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婚約破棄と解消と保留、そしてする予定はありませんけど?  作者: みのみさ
第三部 婚約しましたが、何か?

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      親族との交流なのですが・・・

 エリゼーヌたちは余裕をみて式の三日前に到着した。跡取りの婚姻だと領内はお祭り騒ぎで賑やかだが、ミルボー家内は逆に静かだ。

 すでに準備万端整えていて、祝いに訪れる親族と交流を重ねていた。

 イレーヌは王都の神殿で式を挙げて婚姻届はだしてある。新郎の親族やお互いの友人たちを招待するのは王都のほうが都合がよかったのだ。その後、夫の実家に挨拶がてらの小旅行に赴いて、領地では跡取りのお披露目の意味で身内だけの挙式だ。

 夫の親族は王都の式に参加したから、両親のドナシアン侯爵夫妻しか出席しないが、イレーヌ側では都合があわずに王都に来られなかった母方の親族とエリゼーヌが招かれていた。イヴォンは仕事の都合で王都での参加だったから領地には不参加だ。エリゼーヌは一応ファブリスの名代という立場だった。


 応接室では結婚祝いにエリゼーヌが贈った大判の刺繍が絶賛されていた。

 東方の島国では絵画を描くように人物や風景を刺繍する文化があると聞いて、イレーヌの好きな女神教のモチーフを刺したのだ。壁掛けできるように額縁に飾られているのは百合の花に囲まれた女神様で、幸運の象徴で縁起物だ。婚姻の祝いに相応しい品だった。

「まあ、本当に見事なこと。このお年でこの腕前なんて、素晴らしいわ」

「売り物なら、ぜひとも注文したいところだ」

「それは誰もが思っていてよ。抜けがけはしないでくださいませ」

 大人たちに賞賛されて、エリゼーヌは赤くなってジェスターの影に隠れた。人見知りする婚約者には悪いが、恥ずかしくて居た堪れないのだ。イレーヌから頼まれて刺したのに、こんな風にお披露目されるとは思いもしなかった。

「あら、お針子に作らせたのでしょう。わざわざ、自分で刺したと吹聴するなんて、図々しい子ね」

 刺々しく会話に割り込んできたのはイレーヌの母方の従姉妹のアンジェリクだ。

 15歳になる彼女はまだ婚約者がおらず、ジェスターに付き添われたエリゼーヌを苦々しく思っていた。そこにきて、この賞賛の嵐だ。面白かろうはずがない。


「君、話を聞いてなかったの? イレーヌ様が頼んだと仰られていたのに」

 びっくりして言葉のでないエリゼーヌに代わって反論したのはジェスターだ。

 初対面の挨拶では完璧な礼儀作法を披露したジェスターだが、交流には消極的でお供えのように婚約者のそばに張りついていた。一人二人なら気合いで人見知りをねじ伏せるのだが、それ以上はキャパオーバーで自分から話しかけたりできない。しかし、婚約者のためなら、いつも以上の辛口も健在である。

「わざわざ目上の方の会話に割りこんで無作法さをひけらかすとか、信じられないんだけど? 図々しいのは君のほうだよ」

「なんですってえ!」

 きっと目を吊りあげたアンジェリクは茶髪茶目と地味な色合いだが、美少女の部類に入る顔立ちだ。それが今は鬼の形相になって、せっかくの美貌が台なしだった。


「アンジェリク、エリーの刺繍した物を貴方にも見せたのに、信じてなかったの? どうやら、わたくしの話など聞くに値しないと思っているようね?」

 イレーヌが微笑みを浮かべているが、冷ややかに従姉妹を睨めつけた。

 弟のユベールが跡取りなら婚約者になってもよかったのに、などとほざいていたアンジェリクをよく思ってはいなかったのだ。

 アンジェリクのベルトン家は先代が領地経営に失敗して王家へ借財まみれの領地を返還していた。その際に家格を一つ落として子爵になった。だが、アンジェリクは伯爵の身分に未練タラタラで、ミルボー家に縁づけば元の家格に戻れると思っているのだ。

「あら、何かの間違いだと思ったのよ。こんな子供があんなに上手にできるわけないでしょう」

「ほほほ、やだわ。アンジェリク、エリーに刺繍を教えたのは元刺繍職人だった乳母よ。教わっていたエリーが見事な腕前なのは当たり前でしょう」

「確かにそうねえ。アンジェ、皆さんに失礼を働いてはいけないわ」

 ミルボー夫人の言葉に義妹のベルトン夫人がのんびりと加わってきた。母親たちにも参戦されて、アンジェリクの旗色が悪くなった。


「そんな刺繍ごとき、王都の一流職人に注文すれば、もっと素晴らしい物を作ってくれるわよ。わたくしの時はそうするわ」

 負け惜しみの捨て台詞を吐いてアンジェリクが立ち去った。

 母のベルトン夫人はおっとりと頬に手をあてる。

「ごめんなさいね、あの子、婚約者探しがうまくいってないから苛立っていて。

 学院に入ってから探しても遅くないと言ってるのに、お友達には皆婚約者がいるものだから、焦っているのよ。

 早い者勝ちの競争ではないのだから、そんなに急がなくてもいいのにねえ」

 困ったこと、と首を傾げるベルトン夫人は商家の出だ。

 実家が貴族との繋がりを求めての政略結婚だった。夫人の手腕でベルトン家は持ち直したから、夫が頭のあがらない家庭内実力者でもある。夫のベルトン子爵はこくこくと頷いてイエスマンに徹している。


