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婚約破棄と解消と保留、そしてする予定はありませんけど?  作者: みのみさ
第一部 断罪劇は茶番です

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突撃訪問は困ります(前編)

長かったので、こちらも前後編にしました。

 レナルドとアルマンはルクレール家の応接室で卒業後に初めて顔を合わせた。

 断罪劇後初でもある。卒業式は予定通り行われたものの、騒動の元凶となった彼らーージルベールとレナルドにアルマン、そしてフェリシーは病欠扱いされた。学院行事である壮行会を妨害したとして謹慎を言い渡されたのだ。それから、十日ほど経ってようやく噂も下火になったと解除されたところだ。

 関係者各位に迷惑をかけたお詫び行脚中で、ジェスターから日時と場所の指定を受けて出向いたが、彼らは申し合わせた訳ではない。

「・・・一纏めにされてしまいましたね。まあ、彼らしいと言えば、らしいのですが」

 諦め顔のレナルドにアルマンが無表情のまま頷く。


 アルマンは共犯という形で主犯ジルベールを諌められなかった責を問われた。そして、ブロンデル家から婚約者であるヴィオレットを蔑ろにしたとして、婚約破棄を保留中だと脅されてもいた。誠意を見せなければならず、どんな扱いをされようと文句の言える立場ではない。

 アルマンは配属予定の騎士団を辞して、辺境警備の職に就くことになった。ブロンデル家縁の辺境領で一から鍛え直しで扱かれるのだ。ヴィオレットが20歳になるまでの猶予期間をもぎ取っており、昇進できたら王都勤務となる。今日の訪問は辺境へ赴く前のケジメだ。

 レナルドは婚約解消でメリザンドとはお互い納得済みだが、やはりベルナール家が黙ってはいなかった。もともと彼らは気の合わない婚約者同士で亡き祖父母が友人で決まった縁だ。お互いの孫が家格も年齢も釣り合っててちょうどよい、との軽いノリの縁組みでも正式な手続きは必要だった。

 それに、メリザンドは慰謝料代わりの婚約解消で満足していたが、嫌がらせの実行犯だと名指ししたことは両家で問題にされた。一応、未熟な学生ゆえに口が滑ったのだと大目に見てもらえることになったが、彼もまた配属先を辞して地方の神殿で事務に就くことになった。

 聖女候補のお世話役にしたばかりに巻き込んでしまった、と悔やんだ叔父が気遣ってくれた結果だ。

 叔父はレナルドが聖女候補に入れ込んでいたため、フェリシー本人から格下げの話をされた方が双方共にショックは少ないと考えていた。それが全くの裏目にでるとは完全に不測の事態だ。


 二人とも王都を離れる前に厳しいスケジュールを組んでいて変更は難しい。

 ルクレール家の老執事がお茶と茶菓子を振る舞い、「大変申し訳ないが若君は急な体調不良でお目にかかれない」と言われても食い下がれなかった。直にではないが謝罪は受け入れると告げられて、それで二人とも納得するしかない。

「では、持参した花束はお渡し願えますか?」

「確かに承りましてございます」

 アルマンと老執事のやりとりにレナルドが思い切り引き攣った顔をした。

 アルマンが付き添いの従者に合図して運ばせた色とりどりのミニチューリップの可憐な花束というよりも、山盛りされた花籠に余計に目を泳がせている。いくら、お詫びの気持ちと言っても男友達にこれはない。

「アルマン、君・・・」

「ジェスターにじゃないぞ。誤解しないでくれ」

 アルマンが友人の顔色に気づいて慌てて首を横に振る。

「婚約者のエリゼーヌ嬢に、だ。ヴィオが世話になった礼だ」

 ヴィオレットから渡すのはジェスターを通した方がいいと教えてもらった、とアルマンは持参してきたのだ。

「レナルドはエリゼーヌ嬢にも詫びなければいけないのではなかったか?」

 ははは、とレナルドは乾いた笑みを浮かべた。断罪劇後の意気消沈さを上回る空虚さだ。あの時にアルマンはヴィオレットへの無礼を謝罪されたが、友人のあまりの傷心ぶりに容易く許してしまったくらいだった。

