従兄弟の友人と会いました
エリゼーヌは従兄弟に声をかけられて友人だとエミールとジャンを紹介された。にこやかな笑みで挨拶したが、エスコートする婚約者様の手に力がこもる。昨日の今日で声をかけてくる従兄弟の無神経さには呆れるが、二人ともミルボー領と隣接する領地の子息だ。無下にはできない。
ついこの前まで王都で暮らしていたエリゼーヌは友人を紹介してと言われても困った。唯一の友人は婚約済みだし、わざわざ王都まで彼らが出向けるとは思えない。
「あの、フランシス様のほうが教職につかれていたから、詳しい貴族情報をお持ちだと思います」
「ああ、なるほど!」
「へえー、君、着眼点がいいね」
ジャンがポンと手を打ち、エミールが興味深げな視線を向けてくる。それを遮るようにジェスターが半歩前にでた。
「エミール様! 探しましてよ」
ハートマークがつきそうな嬌声に全員で振り向けば、豪奢な金の巻き毛の美少女がいた。ジェスターは眉をしかめた。バシェで絡んできた相手だ。祝いに来た親にでもくっついてきたのか、他領まで遠路はるばるご苦労なことだ。
「踊ってくださるとお約束したのに、どこにいらしてましたの?」
うげえ、とエミールが小声で呟いたのが、友人たちの耳に入った。
「バルバラ、僕、今は友人と話してたのだけど?」
「まあ、ご紹介が遅れまして、ごめんあそばせ。わたくし、エミール様の婚約者候補ですの。バルバラ・ビヤールと申しますわ。あのビヤール男爵の孫ですのよ」
笑顔で高飛車に告げる美少女にその場の全員が、うん、これはないな、とエミールへ深く同情した。
あのと言われても、そんな有名人誰も知らなかった。関わりあいになりたくないジェスターが婚約者を促して離脱しようとしたら、バルバラが気がついた。
「あら、貴方たち。この前の破廉恥な無礼者に、阿婆擦れではありま」
「死にたいの?」
一瞬で極寒の世界が展開し、バルバラが口を開けたまま、凍りついた。心理的にだけではなく、物理的にも彼らの周りだけ低気温になって体温がすぐに奪われる。少年たちも青くなって固まると、それを溶かしたのは慌てたエリゼーヌの声だ。
「待って、ジェス、落ちついて! イレーヌねえ様の式で不祥事なんて起こさないで」
「・・・うん、ごめん」
ジェスターはふうと息をはきだして激情をなんとか抑えた。未だに固まる四人を見据えて冷ややかに告げる。
「付きあう相手はよく選んだほうがいいよ? 君たちの品位まで疑われるから」
「あの、他の皆様にご挨拶しますので・・・」
エリゼーヌが会釈して婚約者と立ち去る。後に続いた侍女が意味ありげに残された者たちを一瞥した。
エリゼーヌはぎゅうとジェスターに抱きついていた。
侍女に休憩したいと申し出て案内してもらった休憩室で、侍女に用を言いつけて退出させた途端に婚約者にくっついたのだ。ぴしっと珍しく固まったジェスターはもう怒りなどどこかへ吹き飛んでいた。
「え、あの、エリィ?」
「・・・ごめんね、ジェス。嫌な思いさせて」
「いや、エリィが悪いんじゃ・・・」
ジェスターは困惑しつつも、少女の身体に腕を回して抱きしめた。再会して飛びついた時にファブリスに嗜められたせいか、エリゼーヌから触れてくることはなかったのだ。
「ごめんね、昨日から不快な思いをさせてる。わたしと一緒に来なかったら、こんな目に遭わなかったのに」
「エリィのせいじゃないよ。僕は少しでも君と一緒にいたかったから、ファブリス様の申し出はありがたかったし」
本来なら、婚約者と言っても未成年のうちは遠出して親族の結婚式に参加したりしない。子供のうちは病気や事故で死亡率が高く、家同士の繋がりが白紙になることもあるからだ。
ただ、今回は身内にエスコートを望めない令嬢は婚約者がエスコートするという慣習に則っていた。ジェスターが侯爵家で子供だけでも十分な護衛がつけられるためであった。
「あのね、ジェスに嫌な思いさせてるってわかってても、一緒にいられるのは嬉しいの。・・・ジェスは、そんなわたしのこと、軽蔑する?」
「まさか!」
最後は掠れそうになった小声に、ジェスターは腕の力を強めた。
エリゼーヌがバルバラに貶された原因はジェスターだ。エリゼーヌが怒った通り、女子避けにキスなんかしたからつけ込む隙をみせてしまった。
「僕こそ、ごめん。エリィがあんなのに悪く言われたの、僕のせいだ」
