第三回使用人会議 『若様の婚約成立を祝う会』
シャルリエ領に向けて一行が旅立った日の深夜に、ルクレール邸のある一室で密やかな会合が開かれていた。今回は手元を照らす手燭台の横に各々のグラスが置いてある。
議長役の若執事がグラスを手に立ちあがった。
「お集まりの皆様、ついにこの日がやってまいりました。待ちに待った待望の、若様ご婚約成立(仮)!
皆様のご尽力の賜物です。まずは言祝ぎと共に乾杯いたしましょう。今日のために叔父がとっておきのワインを提供してくださいました」
「ごちになります! バスチアン様」
「おい、実名だすなや!」
「おま、また呼びだし食らうぞ?」
浮かれた同僚を護衛騎士たちが諌めるが、一角から宥める声があがった。
「いえいえ、もう匿名性は必要ないかと。おかわりもあります。今回は無礼講でまいりましょう」
老執事のにこやかな宣言に周囲に笑顔が広がる。若執事がグラスを高く掲げると、あちらこちらから乾杯と共に祝福の声が響いた。
「若様、お嬢様、おめでとうございます」
「ええ、本当によかった。一時はどうなることかと・・・」
「終わりよければ全てよしじゃろうて」
「ほほほ、お二人とも仲睦まじくて、とてもお可愛らしくて。微笑ましいですわね」
軽やかな笑い声が唱和する中で、ポツリと不安げな呟きがもたらされた。
「しかし、まだ仮婚約でしょう。横暴な横やりとか入れられたらかなわないっすよ、早く婚約書提出するわけにいかないんすかね?」
ノエルが心配そうに顔を曇らせていた。左右から同僚にガシッと肩を掴まれる。
「弟妹のように思ってた若様たちに先こされてショックなのはわかるが、お前、意外と心配性だな。
ルクレール家にケンカ売る度胸のある相手はそういないだろ? まあ、ショックだろうけどさあ」
「そうだよ、侯爵様もいろいろと根回ししてるし、外堀埋めは万全だぜ。まあ、お前にはショックでかいだろうけど・・・。
そのうち、慣れるさ。ショックにも」
「お前ら、なんで2回もショック続けた?」
憮然となるノエルに同僚以外からも憐れみの視線が集中する。
「・・・それは言わずが花だろう」
「惨すぎて、とても俺の口からは言えねえ」
「いつかはお主にも春が来る・・・、はずじゃろうて」
「そうですよ。気を落とさずにねえ」
「皆さん、ひどくないっすか? 俺にはもう春が来てますが?」
「は?」
「はああああ⁉︎」
ノエルの突然の爆弾発言に周囲は阿鼻叫喚となった。唖然とする若執事の隣で老執事一人だけ動じずにぽんと手を打った。
「ああ、すまない。若君たちの件ですっかり皆への報告が遅くなっていましたね。
ノエルはこの度奥方を迎えました。すでに既婚者です」
「はあっ? 婚約通り越して婚姻?」
「結婚したの、いつだよ? 聞いてねえぞ」
「そういうことは早く教えんかい! 早速、祝いの花束を用意せねば」
「まあ、おめでたいことが二倍、素敵ねえ」
年嵩の侍女たちがのんびりと拍手するが、野郎どもの胸中は実に複雑だ。
ついこの前まで連敗続きだったノエルに一体何が起きたのか?
ノエルは平民出身で婚約期間は短くてもいい、と結婚に憧れていたのは知っていたが、まさに寝耳に水だ。
「いやあ、お嬢様の捜索で教会に出入りしてるうちに意気投合しちゃってさ〜。嫁さんも長女で弟妹を抱えてて気があったんだよなあ。今じゃ、家族ぐるみでお互いの弟妹の面倒みてるよ」
「嫁さん・・・」
「惚気か!」
左右から今度はおどろおどろした呪詛かと思う声があがる。
バスチアンがまあまあ落ちつけ、と補足説明を加えた。
ノエルの奥方は教会の隣人でよく手伝いにきていた成人したての少女だ。両親は早世して弟妹がまだ幼く、仕事中は教会に預けることもあって神父たちとはお互いに助けあっていた。
人柄は神父のお墨付きだし、身元も確かだ。侯爵家のお抱え騎士となると、配偶者の身上調査も厳しくされるが、今回は神父の助けがあったから異例だが、早めの許可がでた。相手の仕事事情により婚約期間なしでの婚姻だが、双方ともに納得しているとなれば部外者に異論はない。
もともとノエルは実家から通いの騎士だ。夜番など勤務状況によっては侯爵家に泊まりこむこともあるが、嫁は幼い弟妹の面倒をみているから、却って毎日旦那が帰ってこないほうが助かるらしい。
「おい、いいのか、それで?」
「帰ってこないほうがいいとか・・・」
「今までは構いすぎてウザがられてたからさ〜、妹たちにも義姉さんの好きにさせたほうがいいって言われたし。
うちの弟妹も嫁んトコの面倒みたりみられたりでお互いさまにしてるから。嫁は子供できても仕事続けたいって言ってるし、もう大家族みたいなものなんだ」
ノエルはうんうんと頷いた。家族が大事な彼には同じ価値観で気があう相手なのだ。
ウェルボーン王国では騎士は貴族の推薦状があって騎士団の試験に合格すれば騎士位を得られる。一代限りの士爵位だ。俸禄はないが、その代わりに貴族の勤めも免除され、準貴族ーー貴族の予備役の扱いだ。騎士団勤めをしなくても構わないが、有事の際に国からの招聘には応じる義務がある。
高位貴族や神殿のお抱え騎士になったり、地方都市や商隊の警護職についたり、個人で剣術指南塾を開いたりと職の選択肢は豊富だ。婚姻も平民と貴族、両方とも可能で、継ぐべき爵位のない次男以降の貴族令息や腕のたつ平民がなることが多いが、女性騎士も数多く活躍している。
貴族と縁続きになる場合は貴族必須の高等学院の外部受講生になり、貴族の常識や礼儀作法などの受講が必然だが、ノエルのお相手は平民なので気楽に家族ぐるみの付きあいだった。
「いやあ、嫁がいると生活にハリがでていいぞ〜。やっぱ、弟妹とは違うしなあ。
あ、お前らもお相手いるんだから、早く身を固めれば?」
全く悪気のない笑顔で勧められて、周りの野郎どもは顔を見あわせてからグラスを一斉に煽った。
「祝ってやるうううううっ!」
「末長く爆ぜやがれ!!」
「幸せ太りしちまえいっ」
「惚気すぎてハゲるぞおおお」
祝福の言葉のはずだが、怨嗟の色濃い雄叫びに周囲から憐憫の視線が集う。
「・・・男のやっかみほど見苦しいものはないのお」
「ええ、本当に」
庭師のじいのしみじみとした感想に若執事が深く同意した。年嵩の侍女たちは仕方のないこと、というように、あらあらまあまあと慈悲の笑みを浮かべている。
ーーその日のルクレール邸の祝宴は、泥酔者続出で過去最高記録を更新した、という。
後二話で二部は完結です。
明日は事件の結末で短めの話。明後日は時間軸を少し遡って、ジェスターの告白の話で終了です。




