断罪劇のその後も人生は続きます(後編)
前の話の続きなので前後編にしました。
シリルは窓辺に寄って外を眺めるフリをした。背後ではしゃくりあげる声が続いていて、彼の内心ではため息つきまくりだ。
ーーこんなの、ガラじゃないんだけど・・・。
下手な慰めは悪手だろうと、シリルは見て見ぬフリでハンカチを渡してフェリシーから距離をとった。
美形ゆえのトラウマで泣く女性はもともと苦手なのだ。彼の美貌に夢見る乙女はシリルが思い通りにしてくれないとすぐに泣きだして詰ってくるのだから。
シリルがここへ来たのは依頼品を頼まれたのと、見極めのためだ。フェリシーが反省など全くせずに懲りていないなら、また同じことを繰り返す。彼をここへ寄越した人物はそれを見逃すほど甘くはない。見極め次第ではフェリシーの未来は断たれていた。
だが、この分ならその心配はなさそうだ。
さすがに生死の判断をくだすのはまだ荷が重く、シリルはほっと胸を撫でおろした。
シリルは狂乱王以降の新興貴族だ。爵位しか持たず、官位を得て報酬を得るしか収入の道がない。
官位に就くのには学院の成績と外部講師を含む複数の教師からの人物評価、そして就労貴族からの推薦状がいる。推薦した相手が無能だと推薦者の評価にも関わる。下手をすれば両方とも閑職に回されたり、連帯責任でクビになるので推薦する方も責任重大だ。
推薦状をもらうには研修期間中に評価を得るのが一般的だった。
シリルはまだ一年生だが、ジェスターの父・ルクレール侯爵に声をかけられた。魔術師団副団長を務める侯爵は研究開発部門の長でもある。今回の依頼はルクレール侯爵とその繋ぎ役となった子息で推薦状2枚は確定なはずだ。
学院の成績には自信があるし、人物評価もそこそこなはずで当面の進路は安泰である。
狂乱王以降、王位を継いだフォートリエ家は魔術による功績で新たな貴族を取り立てた。
身分を問わずに爵位と報酬で手っ取り早く釣り上げて支配者層を強化だ。これで戦力増強は解決したが、新興貴族に領地経営能力の期待は持てない。貴族の体裁を取り繕うのだけで手一杯なのだから、家名断絶で空いた領地は生き残った貴族に統合分配して収入増加を図った。
そのため、ウェルボーン王国で古参貴族は土地持ち、新興貴族は官位持ちと判断されることが多いが一部例外がある。
その代表格が魔法貴族筆頭と呼ばれるルクレール侯爵家だ。
もとは伯爵家だったルクレール家は自ら領地返納を願いでた。研究者気質のルクレール家はもともと領地経営には向かなかった。先祖代々、有能な家宰に領地を任せっぱなしで研究開発に勤しんでいるのだ。
そんな彼らに新たな土地を治めて収入をあげろなんて無理な話だった。
『魔法分野を今まで以上に向上させて見せます。必ず、お役に立ちます』と宣言したルクレール家は、家名断絶貴族の遺産から魔術書や魔術道具を収集管理・保存・研究を望んで見事な成果をあげた。
『魔力は血に宿る』とされる各血統独自の術を系統立てて分類し、新たな魔術理論を確立させた。貴重な魔術書や高名な魔術師の著書など劣化が激しい古書の補修・復元も試みて王立図書館に多数の寄贈書も贈り、近年の魔術王国発展の礎となった。その功績を認められて爵位が上がり、侯爵家となったのだ。
ルクレール家には王立図書館に納めた魔術書の複写が全て存在しているし、本狂いの当主が続いて大陸中から魔術関係の書物を収集しまくっているので、今では王国一の蔵書量かもしれない。ルクレール家と誼を交わして膨大な魔術書にお目にかかりたいと願う学者バカは案外多いのだが、当主の人物鑑定眼はなかなか厳しい。
そのルクレール家とお近づきになれる機会を狙ってシリルはわざわざ面倒な庶務役を引き受けたのだ。その成果がでて安堵しつつも、高位貴族特有のパワーバランスに巻き込まれるのは正直勘弁してもらいたいところだ。なにせ、こちらはしがない貧乏伯爵家でしかない。
