退治が間にあわないと困るから」
「害虫退治?」
きょとんとするエリゼーヌにジェスターは謎の笑みで応じた。クロエがこそっと『邪魔者は徹底的に排除いたしますので、ご安心を』と囁いて鷹揚に頷く。
エリゼーヌや子爵家では気づいていなかったが、二人の婚約成立を快く思わないのはジェスターにフラれた相手だけではない。婿入り先を探していた次男以下の貴族令息にとっては、下位貴族で跡取り娘のエリゼーヌは好物件だったのだ。小さいが領地つきの爵位が手に入るし、シャルリエ領は可もなく不可もない領地で災害などで大損害を被ったこともない。贅沢はできないが、そこそこ貴族としての体面を保てる暮らしだ。
好物件をかっさわれたと逆恨みする輩はジェスターに嫡男のくせに跡取り娘と婚姻するなと文句を言いたいが、侯爵家相手では無理だ。
その分の鬱屈がエリゼーヌに向かわぬよう、侯爵家では全力で婚約者を守る所存だった。