「・・・すでにルクレール侯爵家から顧問弁護士を派遣されて慰謝料をたっぷりと搾り取られましたよ。悪かったと思うなら、彼女とは二度と会うな、と弁護士を通して言われましたね」

「それはまた・・・」

 嫌われたものだな、という言葉をアルマンは呑み込んだ。今日の訪問で顔合わせを断られたのは彼も一緒だ。謝罪は受け入れるが、まだ怒りはとけていない意思表示である。

 ジェスターは人付き合いが苦手な分、割と淡白な方でそんなに執念深い性格ではないのだが、やはり『ルクレール侯爵のお気に入り』に手を出したのはマズかったようだ。

「後はもう手紙を書くしかないな。まあ、気が向けば返事をくれるかもしれない・・・、多分だが」

「迷惑だったらはっきりと断られますよ。一応、絶縁まではしないつもり・・・、だとは思いますが」

 男二人そろって深いため息をつく。

 王都でも人気のある一流店からのチョコレートケーキに高級茶葉の紅茶と待遇だけはいいのだが、招いた本人は高確率の仮病で居留守とか居心地は最悪である。失礼にならないようにだされたお茶に口をつけるものの、味などさっぱりだ。

 彼らは長居は無用と席を立つしかなかった。


 侍女に案内されているレナルドがふと足を止めた。胸ポケットに手を当てて顔をしかめる。

「君、すまないが、懐中時計をさっき落としたようだ。ここで待っているから、探してもらえないか?」

「お客様をこのような場所で待たせる訳には・・・」

「ああ、そこの庭でも見させてもらえないか。ちょうど、アネモネが見頃だ」

 レナルドは年若い侍女の言葉に被せるように廊下に面した花壇を指差した。

「アルマンもどうだ。ここに来るのは子供の頃以来だ。懐かしいだろう」

「ああ、そうだな」

 アルマンにも了解されれば、侍女も従うほかない。彼女は庭へと客人を案内すると、「奥はまだ植え替え中なので、立ち入りはご遠慮願います」と告げて邸内へと踵を返した。

 侍女の姿が見えなくなると、レナルドは従者にその場での待機を言いつけて立ち入り禁止された奥へと進んだ。

「おい、レナルド。どこへ行くつもりだ? 奥は断られただろう」

「遠目にですが、四阿で赤髪が見えました。彼女がいるなら、ジェスターも同席しているでしょう」

「お前、会うなと言われたのに、無視するつもりか?」

「もともとジェスターに会いに来たのです。彼女がいるとは知らなかったのだから仕方ないでしょう。これが彼に会う最後のチャンスです。

 君はこのままで後悔しませんか?」

 レナルドを止めようとするアルマンだったが、確かに言われた通りで迷った。

 遠方での務めではいつ王都へ戻れるかわからない。特に、辺境警備の彼は危険な職種だ。これが今生の別れになる可能性だってある。

「ジェスターに嫌われたのは間違いないのです。どうせこれ以上嫌われることはないのですから」

 レナルドは自虐じみた呟きでうっすらと笑った。

 5歳からの付き合いでそれなりに親しんできた仲だ。あの断罪劇でのグダグダな終わりのまま友人を失うよりは最後の賭けにでたいところだった。

 アルマンも同じ思いか、黙って従うので、そのままレナルドは足を早めた。

 ルクレール家には幼い頃に数度訪れただけだったが、庭には案内されたことがある。小さな池の周りの大きな生垣を回り込んだ先に四阿があったはず、との記憶を頼りに足を進めた二人はすぐに見事に後悔することになった。


 人生でこれがもうどん底だと絶望してもまだ上げ底だった、更に奈落の底があるのだと思い知らされることがある。

 レナルドとアルマンはまさにその瞬間を味わっていた。


 彼らは四阿が見えてきて中にいる人影が確認できると同時に足が止まってしまった。

 お目当ての人物は狙い通り四阿にいた。ーー藤製の長椅子に仰向けで寝転がり、婚約者の膝の上に頭を乗せている状態で。


 所謂、膝枕である。


 いつもは括っている黒髪が広がり、そのサラサラな黒髪をいかにも愛おしげに撫でられている姿は猫のようだ。両手を緩やかに上下に揺れる腹の上で組み、顔には開いた本が乗せられている。両足は無造作に投げ出されて非常にリラックスしていて、漂う雰囲気はプライベートな空間なのだと一目でわかる。無遠慮に踏み込んではいけない領域だった。