シリルは背後の気配を探り、密かに吐息をついた。
思えば、この元聖女候補も気の毒な人だ。せっかくの治癒術という切り札を持ちつつ活かしきれないで王家に利用されて終わるのだから。
断罪劇はジルベールの独断専行の態で聖女を王家に取り込もうとした結果だろう。
フェリシーが聖女候補になった時には第一王子クロヴィスは他国の王女と婚姻した直後だった。側室を迎えるにはまだ早い。少なくとも跡継ぎに恵まれなければ側室を娶ることはないのだ。数年は様子を見なければならず、フェリシーは適齢期になってしまう。聖女を他家に取り込まれないようお相手になるのはジルベールしかなかった。
ジルベールは聖女の側近という一番近い立ち位置を確保しつつ、フェリシーに取り入っていずれは婚姻に持ち込む予定だったはずだ。
そのために婚約解消など、いくらアルシェ家の力が衰えていたとはいえ無理な話だ。レティシアに言い掛かりとも思われる難癖をつけて婚約破棄に持ちこむしかなかった。
そのつけを払わされた形のフェリシーだが、彼女も入学後の半年間は熱心というか、鬼気迫る勢いで治癒術を特訓していたらしい。それが聖女の務めで多忙を極め始めると、徐々に熱意を失っていった。
治癒術は軽傷に使うと、自己再生能力が衰えて術の効き目が悪くなる。重傷者に使うのが望ましいが、早々都合よく重傷患者に出会えるわけでもなく、術の安定を診るには長期間かかるものだった。普通ならば数年かけるものをフェリシーの治癒術は強力過ぎたため、神殿から過度の期待がかかり、結果としてはその重圧に潰されてしまった。
それでも、しのぎを削る新興貴族からしてみれば、フェリシーの力は無視できるものではない。彼女の処分は今後の勢力争いの焦点となるのを避けるための措置でもあった。
「ねえ、レポートの提出先はどこになるの?」
ようやく落ち着いたらしいフェリシーの問いにシリルは振り向いて眼鏡を押し上げた。
「『研究開発部門試作品係』でお願いします。将来的には量産化を目指したいようで、全員で検証実験するみたいです。ああ、引き受けるからには改良型が送られてきてもご協力願いますとのことです」
「改良型って・・・。こんなの、幾つ作るつもりよ」
ひくっと頬を引き攣らせるフェリシー。さすがにこのアミュレットの性能を体験しているだけあって、研究開発部門の意欲に引き気味である。
「まあ、硏究バ・・・、いえ、硏究熱心な方々ばかりの集まりですから」
「・・・物は言いようね」
フェリシーは嘆息すると、落とし物の箱の中から一枚のハンカチを取り出した。
「一枚ダメにしてしまったからあげるわ。それなら、男性が持っていてもおかしくないし」
フェリシーが渡してきたのは蔦の葉の刺繍がしてある絹のハンカチだった。老舗の服飾店のロゴマークが入っている高級品だ。彼女に渡したのは一般品なので、お釣りが多すぎる。
「いいんですか? プレゼントされた物では?」
「貰い物だけど、好みじゃないのよ」
フェリシーは素っ気なく肩をすくめる。そして、言いにくそうに切り出した。
「その、依頼の件、は、わたしにもメリットがあるから引き受けるのよ。だから、恩になんてきないわ。お礼なんか言わないわよ。ちゃんと依頼主にも言っておきなさいよ」
素直でないというか、捻くれているというか。これが彼女の素なのか、学院で接していたよりだいぶ砕けた感じだ。
シリルはふと気になっていたことを聞いてみたくなった。
「どうして、エリゼーヌ嬢を責めた時にはっきりと『突き落とされた』って言わなかったんですか? なんだか、中途半端に庇ったみたいな言い方で気持ち悪かったんですが?」