「ううん。その、・・・びっくりしたし、恥ずかしかったけど、イヤじゃなかったし。
ジェスはわたしとのデートを邪魔されたくなかったのでしょう? ケヴィンさんが教えてくれたの」
どうやら、専属執事がフォローしてくれたらしい。怒ってごめんなさい、と謝るエリゼーヌが可愛くてジェスターはむぎゅうっとした。
「ジェス、ちょっと痛い」
「ああ、ごめん。つい・・・」
ジェスターは力を緩めると少し腕を離して、少女と額をつきあわせた。
「ケヴィンやクロエにも忠告された。人前では婚約者らしい距離を保ったほうがいいって。こういう事だったんだな。ごめん、ちょっと浮かれてて周りがよく見えてなかった」
「ううん。ジェスと一緒にいられるのはわたしも嬉しいの。ただ、そのお、ちょっおっとだけ、周りから見られるのが恥ずかしいだけだから」
「・・・うん。これからは、気をつけるよ。まあ、牽制はしておくに越したことはないんだけどね」
残念そうに言われて少女が小首を傾げると、少年は苦笑いだ。
エリゼーヌの若草色のドレスと対になるデザインで彼女の瞳・ライトグレーを基調にしたフロックコートで香水もお揃いにと、外堀埋めは完璧だった。エスコートだって側から離れなかったのに、エミールはエリゼーヌに興味を示した。それが不快だったところに、バルバラのあの発言だ。ジェスターがブチ切れる要素は揃っていた。
エリゼーヌは心配性な婚約者様に苦笑する。
「やだ、ジェスってば、気にしすぎ。エミール様が興味を示したのは、わたしの提案に、でしょう。わたし個人に興味を示す人なんて、いな・・・くもないかもしれないかもかな?」
エリゼーヌは至近距離の笑みに不穏さが広がるのを感じて、慌てて言い直した。
早口言葉のようになってしまって、口にした本人にも意味がわからないが、婚約者様のご機嫌が急降下すると、被害がでるのはエリゼーヌに、だ。焦る少女をじっと笑顔で見守っていた少年はふっと力を抜いた。
「まあ、いいや。おいおい、わかってもらうからね?」
覚悟してね、と副音声が聞こえた気がして、エリゼーヌはさあっと血の気がひいた。バシェからの道中のような目に遭うのは刺激が強すぎる。
わたわたと婚約者の腕から逃れようとしていたら、ノックの音が響いた。
「若様、お嬢様。お飲み物と軽食をお持ちしました」
クロエの声だ。ジェスターが仕方なさそうに解放してくれて、二人はソファーにちょこんと腰かけた。クロエがワゴンを押して入ってきた。
「お二人とも、お疲れでしょう? もう挨拶回りは終わりにして休憩なさっても構わないそうです」
慣れた者が世話したほうが気楽だろうと、伯爵家の侍女がクロエを寄こしてくれたのだ。まだ、挨拶回りは終わっていなかったが、もともとアンジェリクの分で多めになっていた。残りはユベールにやらせると言われて、二人はほっとした。
イレーヌの式は正午からだったので早めに軽食をいただいていたが、ダンスしたりあちらこちらと挨拶で移動してお腹が空いてきていた。
クロエに給仕されて、二人は軽めの昼食をいただいた。デザートはエリゼーヌの好物だったから、ジェスターが自分の分も譲ってくれた。チョコレートケーキを堪能して顔を綻ばせる婚約者にジェスターが指を伸ばした。
「エリィ、チョコがついてるよ」
ジェスターが口の端のチョコを拭いた指をぺろっと舐めたから、エリゼーヌの体温が急上昇する。
「ジェ、ジェス! そういうことは・・・」
「うん、人前では控えるからね」
「・・・食べてる間も、控えてください。落ちつかないです」
ジェスターはむすっと拗ねる婚約者にくすりと笑みをこぼした。
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ちょっと、煮詰まって気分転換に短編書いてみました。この話とは別のお話ですが、明日の10時に投稿しますので、よろしかったらご覧いただけると嬉しいです。異世界の恋愛もので、
『カクカクの棒読みで『シンジツのアイ』と言われても・・・』という題名です。
婚約破棄を題材にした話で、『いい男getでも、略奪愛で幸せになれるワケないんでないかい?』と、ふと疑問に思って書いてみたお話です。ですが、ハッピーエンドなので、悲恋物をお好みの方にはお勧めしないです。
宣伝しておいてミスしました。予約日押し間違えてて、午後に投稿しました。探してなかった方いらしたら、申し訳ありません。




