招待状がきました
「お茶会?」
「うん、招待状がきてるの」
エリゼーヌが5通の招待状を手にして広げて見せた。差出人を確認したジェスターの鳶色の瞳がすっと細められる。
婚約者が王都へ遊びに来て一週間が経っていた。子爵家のエリゼーヌの住まいにする予定の離れの改装はまだだし、エリゼーヌ付きの侍女の教育も済んでいない。
エリゼーヌはルクレール邸に滞在していた。明日はエリゼーヌの誕生日で、来月のジェスターの誕生日まで一緒に過ごす予定だ。
昨年、エリゼーヌとジェスターは婚約成立したが、お披露目などはしていない。それでも、父の友人や知人関係からそれとなく話が広がり、シャルリエ家にはお茶会の誘いが殺到した。あわよくばルクレール家との繋ぎに利用しようと期待した輩が多かったのだ。
だが、夫人は療養中で付き添いはできない。全くの見ず知らずの相手からの招待に子供のエリゼーヌだけを参加させるワケがない。当主のイヴォンが娘は領地住まいだからと断っていた。それなのに、まさかまだ誘いが来るとは思いもしなかった。
ジェスターが忠実な専属執事を振り返ると、ケヴィンが心得たように5通の招待状を回収した。
「全部、ルクレール家の名前で断って」
「かしこまりました」
「え?」
「ルクレール家と仲が悪い家ばかりなんだ」
目を丸くする少女にジェスターが教えてくれた。
ジェスターとの見合いで断った中でも一番最後までしつこかったのがお茶会の招待主の5家だった。5家とも伯爵家だから、子爵家のエリゼーヌが断るよりもルクレール侯爵家からのほうが角が立たない。
「仲が悪いのに、お茶会に招待って・・・」
エリゼーヌは祖父の心配事を思いだして顔を曇らせた。
デビュタント前のお茶会は親族間や友人同士で行う気楽なものが多い。貴族令嬢は母に連れられてお茶会に参加するうちにお茶会の常識や礼儀作法を自然と学んでいくものだ。
エリゼーヌはマドレーヌが全く外出しないので、お茶会は友人のヴィオレットに招待されたものと、7歳の頃に亡き祖母の友人だった子爵夫人が同家格の集まりに呼んでくれたきりだ。どちらも親睦を深めるのが目的だった。
だが、今回の招待主は絶対親睦目的ではない。ジェスターに断られた腹いせで婚約者になったエリゼーヌに何か仕掛けてくる可能性が濃厚だ。
ファブリスは侯爵家との家格差の他に、ジェスターが袖にした相手が皆シャルリエ家より上の家ばかりなのも気にしていた。それでも、ジェスターの隣に立つことを望んだのはエリゼーヌ自身だ。
今はよくても、高位からの招待に必ず応じなければならない時がくるはずだ。
教育係のナディアからお茶会のマナーも学んでいる最中だが、その時が来たら・・・、とエリゼーヌが考えこんでいたら、いきなり頬をむにっと摘まれた。
「何、難しい顔してるの?」
「じぇ、じぇふぅ」
ジェスターはエリゼーヌの両頬をムニムニと摘んでひっぱって、と変顔させてくる。少女がむうっと睨みつけると、鳶色の瞳が優しく和んだ。
「心配しなくても大丈夫だよ、エリィ。おばあ様が来年帰ってくることになってる。
おばあ様がお茶会をして、君がルクレール家が望んだ婚約者だって紹介するからね。エリィはその時にお茶会デビューすればいい。
我が家を敵に回す覚悟がこの5家にあるとは思えないから、何も問題はないよ」
「ジェスのおばあ様? 旅行中よね。まさか、そのために旅行を中止するの?」
「いや、そろそろ諸国漫遊にも飽きたみたいで。君に会いたいって言ってたし、ちょうどよい機会なんだ」
ジェスターが今度は頬をナデナデしながら、婚約者の心配に答えた。
ジェスターの祖父母、先代の侯爵夫妻は孫の婚約者探しと同時に夫婦で諸国漫遊の旅にでた。他国へ居ついてしまった弟を訪問するついでにのんびりと外遊するつもりだった。ルクレール家と縁づこうとする貴族の申し込みが鬱陶しくて逃げだしたのだ。数年は戻らないと予め言われていた。
ディオンが手紙で婚約成立ーージェスター本人が望んだ相手だと報告したら、喜び勇んで帰途に着くと連絡がきた。せっかくだからと、行きに見逃したあちらこちらの観光名所を堪能してから帰るつもりらしく、到着予定は来年の春だ。
ほっとしたエリゼーヌはいつまでも頬を撫でてる婚約者の手を掴んで動きを止めた。
「ジェス、くすぐったいから、もうやめて。わたし、大丈夫だから」
「そう? エリィのほっぺた、すべすべしてて気持ちいいんだけどな」
ジェスターは手を離したが、今度はむぎゅうっと抱きしめてきた。
エリゼーヌはこうしてハグされるのは大好きだ。よく乳母に抱っこしてもらってたから、人肌の温もりには安心する。でも、近頃のジェスターはエリゼーヌより身長が高くなり、肩に顎をのせるのがキツくなってきた。ぐりぐりと少年の肩に額をこすりつけると耳元にふっと息をかけられて、反射的に身体が跳ねる。
「なっ、何して・・・」
「ん? 元気でたかなって」
元気というか、子ウサギのように反応するエリゼーヌを楽しんでいるジェスターだ。エリゼーヌはそれがよくわかっているから、むすぅとむくれた。
「ジェスって、時々意地悪になるよね?」
「エリィが可愛いから、しかたないよ。拗ねてもむくれても、ね」
「〜〜〜〜〜」
ジェスターはくすりと笑みを漏らして、えんじ色の髪を一房手にとった。
今ではだいぶ伸びてきて指を絡めて弄ぶのにちょうどよい長さだ。くるくると指に髪を絡めて遊びだした婚約者様にエリゼーヌは赤くなった顔を隠すようにしがみついていた。




