ご褒美は何がいいのでしょう?(後編)
今回より、週2回投稿にします。
水曜の18時と土曜の18時です。よろしくお願いします。
ジェスターはむすっと頬杖ついて窓の外を眺めていた。
ちょっと見せつけただけなのに、エリゼーヌは人前で女子避けでキスされたと拗ねて口も聞いてくれない。そんなにショックだったのかと、ジェスターだって愛おしい少女に拒否られるとか、十分すぎるほどショックだ。
エリゼーヌがうつらうつらし始めて頭がゆらゆらと揺れていた。馬車の揺れで落ちる前にクロエが抱きとめようとしたが、ジェスターのほうが素早く少女の身体を抱きよせた。
「転げ落ちると困るから、僕が抱きとめておくよ」
ジェスターが目のあった侍女に告げると、クロエは嗜めるように口を開いた。
「お嬢様は昨夜はなかなか寝つけなかったようですよ、ジェスター様。エリゼーヌ様はお母様の抑圧からまだ完全には解放されておりません。
・・・もう少し、お嬢様のお気持ちに寄りそって尊重してあげてください」
「はあっ? 何を・・・って、まさか、夫人が何かしてきたの?」
一瞬だけ沸騰しそうになったジェスターだが、すぐに冷静に頭を切り替えた。
婚約者を大事にしているのに、気持ちに寄りそってないとか批判されてむかっときたが、それよりもマドレーヌの脅威のほうが重大問題だ。
マドレーヌは自宅で軟禁状態だが、元から虚弱で家に引きこもっていた。外部との付きあいはゴシップ好きな友人と手紙のやり取りくらいだ。今は手紙の中身を老執事が検閲していた。マドレーヌは己の幸福のみを追求し、そのために娘を犠牲にしても気にしないのだ。
ゴシップ好きな友人相手に醜聞となるグチとかこぼされては困りモノだった。
クロエは首を横に振った。
「いえ、何か動きがあったわけではありません。ただ、ファブリス様やお屋敷の皆様方からお話を聞きましたところーー」
クロエの説明にジェスターは気難しげに顔をしかめた。
これまでのマドレーヌのやらかしからロクでもない親だとは思っていたが、まだまだ把握が充分でなかったと思い知らされた。
娘が3歳になった途端に侍女を付き添わせただけで王都外のミルボー領やシャルリエ領へ預けだし、娘の交友関係に口出ししてことごとく台なしにしたり、家庭教師をまともにつけなかったくせに不出来な娘だと愚痴るとか、改めて常識を疑う話ばかりだ。
出会った始めの頃のエリゼーヌは遠慮深いというか、家格差を気にしてか、何かと『分を弁えていなくて・・・』と恐縮していた。ディオンに対しては明るく素直な素の自分を曝けだしていたから、ジェスターはなかなか慣れ親しんでくれない少女に苛立ちを感じたものだ。ようやく、父に接するように親しくなってくれたところで仲違いしてしまって、ものすっごく後悔した。
その反省があったからこそ、現在のイチャイ・・・もとい、仲良しの関係に収まったのだがーー
「エリゼーヌ様は幼い頃からお母様に批判ばかりされてきましたから、人目をお気になさいます。
特に令嬢らしからぬ行動は至らない真似をしたと落ちこまれます。若様が婚約に浮かれて羽目を外されるのはしかたないかと思っておりましたが・・・。
人目のあるところでは一般的な婚約者の距離で接してください。せめて、お嬢様がお母様に与えられたトラウマから回復するまでは」
「・・・昨日のような真似は慎めと?」
「若様、溺愛なさるのはいいですが、人前では抑えたほうが賢明です。仲睦まじさをやっかむ相手が現れれば、当家よりも子爵家をターゲットにするでしょう。
せっかく、旦那様がお気に入りの噂を流しても抑えきれなくなります」
むすっとした主にケヴィンが忠告に加担してきた。思わず、まじまじと見つめてくる主に彼は微苦笑をもらす。
「世の中には妬み深い人間がいるのです。全くの見ず知らずの間柄にも関わらず、幸せそうなのが許せない。それだけの理由で嫌がらせして貶めようとする。まさに子爵夫人のような人間はどこにでもいます。
お嬢様をお守りしたかったら、成人して十分力をつけてからでも遅くないと旦那様も仰っていました。今は普通に接するのが最善ではないでしょうか」
ジェスターはしばらく熟考してから深々と息を吐きだした。
「・・・・・・わかった。人前では控えるよ。泣かれたくないしね」