「エリゼーヌさん、ごめんなさいねえ。あの子にはよく言い聞かせますから」

「いえ、お気になさらずに」

 エリゼーヌはにこりと社交辞令の笑みを浮かべた。そして、ジェスターの袖を軽くひいて耳打ちしてくる。

「ジェス、ありがとう。でも、知らない相手と話すの、平気?」

「ん、大丈夫。エリィを守るのは僕の役目だからね」

 耳元で囁かれた言葉がエリゼーヌにはくすぐったかった。自家で放置気味だった少女が誰かに守られるなんて、思いもよらないことだったからーー

 こしょこしょと内緒話する二人はいつものようにぴったりとはくっついていない。一応、婚約者らしい適宜な距離だ。しかし、周囲からは十分仲睦まじく見られていた。

 ジェスターはずっと側に張りついているし、エリゼーヌは時折こっそりと耳打ちしては仲良さげに微笑みあっているのだ。

 小さなカップルで可愛らしく思われているのに、本人たちだけが気づいてなかった。


 アンジェリクは苛立っていた。

 応接室を飛びだして先代の伯爵夫妻やイレーヌの夫のフランシスにイレーヌにコケにされたと訴えたのに、全く相手にされなかった。伯爵夫妻は明日の披露宴で孫娘への結婚祝いに作った曲を披露するから練習に忙しかったし、フランシスは家宰に領地経営について教わっている最中だ。いくら、招待客と言っても、愚痴に付きあっている暇はなかった。

 フランシスは歴史学者で研究費用を稼ぐために学院で教職をとっていた。婿入りになるから職を辞したが、ミルボー領は女神降臨の地としてさまざまな逸話や伝説が数多く眠る土地だ。研究費用をだす代わりに新たな観光名所となりそうな歴史を研究してほしいと言われ、歓喜乱舞した。

 まずは領地経営を学んでからの話だと、一刻も早く習得しようとしていたのだ。

 それに、新婚なのに新妻の悪口を吹き込まれて面白かろうはずがなかった。

「誰にでも過ちはあるのだから、誤解した君が謝ればすむ話じゃないかな」

 温和な笑みだが、有無を言わせない圧をフランシスからかけられて、アンジェリクはすごすごと引きさがるしかなかった。


「ああ、もう、なんなのよ! どいつもこいつも・・・」

「うるさいな、一体なんだよ」

 アンジェリクの大きすぎる独り言に返事があった。

 不機嫌そうに欠伸をしているユベールだ。

「あら、やっと起きてきたのね」

 アンジェリクは話を聞いてくれそうな相手を見つけて嬉々と駆けよった。

 ユベールは昨夜遅くに到着して今まで休んでいた。ようやく、起きだしたところで、不満顔の従姉妹が愚痴っている現場に出くわした。乗合馬車の故障で間に合わないかもしれないと、借りた馬を駆ってきたユベールは疲れ果てており、まだ本調子ではなかった。


「あらやだ、ユベールってば、少し見ない間にずいぶんと逞しくなったのではなくて?」

「・・・見習いは色々と大変なんだよ」

 ユベールは表向きは騎士見習いの修行で他領へ預けられていた。今回が初めての帰参だ。

 3年前は発育がよくても背ばかりヒョロ長い印象だったが、がっしりと肩や腕に筋肉がついて逞しくなっていた。マドレーヌ似の美少年だった顔つきも精悍になって男前があがっている。14歳と言っても、もうすぐ成人で通りそうだった。

「まあいいわ、ちょっと聞いてよ」

 アンジェリクの話を聞いたユベールは首を傾げた。

「エリゼーヌは他に特技なんかないから得意なだけだろ。そう大騒ぎすることじゃない」

「でも、婚約者をこれ見よがしに侍らせてるのよ。子供のくせに生意気じゃない」

「婚約者?」

 ユベールはエリゼーヌの婚約を知らなかった。

 昨夜は家族と挨拶するだけで手一杯で、近況報告なんてこれからだ。辺境では王都の噂が一月や二月も遅れて耳に入るから、ルクレール侯爵のお気に入りの噂も知らなかった。


「侯爵家と縁組って家格差がありすぎるだろ?」

「侯爵と子爵が友人の縁ですって。お二人とも魔術師団にお勤めだそうよ」

 ユベールはマズいことになったと顔をしかめた。

 預かりになっている辺境伯のところには彼以外にも見習いがいた。大概は騎士の基本、体力・筋力作りや剣術の基礎を学び、1年くらいで修行を終える騎士希望者だが、ユベールのように問題児で何年もしごかれている矯正中の者もいた。その中の一人からエリゼーヌを紹介しろと言われていた。

 仲間たちから知らされて初めて知ったが、土地持ち貴族の跡取り娘は爵位付きの領地が手に入ると継ぐ爵位のない貴族子息からは人気だった。

 大人しくてつまらない少女だと言っても、却って好都合だと言われた。婿入りして好き勝手やらかしても文句を言わないだろう、と相手は乗り気だった。

 ユベールはあんな僻地の婿入りに名乗りをあげるヤツなんかいないと思っていたから、話をふれば泣いて喜ばれるはず、感謝されるだろうと、勝手にシャルリエ家に恩きせようと目論んでいた。

 それが見事にご破算だ。仲間にどう断れば・・・と思い悩んだところで、ふとひっかかりを覚えた。


「ルクレール侯爵家と言ったか?」

「ええ、子爵令嬢のくせに侯爵令息を側に侍らせてるのよ、調子に乗ってるわ」

 憤慨する従姉妹そっちのけでユベールは頭をフル回転させた。

 確か、辺境伯配下の里帰りした騎士がドロレでの任務の話をしてくれた時に、ルクレール侯爵の名前がでていた。侯爵に縁のある令嬢が事件に巻き込まれていたはずだ。

「もしかして・・・」

 ユベールは不満げな従姉妹を適当にあしらいつつ、何やら算段し始めた。

懲りてなさそうなユベール。

そう簡単には人は変わらないのでしょうね。

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