 レナルドとアルマンは顔を見合わせてそっと撤退しようとしたのだが、慈しみ溢れる笑みで黒髪を撫でていたエリゼーヌがふと顔を上げて、ばっちりと目が遭ってしまった。

 秘め事の現場を土足で踏みにじってしまった非常に居たたまれない沈黙がしばしその場に流れた。


 見つかった、マズい、ヤバいーーという言葉がレナルドたちの頭の中を瞬時によぎるが、身体は全く動かない。


 エリゼーヌも同様でぴしっと固まっていたが、徐々に頬に赤みがさして明るい灰色の瞳が潤み始める。羞恥で赤くなった彼女は両手で顔を覆ってしまった。その気配に膝上の黒猫がぴくりと反応を示す。

「んっ、エリィ? どうしたの」

 黒猫もとい、少し舌足らずな甘え声で本を顔からどけたジェスターである。寝惚け眼で周囲を見渡すと、すぐに友人たちの姿に気がついた。

 鳶色の瞳がこれ以上はないくらいに細められて纏う空気が一変した。

 一気に寒風吹き荒ぶブリザードが出現して、凄まじい冷気が周囲を満たす。

 レナルドとアルマンは蒼白になって後退りする。彼らが思っていたどん底はまだまだ上げ底だった。下には下があるのだ、と底辺の限界数値を現在進行形で更新中である。

「なんで、君たちが、ここに、いるのか、なあ?」

 不自然に力のこもった問いかけであった。返答次第では容赦しない雰囲気をひしひしと感じる。

「い、いえ、その、迷ってしまって・・・」

「すまん! 申し訳ない! 直接会って謝罪したかっただけだ。邪魔するつもりはなかった」

 顔を引き攣らせるレナルドは言い訳しようとしたが、アルマンが直角に腰を折って潔い謝罪を見せた。急降下中であった低気温はとりあえず停滞中に落ち着いた。

「へええ、謝罪は受け取るって執事に伝言したはずだけど?」

「それでも、謝りたかった。最後に一目だけでも。本当にすまん」

 はああっと深いため息をついてジェスターは黒髪をかきあげた。

 ひたすら低姿勢のアルマンにあたっても仕方ない。どうせ、この強引な手段に訴えたのはレナルドで、彼は止められなかったのだろう。いつものことだ。幼い頃からアルマンはすぐにレナルドに言いくるめられて問題に遭遇してしまう。実に、不幸な巻き込まれ体質である。