「気持ち悪いって、あなたね・・・」
「だって、人のせいにするなら、あんなあやふやな言い方なんてしないですよ。もっとはっきりと言う物でしょ? 気になってたんですが」
顔をしかめたフェリシーはふうと息を吐きだした。
「突き飛ばされたとは思わなかったからよ。彼女とはちょっと距離があったし。でも、魔法攻撃でもなさそうで、初めはよくわからなかったのよね、なんで落とされたのか。
あんなアミュレットがあるなんて知らなかったし。でも、黙って立ち去ってるんだもの。彼女が関わってるのは確かだと思ってたから・・・」
アミュレットは障壁を築き、攻撃してきた相手の力を反射する物だった。害意や悪感情にも反応するが、反撃度は害意の大きさによる。壁に投げたボールが自身へと跳ね返るのと同じ原理だ。
フェリシーは階段の半ばという足場の不安定な場で反撃されたから、余計に状況判断が難しかった。
「何よ、尋問なの?」
「いえ、単なる興味だったもので。しかし、貴方、何と言うか・・・悪事に向かないですねえ。他人からは不器用って言われません?」
「・・・そんなの、あなたには関係ないでしょ」
フェリシーはむすっとして唇をひん曲げた。
器用に立ち回れていたら、今頃こんなことにはなっていない。それくらいわかるだろうに、いかにもしみじみと呆れたように言ってくるこの男は案外人が悪い。いや、性格が悪いのは当然か。こやつが拡大魔術なんぞでホール中に断罪劇の一部始終を広めてくれたせいで、あの場にいた楽団員や給仕人にも詳細は伝わってしまった。
いくら、箝口令がしかれても秘匿は難しい。
そもそも、冴えない後輩が実は超絶美形キャラだとか、ゲーム仕様にも文句を言いたい。道理で聞き覚えのある声だと思ったはず。せめて、あの時に気づいていれば・・・。
よくよく考えてみれば、フェリシーの今後の元凶の大部分はシリルだった。
ーーもう用は済んだ。とっとと帰りやがれ。
思わず、心の声を漏らしそうになって、フェリシーは半眼になったが、相手は苦笑を漏らすだけだ。
シリルとしては今後の憂いなし、の報告をする以上、情報はなるべく多角的に豊富に押さえておいた方がよいのだ。フェリシーの素に触れられたのは思わぬ収穫だった。
今後、この不器用さを下手な野心家に嗾けられでもしたら己の評価に関わるし、後味も悪い。最低限のフォローはしておくべきだった。
「知らぬ仲ではありませんので、ワタシからも餞別を一つ差し上げます。今後、身分差で何かお困りな場合、我がコルトー伯爵家の名を一度だけお貸しします。できるだけ尽力しますので、その際にはご一報を」
「はっ? なんで?」
思い切り不審げなフェリシーにシリルはにこりと笑いかけた。
「こちらもメリットを見込んでますのでお気になさらずに。聖女候補に認定されたほどの力をこのまま放ったらかしって勿体ないと思いまして」
「封じられたのに、何言ってるの? 役になんか立たないわよ」
「長い目で見ればそうでもないでしょう。貴方がしわくちゃのお婆さんになる頃には恩赦がでるかもしれないですから。まあ、気に留めておくぐらいでも覚えておいてください」
フェリシーに胡乱げに睨まれるが、シリルは構わなかった。
彼女に告げたのは半ば本心であるし、元聖女候補を利用しようと企む輩がでた場合の対策手段でルクレール家に恩を売れるチャンスだ。使える手数は多いほどよい、今後の保険として打てる手は惜しまない。
ジェスターだって婚約者のためと建前は立派だが、利用できるなら封じられた聖女のなり損ないでも被験者に遠慮なく使うつもりで今回の依頼をしてきたのだから。
シリルはジト目のフェリシーに別れの挨拶を告げて、依頼主のもとへ報告に赴くのだった。
次は断罪劇のその後日談です。ようやく恋愛タグが仕事します。