「ええ、人前ではお控えください。私どもは身内ですから、ご遠慮なさることはありませんから」
専属執事の含むモノに気づいた主は素直に頷いた。
その晩、エリゼーヌは宿の寝台で抱き枕の黒猫のぬいぐるみを抱えてジタバタしていた。
馬車の中で居眠りしてしまって、気づいたらジェスターの腕の中だった。ドロレでよくあったことだが、一旦離れて冷静になると、なかなか気恥ずかしかった。あうあうと真っ赤になって動転していたら、ジェスターににこりと微笑まれた。
「エリィは人前で恥ずかしかったんだね。ごめんね、気づかなくて。公では控えるから、人前ではね」
折れどころがわからなくて意地を張っていたエリゼーヌはほっとした。
やっぱり、ジェスは優しい、気遣ってくれるんだと安心したのだが、まだまだ少女は甘かった。
ケヴィンやクロエたち侯爵家の者は身内だから、と人前にはカウントされなかった。馬車の中では膝抱っこされてすりすりと頬擦りされたり、こめかみや瞼にキスされたり、などなど。
ーー仲直りの証だからと、やりたい放題やられたのである。
ぷしゅうううう、と蒸発しそうになったエリゼーヌが助けを求めたら、ケヴィンには『お嬢様、ご健闘をお祈りします』とにっこりと微笑まれ、クロエには『やりすぎの一歩手前ですが、お嬢様が本気で心の底からお嫌ならば排除致しますか?』と目だけは笑んでいない笑顔で言われた。
ケヴィンもクロエも主第一主義だが、きっとエリゼーヌが本気で嫌がれば助けてくれるとは思う。
ケヴィンはやりすぎで主が嫌悪されるのを回避するため、そしてクロエは言わずもがな、エリゼーヌの気持ちを汲んで。ただ、それだと一時凌ぎにしかならない。後で、さらに暴走気味になったジェスターの相手をするのは、ちょおおおおっとだけしんどいかな? と思ってしまった。
結局、婚約者様が満足するまで好き放題にさせるしかなかった。
昨夜はジェスターと揉めてしまったと悩んで寝つけなかったが、今晩は別の意味で悩ましく、やはりなかなか眠れそうにない。
少女がごろごろと寝台で転がっていたら、クロエがホットミルクを持ってきてくれた。
「エリゼーヌ様、少し蜂蜜を入れておきました。ほのかな甘さで身体が温まりますよ」
「ありがとう」
カップはじんわりと温かく、口をつけるのに最適な温かさだ。ほんのりとした甘さに少女は頬を緩めた。
「お嬢様、殿方の躾は飴と鞭が基本ですが、『待て』や『お預け』ばかりだと浮気される可能性がございます。
まあ、若様にはその心配はありませんが、代わりに暴走しやすくなります。適度にご褒美を与えたほうが躾けやすいかと」
エリゼーヌは真面目に聞き入った。
淑女教育の一環で男心の機微についても、時折クロエが講釈してくれるのだ。一般論と称して、ジェスターの望みもさり気なく暴露してくれるから、マドレーヌのせいで起こったすれ違いもよく理解できていた。
「ジェスには何をご褒美にしたら、喜んでもらえるの?」
「お嬢様です」
「え?」
「エリゼーヌ様ご本人でございます」
専属侍女に至極当然のごとく断じられて、エリゼーヌはぶわっと赤くなった。ワタワタしていると、クロエがカップを回収して上掛けを手にする。
「さあ、お早くお休みを。明日はミルボー家へ到着します。寝不足になられては大変ですわ。エリゼーヌ様がジェスター様の手綱を取らねばならないのですから」
「た、手綱って・・・」
ムリムリと首を横に振る主に侍女は優しく言い聞かせた。
「ご心配なさらずとも、大丈夫ですよ。若様はエリゼーヌ様をとても愛おしく大切に思っておられますから。お嬢様の名誉を損なう真似はなさいません」
「うん。それはよくわかってる」
エリゼーヌはこくりと頷いた。
もともと面倒見のよかった少年は婚約成立で過保護なくらい大切にしてくれていた。彼に何を返せるのかな、と思い悩む少女は先ほどのご褒美を思いだして、かああああっと赤くなった。脳内がオーバーヒートしそうだ。
少女が恥ずかしさで顔をあわせられずに黒猫に抱きついて寝台に潜りこむと、専属侍女がそっと上掛けをかけてくれた。ぽんぽんとなだめるように上から叩いてくれるのが、乳母に寝かしつけられていた頃のようだった。
眠れない、と思っていたが、少女はすぐにすうすうと健やかな寝息をたてていた。




