強くなると決めたのです
「お前がこれほど愚か者だとは思いもしなかった・・・」
ユベールは父の平坦な、何も感情のこもらない声音に居心地が悪そうに身動ぎした。父の書斎に義兄にひきたてられるように連れられてきた。
母は卒倒しそうになってイレーヌが付き添い、祖父母はドナシアン侯爵夫妻とベルトン子爵夫妻を引き続き歓待しているが、実は口止め工作だ。侯爵夫妻は息子の婿入り先の醜聞を好まないはずで、子爵夫妻とはアンジェリクの発言と相殺して、自爆発言とジェスターからの暴露を他言無用にと願いでた。
ジェスターとエリゼーヌは部屋で休むと下がったが、少年は婚約者をエスコートする肩越しに冷たい視線を浴びせてきた。あの暴露だけで済ませる気はなさそうだ。結婚式をめちゃくちゃにするつもりはないだろうから、何か制裁を課すとしたら明日以降のはずだ。その前に伯爵家でもなんらかの手を打つ必要があった。
最早、エリゼーヌが拐かされた令嬢なのか否かは関係ない。ルクレール侯爵家の婚約者を面と向かって侮辱したのだ。その報復をできるだけ最小限で収める必要があった。
「ちょっと土産話してやっただけじゃないですか。勝手に勘違いしたアンジェリクが悪いのに、なんで俺が」
「君って、本当に阿呆だね」
「はあっ?」
義兄が穏やかな口調で辛辣な物言いをしてきた。ユベールが睨むと、うっすらと微笑む。
「君とエリゼーヌ嬢との確執は聞いたよ。その意趣返しのつもりだろうけど、任務の話をした先輩は守秘義務について話さなかったの?」
「そんなの常識だ、騎士なんだから・・・」
「お前に話をしたのはエルノー士爵だな? お前を従者にしたいと思っておられると報告を受けていたのだが・・・」
「本当ですか?」
ユベールは身を乗りだした。
騎士の従者になれば、当然推薦状を得られる。学院の騎士コースを学んだだけではこの国では騎士にはなれない。貴族からの推薦状があって初めて騎士団の試験を受けられるのだ。騎士に推薦するからには、人柄や家柄に責任を負うと言う意味を持つ。生半可な者を推薦しては推した貴族の恥となるからだ。
ユベールはエリゼーヌへのやらかしで身内からの推薦は得られないし、預かりになっている辺境伯からも無理だった。後は学院の騎士コース受講中に腕前を見初められて、という道しかなかったが狭き門だ。それゆえ、辺境伯のように騎士見習いを受けつけ鍛えてくれているところで従騎士にとりたてられるのが一番の早道だったのだがーー
「ぬか喜びで終わるだろうね。守秘義務を知っていて話したのだから」
「はっ?」
「エルノー君は真面目で誠実な人柄だったんだけどな、君をお付きにするつもりで任務の話をしたのだろうけど、まさか足をひっぱられるなんて予想外だろう。気の毒な・・・」
フランシスは数年間王城で文官勤務をしてから教職に就いた。最初の教え子の中にエルノーがいたのを覚えていた。
同情しきったフランシスがユベールには理解不能だった。
やらかしたのはアンジェリクだ。そうなるのを見越して話したが、ユベールはエリゼーヌの名前なんてだしてない。それなのに、なんでエルノーまで巻き込まれるのかわからなかった。
父は淡々と口を挟んできた。
「エルノー士爵はお前を従騎士にするにあたり、許可を得て任務の話をしたのだ。
騎士はお話にでてくる華やかな活躍などあまりない。もっと堅実で地味な仕事を黙々とこなすものだ。お前に現実を教えようとしたのに、お前は守秘義務のある任務の話をアンジェリクにしてしまった。
当然、エルノー士爵は罰せられる。そして、お前をお付きにする話はなくなる。
守秘義務を承知で破った見習いなど、誰が推薦してくれるというのだ?」
「君は自分で己が首を絞めたことに気づいてないのかい?」
「え?」
ユベールは息を呑んだ。まさか、そんな重大事になるとは思いもしなかったのだ。
ただジェスターが醜聞にまみれた婚約者に愛想をつかして婚約を解消してくれれば、と願っただけだ。エリゼーヌを紹介した相手の家から推薦状をねだれば騎士になれる、と。
あくまで自分本位にしか物事を考えていなかった。
「まさか、そんな・・・。待ってください。意趣返しなんかじゃなくて、アンジェリクが話をせがんでくるから、騎士見習いがどんなものか話しただけで。そんなつもりは!」
「・・・ならば、明日は大人しく口を噤んでいろ。イレーヌの跡取りお披露目を滞りなく済ませるんだ」
「わかりました。そうしたら、エルノー様にご迷惑をかけませんね?」
期待を込めたユベールの言葉に父も義兄も返事を返さなかった。ただ、曖昧な笑みを浮かべていた。
ユベールは自室前の人影に気づくと、小さく舌打ちした。
エリゼーヌが侍女を伴っていたのだ。従兄弟を視界に収めると、じいっと見つめてきた。
今は落ちぶれ元凶の彼女に関わりたくはないのに、無視しようにも扉の正面に立っているから邪魔だった。
「なんの用だ? お子様は寝る時間だぞ」
不機嫌に告げれば、二つ年下の従姉妹は見事な淑女の礼をしてみせた。
「明日の結婚式の前に一言忠告をと思って。
身分は社会の秩序のためにあるのであって、高位が下位をいたぶっていいわけではないわ。貴方がわたしを嫌うのは勝手だけど、周囲を巻き込まないで。迷惑でしょう」
「ああん?」
ユベールが野太く威嚇すると、エリゼーヌがピクリと肩を跳ねさせて、付き添いの侍女が彼女に並ぶ形で対峙してくる。
生意気な、と思ったが、つい先ほどの書斎でのやり取りがあるから、下手な真似はできなかった。
「アンジェリク様を利用しようとしたり、ジェス、ター様に迷惑をかけないで。これ以上、何かするなら、シャルリエ家は黙ってないから」
「はあ? 子爵家ごときが何ができるって言うんだ?」
エリゼーヌは馬鹿にする従兄弟に大きく息を吸った。
「騎士団は魔術師団から傷薬や諸々の薬を提供されているでしょう。新薬の実験を兼ねているって、騎士見習いなら知ってるはず。その素になる薬草は魔術師団に納めているシャルリエ家の物が大半よ。
貴方のせいで、取引中止になったら困るでしょう?」
「・・・脅すつもりか?」
ユベールは怒りより驚きで低く呟いた。
これまで、大人しい従姉妹はどんな嫌味を言っても言い返したりなんかしなかった。泣きそうな顔になってもぐっと堪えていて、誰かに告げ口だってしなかったのだ。
「わたしが我慢すればいい話ではなくなったから。わたしを大切にしてくれる人を悲しませたくないから、無礼には相応の礼を返すことにしたの。
ユベールはわかってないようだけど、いつまでも伯爵令息ではいられないのよ? 騎士になって士爵位を得たら、子爵家のほうが身分は上だから、覚えておいて」
エリゼーヌは両手をぎゅっと握りしめて、真っ直ぐに従兄弟を見据えた。もう、黙ってやられっ放しになるつもりはないのだ。
エリゼーヌが貶められると怒ってくれる人がいるからーー
大切な人のためにも、少女は強くなると決意していた。
エリゼーヌはクロエに促されて、唖然とする従兄弟を廊下に放置してその場を立ち去った。




