婚約1年目 プロローグ
三部開始します。二部が前編で三部が後編になります。三部のみでもお読みいただけますが、二部からのほうが登場人物や背景がわかりやすいと思います。
よかったら、二部からお読みくださいませ〜!
「ジェスター。君、いつの間に婚約したんですか? 従姉妹が残念がっていましたが」
「え? それ、本当かい。初耳だ」
「お相手はどこのご令嬢だ?」
レナルドが休憩時間にさり気なく提供した話題にジルベールとアルマンが食いついた。
今日は月に数度の魔力制御の訓練の日だ。ジェスターは体調不良や家の都合やらで二カ月近く欠席していたから、久しぶりの参加だった。レナルドは彼に直接尋ねようと、うずうずしていたところだ。
ジェスターが興味なさげに肩をすくめる。
「まだ、正式ではないよ。婚約誓約書は提出してないから」
「何故です? お相手がいるからと従姉妹が断られたはずですが」
レナルドは訝しげに首を傾げた。彼の年上の従姉妹が振られ、今度はその妹との話を申し込んだらまた断れたと情報を得ている。
「今、彼女は王都にいないんだ、領地にいるから。王都に来たら、手続きすることになってる」
「へー、土地持ちかあ。古参貴族なら重厚な歴史がある。魔法貴族筆頭のルクレール家にふさわしいな」
ジルベールが王国の地図を思い浮かべて頷いた。
ウェルボーン王国では古参貴族は土地持ち、新興貴族は官位持ちと判断される。その昔、魔力暴走を起こした狂乱王の後始末で貴族を増やしたはいいが、領地経営で黒字を期待するのは難しく、生き残った貴族に土地が振り分けられたからだ。
お相手は子爵令嬢と聞いて、友人たちは一斉に目を丸くした。
「家格差があるんじゃないか? シャルリエ家って、王国一最小領地だろう」
「確か、薬草の産地で有名ですよね。野心家な相手と縁づくよりはいいですが・・・」
「ああ、それで、エリゼーヌ嬢が侯爵様を訪ねていたんだ」
最後のアルマンの言葉にジルベールとレナルドがぐりんと振り向いた。
「なんだ、アルマン。知っていたのか?」
「私たちには教えてくれないとか、ひどいな。水臭いじゃないですか」
「いや、知っていたワケでは・・・」
アルマンが頭をかいた。春先に侯爵家を訪れてたまたまエリゼーヌと出会っただけで、ジェスター本人から聞いたのではなかった。
「シャルリエ子爵は侯爵様とはご友人だから、その縁だと思うぞ」
「詳しいな、アルマン。やっぱり、知ってただろ?」
ジルベールが拗ねたように睨むと、アルマンは真面目な顔で否定する。
「だから、そうではないと。ヴィオの友人なんだ。エリゼーヌ嬢とは何度かブロンデル家でお茶をご一緒した。
刺繍が上手で、よくヴィオに教えてくれるんだ」
アルマンの婚約者はブロンデル家の三女ヴィオレットだ。彼とは母親が姉妹の従姉妹で、幼い頃から兄妹付きあいしていた。
「ブロンデル家は薬師の家系ですから、取引関係の縁ですか」
レナルドが納得したように頷いた。三男で独立予定の彼は貴族年鑑を熟読して貴族間の情報は頭に入れている。
「大人しい令嬢で・・・。ジェスター、いつものようにイジメてないだろうな?」
「大人しい相手なのか、大丈夫か?」
「君、遠慮がなくなるとキツい物言いとかしますからね。さすがに、泣かせたらダメですよ?」
「・・・ねえ、君たち、僕をなんだと思ってるのさ?」
ジェスターは不満気に唇を尖らせた。
第二王子のジルベールと同い年の高魔力保持者ということで、彼らは5歳からの付き合いだ。魔力制御の訓練を通して交流を深め、将来はジルベールの側近候補に目されている。親から用意された縁だが、高魔力者特有の悩みを共有して彼ら自身で紡いだ絆だ。
高等学院では同級生になるし、遠慮のない友人関係を築けていた。
ジェスターはむすっと拗ねて友人たちを睨みつけた。
「まるで僕が令嬢イジメしてるみたいじゃないか。変な言い掛かりしないでよ」
「え?」
「まさか、自覚なし?」
「ジェスターは令嬢を振りまくっただろ? 有名だぞ」
「人聞きの悪い」
ジェスターは不機嫌そうに口角をつりあげた。
人見知りを発動させただけなのに、諦めがつかない令嬢からはしつこく言いよられて辟易していた。
「父様が気に入って義娘にしたいって。昔から、可愛がってきた相手なんだ」
「なるほど」
「そうだったんですか」
「侯爵様のお気に入りか」
友人たちは全員納得のいく顔をする。よし、これでミッション完了だ、とジェスターはホッとした。
婚約者と不仲のレナルドでも立ち回りのための情報共有で婚約者に話すだろう。王族と高位貴族の彼らが認知していれば、社交界にでないシャルリエ家と苦手なルクレール家でも貴族社会に侯爵家当主が望んだ婚約だと話が出回るはずだ。ジェスターへの申し込みはなくなるし、下手な横やりも入らない。
ディオンがエリゼーヌを可愛がっている話は魔術師団では有名だった。
よく冗談めかして、ディオンが義娘にくれと言うと、イヴォンが跡取り娘だからダメだと断るやり取りをしてきたから。それが冗談ではなく、本当になるのだ。今日の友人とのやり取りで魔術師団以外にも噂が広まるから、後は婚約誓約書の提出だけだ。
ファブリスからは一年後と言われたが、早めてもよいと言質をもらっている。ディオンのお気に入りの令嬢と噂が浸透次第、婚約を成立させるつもりだった。
「ジェスター、ちゃんと婚約者として尊重してくれよ? 泣かせたりしたら、きっとヴィオが怒る。
エリゼーヌ嬢は叔母上や長姉ベアトリス様にも気に入られてるんだ」
「僕だって、彼女が婚約者ならいいと思ってるよ」
アルマンに心配そうに言われて、ジェスターはむくれた。
きっと婚約者と友人との板挟みを懸念したのだろうけど、エリゼーヌとのすれ違いのきっかけになったアルマンに言われるとか、なんだか腹がたつ。
「ねえ、アルマン。ちょっと付きあってくれない? 久しぶりで勘が鈍ってるみたいなんだ」
「それはマズイな。いいぞ、付きあうから」
アルマンが頷いた。
魔力制御の訓練では複数人で同じ術を作動させて、それぞれの術の長所短所を見比べたりもしている。これまでは皆似たような腕前で、まだはっきりとした差はついていない。
ジェスターは快くひきうけてくれた友人に、嫉妬した分の腹いせも込めて盛大に大技に付きあわせようと決めた。




