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婚約破棄と解消と保留、そしてする予定はありませんけど?  作者: みのみさ
第二部 婚約するのも大変です

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おまけの話 君だけが・・・(前編)

ドロレで療養中のお話。

時間軸は『ケリをつけます』と『帰ってきました』の間です。

思ったより長かったので前後編にしました。明日で完結です。

「あのね、練習相手だと思っていなかったら、わたしは二カ月でジェスのことは諦めていたと思うの。きっと、おじ様に他のお相手を紹介してもらっていたはずよ」

 エリゼーヌの爆弾発言に周囲は凍りついた。


 寝台でクッションに寄りかかって身体を起こしているジェスターは無表情で固まっているし、控えているケヴィンも思いがけない攻撃に彫像と化していた。肋骨の骨折により、療養する子供たちと一緒に養生&護衛(一応)を命じられたポールは顔をひきつらせて口元をヒクヒクさせている。

 一人クロエだけが冷静に見えるが、内心では絶賛阿鼻叫喚中である。

「できた! 見て、ジェス。これが、うさぎさんりんごなの」

 エリゼーヌはうきうきと剥いたりんごをお皿にのせて得意げに顔をあげた。そこで、周囲の静けさに気づいて首を傾げる。

「どうしたの? うさぎさん、おかしい? かわいくできたと思うのだけど・・・」


 エリゼーヌの救出から三日目だった。死神の御手による消耗で寝込んでいた少女はすっかり元気になり、ジェスターの看護に付き添うと言いだした。

 ジェスターも魔力の消耗で寝込んでいたが、まだ調子が悪く寝台の住人だ。昨日まで、ジェスターはエリゼーヌを抱き枕にして寝台で休んでいた。

 もちろん、子供とはいえ、未婚の男女が同衾なんてあり得ないのだが、ジェスターは夢遊病のような状態で少女を探し求めて自分の寝台を抜けだすのだ。


 ーーエリィがいない、探さなくちゃ。どこなの? と。


 クマクマがいなくなった直後によく似ていた。幼いジェスターはクマクマを探し求めて邸中を歩きまわったのだ。下手に刺激して起こすと夢遊病が悪化するから、ケヴィンは主の好きにさせるのが最善と黙認するしかなかった。

 それに魔力も不安定で体調がよくない。少女を抱きしめて安眠してくれるなら、回復も早いだろう。

 ディオンたちは捕物の後始末や事務作業などで忙しかったから事後報告となった。イヴォンが何やら嫁入り前の娘だなんだと抗議したらしいが、ディオンに瞬殺された。もし、突っかかってきたら、遠慮なく沈めてよし、と侯爵家当主から明言されている。

 エリゼーヌは目を覚ますと、ジェスターの腕の中の状態に最初は真っ赤になって固まっていたがもう慣れた。

 すりすりとすり寄っては自分からも抱きついたりしている。彼女だって怖い思いをした後だから、人肌にくっつくのは安心するらしかった。


「ねえ、クロエ。うさぎさん、変かな?」

 少女に不安そうに尋ねられて、優秀な侍女はにっこりと微笑んだ。

「いえ、とてもかわいらしくできていると思いますわ。お嬢様は慣れてますのね?」

「・・・コックに教わったの。時々、食べたくなるから」

 エリゼーヌが寝込むと乳母がうさぎさんりんごを作って食べさせてくれた。その話をしたら、うさぎさんりんごを侯爵家の誰も知らなかったから、少女は実演してみせたところだ。乳母がいなくなってからはコックが作ってくれたが、寝込む少女が気づく頃にはいくらレモン水につけておいても変色していることもあり、少女は自分で剥けるようになっていたのだ。

「はい、ジェス」

 見て見て、と子犬が尻尾を振るように少女は得意満面だが、ジェスターにはそれどころではなかった。婚約手続きを説明された少女がりんごを剥きながら、何気なく冒頭の爆弾発言をかましたのだ。


「・・・ねえ、エリィ。二カ月でって、どういうこと? 最初から、婚約者候補だったら、僕のことなんか眼中になかったってことなの?」

 ひょおおおおっと寒風吹き荒ぶかのような低気温にエリゼーヌ一人だけ気づかずに無邪気にさらなる問題発言が飛びだす。

「だって、ジェスは婚約に乗り気じゃなかったでしょう。何を贈ろうとしても断りまくったじゃない。

 普通はダメなんだなって思うもの。わたしは練習相手だと思っていたから、傷つかなかったけど」

「そ、れは・・・」

 ジェスターは思いきり目を泳がせた。今では塩対応時代は立派な黒歴史だ。嫌な冷や汗がダラダラとでてきそうである。

「えーと、ハンカチにクッキーにパウンドケーキでしょ。それから、ブックカバーに巾着袋に・・・」

「お嬢様、ブックカバーと巾着袋とは?」

 ようやく復活したケヴィンがにこやかに会話に加わったが、目だけは真剣である。

 クッキーとパウンドケーキは知っている。胡桃がダメなジェスターのためにごく普通のシンプルなものをコックに作ってもらったのに、結局は断られたから使用人一同で頂いていた。

「ジェスは四阿で読書するのが好きでしょう? だから・・・」

 少女の言う通り新緑の季節になると、ジェスターは侯爵邸の庭の四阿で読書するのが好きだった。そこで、本の日焼け防止にと刺繍入りのブックカバーやちょっとした手荷物を入れられるように巾着袋(これも刺繍入り)を贈ろうとしたら断られた、と少女の説明が続いてケヴィンとクロエは唖然とした。

 彼らは把握していなかったのだ。

 二人とも用があって側にいなかった時でバスチアンが代わりに付き添っていた。無用になった刺繍入りブックカバーと巾着袋はディオンの私物になったと聞いて、ジェスターがむすっと顔をしかめた。