「わかったよ。これで満足でしょ。見送りするからもう帰って」

 ジェスターは立ち上がると、身体にかかっていたショールを婚約者の頭からふわりと被せた。

「風が出てきた。部屋に戻ってて」

 赤い顔をしたままのエリゼーヌがこくこくと頷いてショールを抱きしめる。

 ジェスターに促されて気不味い男たちはそそくさとその場を後にした。


 ずっと無言で前を行く友人にレナルドもアルマンも声をかけられなかった。背中から拒絶のオーラを振り撒かれて、まだまだ怒り継続中の気配に怯むしかない。

 待たせていた従者を回収して馬車の準備を言いつけると、ようやくジェスターが足を止めて振り返った。

「で、僕の至福のお昼寝タイムをわざわざ邪魔して、ただの謝罪だけなの?」

「至福って・・・」

 レナルドとしてはツッコミたいことはいくらでもある。訪問の約束をしていたのに、客をほったらかしにしてーーわざとだとはわかっているがーーこの言い様はないだろう。

「なんだ、君たちこのまま終わるつもりだったの。てっきり、決意表明くらいしに来たのかと思っていたよ」

 ジェスターは不満げな友人たちを鼻で笑い飛ばす。

「折角、若気の至り、学生時代の黒歴史として目上がお目溢ししてくれたんだ。返り咲く気がないなら、さっさと辺境で骨を埋めればいい。

 特にアルマン、君、ヴィオレット嬢を待たせてるんでしょ。婚約解消して早く解放してあげなよ。エリィも心配してるんだから」

「ちょっと待て! 誰がこのまま終わるか。勝手に人を埋めるな」

 アルマンが目を剥いて反論してくる。ルクレール家の権力を使われて妨害されては堪らない。

「ふうん、アルマンは這い上がってくる気はあるんだ。レナルドは? これが今生の別れのつもり?」

「まさか、君の家に一文なしにされたくらいで潰れるほど柔ではありませんよ」

 レナルドが憮然として応える。三男で独立予定の彼はせっせと貯めていた個人資産を根こそぎ慰謝料でとられたのだ。

「だったら、こんなとこで油売ってないで。さっさと復帰準備したら? また何かやらかしたら、今度こそ引導渡してやるから安心して」

「やらかす前提なのか」

「そう何度も失態しません。見くびらないでください」

 アルマンが苦笑いして、レナルドは仏頂面である。


 励まされているのか、死刑宣告されているんだかーー、辛口な友人は無言で口角を上げるのみだ。


 この男は人見知りで警戒心が強いくせに、懐に入れた相手には案外面倒見がよいのだ。挑戦的な煽りではあるが、無視されるよりマシだった。一応は和解を試みたという事で、先に馬車の用意ができたレナルドが深く一礼してから去って行った。

 馬車待ちのアルマンに老執事から伝言を受けとったジェスターが近寄る。

「エリゼーヌに花をもらったって聞いた。代わりに礼を言っておくから」

「ああ、気に入ってくれるといいんだが。ヴィオのことでは世話になった。これからもヴィオの友達でいてくれると有難い」

「彼女とは僕より長い付き合いでしょ。大丈夫じゃない」

 エリゼーヌとヴィオレットは家同士が取り引き相手で子供の頃からの付き合いだ。

 肩を竦めたジェスターは意外そうに友人を見やった。

「そんなに大事にしている婚約者なのに、どうして粗末に扱ったの? 殿下に感化されてたんじゃないよね」

「粗末になど・・・」

 アルマンは目を泳がせた。

 ジルベールに同調していたレナルドはもともと婚約者とは気が合わなかったこともあって、嫌がらせしていると思い込んでからは邪険に扱っていた。彼らと婚約者と仲のよかったアルマンでは温度差があったはずだ。

「忙しさにかまけていたが、ヴィオなら何も言わなくてもわかってくれると思っていた。プレゼントだって、会う暇ができたら渡すつもりだったんだ。蔑ろにした訳じゃない」

「忙しかったんなら、届けてもらえばよかったのに」

「・・・直接、渡した方がヴィオの喜ぶ顔が見られるから」

 アルマンにしては珍しく小声でボソッと呟かれた。ジェスターが渋い顔になる。

「何それ。君、バカでしょ。気持ちはわからなくもないけど、それで拗れて婚約破棄されそうになるとか、笑えないんだけど」

「ジェスター、お前な」

 アルマンはひくりと頬を引き攣らせた。


 遠慮のない言葉にいつも通りと安堵すればいいのか、あんまりだと抗議するべきか。実に複雑な心境だ。


 ジェスターはふうとため息を漏らした。

「ヴィオレット嬢にはちゃんと言った、それ?」

「・・・いや、その」

「はあっ? 何やってるの。また言わなくてもわかってくれるとか言うつもり? もう君には後がないってわかってる? 変に照れたり、意固地になってる場合じゃないよ」

 アルマンの目線は更に激しく泳いでいる。どうやら、図星のようだ。

 ジェスターは眉間に皺をよせた。

「ああ、もう取り返しがつかなくなっても、泣き言なんか聞かないからね。エリゼーヌを通しての和解も手助けさせないから。自分で対処しなよ?」

「・・・善処する」

「善処じゃなくて必須、必要事項だから。絶対だよ? でないと、ヴィオレット嬢には新しい婚約者用意するから」

「後生だからやめてくれ! 冗談に聞こえない」

「え、本気だけど?」

 半泣きになるアルマンに容赦のない追い討ちがかかる。これもまた、いつも通りのことだった。

 そう元通りなのだが、アルマンは昔からの友人関係を本気で考え直したくなった。


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