「後はね・・・」

「まだあるんですか⁉︎」

 思わず、ポールが口を挟んだ。護衛中は私語は挟まないスタンスなのだが、さすがに問い詰めたくなったのだ。

「うん、虫除けの香袋に刺繍したの。外で読書するなら使ってもらえるかなって思ったのだけど。

 でも、いらないって言われたから、庭師のおじいさんにあげたの。作業中に使ってくれてて嬉しかった」

 少女はにこにこ笑顔なのだが、クロエの笑みがひんやりと冷気を漂わせるモノで恐ろしかった。ポールは口を挟んだことを後悔して後は護衛に徹して無口を貫くことにした。

 ケヴィンは頭痛がするというようにこめかみを押さえ、ジェスターはうろうろと視線を漂わせている。

「それが二カ月の間にお断りされた全てなのですか・・・。お嬢様、他には?」

 まさか、さらにあるの⁉︎ と戦々恐々とする男性陣に対して、クロエはにこやかに問いかける。少女は首を横に振った。

「ううん。これだけよ。でも、その後に女神祭で買った額縁の絵も断られたし。誕生日プレゼントに名前で呼んでほしいのも却下されて・・・・・・・・・・。

 ねえ、どうして、ジェスはわたしと婚約する気になったの?」

 エリゼーヌに心底から不思議そうに問われて、ジェスターはうぐっと言葉に詰まった。

 ケヴィンやクロエの前で公開告白なんてできない。父に話が伝わるのは確実だ。かと言って、知らんぷりもできず、進退極まった。

 ぐさぐさと音がしそうな視線を四方から浴びて、少年は重い口を開いた。


「その、最初は確かに乗り気じゃなかったけど。・・・プレゼントはもらうと、今まではお返しに色々と要求されてたから。それが、ちょっとイヤだったというか・・・」

「宝石をねだられるご令嬢が多うございましたからね」

 ケヴィンが一応フォローを入れてくれる。

 ジェスターは最初は礼儀正しく令嬢からのプレゼントをいただいてお返しに花を贈っていた。一度だけの顔合わせの相手にはそれでよかったのだが、二度目、三度目となると宝石をねだられることが増えてうんざりさせられたのだ。

 相手のご令嬢は回を重ねるごとに親しくなれたと思い、婚約者に近づいたからにはこれくらいはもらっても構わないだろうと増長していったのだが、侯爵家ではまだまだ様子見の段階だ。使用人に対する態度も査定に入り、最初は控えめで大人しいと思えた令嬢が人目のないところでは横柄に使用人に接していて不合格の烙印を押されていった。

 ジェスターの人見知りだけでお断りしたのではないのだ。

 そういった裏事情があったから、ジェスターはプレゼントを断るようになった。それがエリゼーヌの時でも続いていたのだが、少女には不思議だったようで首を傾げられた。


「お返しに宝飾品? ジェスはどんな高価なプレゼントをもらったの、魔術書とか?」

「いや、刺繍されたハンカチやスカーフとか。手作りのクッキーやパイもあったな」

「食べ物は私どもが味見させていただきましたが」

 ケヴィンが口を挟んで、ジェスターが頷いた。

 味見と言いつつ、念のために毒見だ。普通は令嬢自ら厨房に立つ事はない。素人の手による食中毒の危険性と何か混入されていないかと用心した結果だ。

 ディオンの叔父の件があったから、侯爵家では用心深くなっていた。エリゼーヌの場合はすでに子爵家でディオンがご馳走になっていたから毒味役なしと例外だった。

「令嬢自らのお手による刺繍や手作りとなれば、付加価値は計り知れませんわ。だって、贈る相手のことを想いながら、一針一針に真心を込めて刺すのですよ? 

 手作りだって何度も練習なさっているのでしょうし、お手が掛かってますわ。

 それをケチくさく値切ろうだなんて、男の度量が知れますわね」

 クロエがはっと鼻で嗤って、男性陣を睨めつけた。

 ここで逆らうほどの命知らずはいないかと思いきや、ジェスターがボソッとこぼした。


「え、そんな怨念がこもったモノなんか気持ち悪い」

「・・・ジェスは刺繍が嫌いだったの? ごめんね、もう贈らないから」

「え! 待って、エリィのは別だから!」

「ううん、いいの。気を使わなくて。気にしないでいいから」

 しゅんと俯いたエリゼーヌが皿のうさぎさんりんごに視線を落とす。

 うっかりやらかしたジェスターは焦りまくった。貴族令嬢の嗜み必須の刺繍作品をもらえない婚約者とか、不仲な相手でなければあり得ない。

「エリィのは、むぐっ!」

 ジェスターは口の中にうさぎさんりんごを遠慮なくつっこまれた。エリゼーヌがあーんにしては強引に食べさせてくるのだ。

「色が変わっちゃうと美味しくなくなるから、早めに食べてね。ジェスはまだ休息が必要なんだし、無理しないで食べたら横になったほうがいいわよ」

 少女はにこりとよそ行きの笑みでフォークに突き刺したうさぎさんりんごを手にしていた。ジェスターは口の中のりんごを吐きだすワケにはいかず、大人しくモグモグするしかない。次から次へとつっこまれて口を挟む隙がなかった。

 結局、エリゼーヌが人数分作ったうさぎさんりんごを全てつっこまれて、胸焼けで横になることになったのである。


 ーーお嬢様もお強くなられたなあ、と大人たちは感慨深く子供たちを見守っていた。

すっかり遠慮のなくなったエリゼーヌ。一番を見つけたから、諦めないことにしたのです。




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