幸せな夢です
ある意味、エリゼーヌも暴走中。
ジェスターはぎゅっとエリゼーヌを抱きしめて焦りまくっていた。
すぐに死神の御手に気づいて破壊しようと魔力を込めたのに、首輪は拍子抜けするほど簡単に外れた。放った魔力が首輪を破壊した後も魔力の放出が止まらなかった。首輪に引きだされるようにごっそりと抜けでていく。慌てて止めようとしても止まらなかった。
首輪は粉々になっても魔力を帯びていた。粉々のカケラから凄まじい魔力が感じられる。封じられていた魔力が一気に解放されたようで、複数の気配がした。
とっさに腕を掴んでいたおかげでエリゼーヌは無事だ。
ジェスターがディオンから持たされた護身具の守護範囲に少女も囲うことができた。でも、そこからは一歩も動けなかった。あちらこちらで魔力の塊が同士討ちしていて動くのは危険だった。
ジェスターは青褪めて室内に目をやった。消滅する際に魔力塊から誰かの思念が弾けて消えるのだが、怨念のような恨みつらみのこもったモノばかりだ。
死神の御手の犠牲者の残留思念なのか。
ほんの一瞬で消え去るとはいえ、暴力的な負の感情が弾け飛ぶのを浴びるのだ。気弱な者なら気絶しかねない。
「どうしよう・・・。どうすればいい⁉︎」
ジェスターは唇を噛み締めた。
彼の魔力を引き金にした魔力暴走だが、複数の魔力が複雑に入り乱れていて収束は不可能だ。ジェスターはこれ以上の流出を防ぐのに手一杯だった。
護衛が多分ケヴィンやクロエも守ってくれるとは思うが、部屋の揺れがだんだんひどくなってきていた。ピシリと壁に亀裂が入る不吉な音も連続している。
もし、天井が崩れる羽目になったら、地下室に生き埋めだ。気が気ではないが、少年には何もできなかった。
「ん、・・・いた、い」
「エリィ?」
ぴくりと腕の中の少女が身動きしてジェスターは顔を覗きこんだ。
ぼんやりとした明るい灰色の瞳が焦点を結び、彼の泣きそうな顔が映しだされる。
「じぇ、す?」
瞬きしたエリゼーヌはふにゃりと笑み崩れると、ジェスターの首に腕を回して抱きついてきた。
「だいすき」
すりすりと頬ずりしてぴたっとくっつく少女にジェスターは硬直していた。エリゼーヌは全くお構いなしでマイペースだ。
「呼んで、ジェス」
「は? あ、あの・・・」
「名前、呼んで」
「え、あの、エリゼーヌ?」
「違う、そっちじゃないの」
「えっと、エリィ?」
「うん、大好き、ジェス」
エリゼーヌは望み通り、いやそれ以上の夢を見られてご機嫌だった。
会いたかったジェスターが抱きしめて名前を呼んでくれているのだ。もう会えない、エリィと呼んでもらえない、と思っていたのにーー
首元のひんやりとした気味の悪さは消えているし、寒くもない。少しだるいが、身体はどこも重くなくて快適だった。
きっと、夢だからーー、と少女は信じこんでいた。
夢だから叶わなかった思いを好きに告げるのだ。とんでもなく幸福で泣きたいくらいで、すごく満足していた。
ーーもう目が覚めなくてもいい、ううん、覚めたくない。このまま、死んじゃってもいい。
「ふふっ、ジェスはあったかいね。気持ちいい」
「・・・そ、れは、よかっ、た? かな」
ジェスターは固まったまま、なんとか言葉を絞りだした。
エリゼーヌは寝ぼけているせいか、すごく素直でいつもよりも積極的だ。嬉しい告白なのに、状況が状況だけに喜べない。なんとも複雑な心境だ。
それでも、少女を抱きしめる腕だけはしっかりと外すことはなかったが。
パシン! パシン!! パリリン‼︎
すぐ間近で塊が弾けて二人はびくりとした。エリゼーヌがようやく周囲の異常さに気づいて周りを見渡す。
「・・・え、なに、これ?」
「エリィ、僕から離れないで」
ジェスターはぎゅううううっとエリゼーヌを抱きしめた。もし、パニック状態になって少女が暴れだしたら護身具でも守れない。
「ジェス、痛いよ?」
エリゼーヌは怖がってはおらず、冷静だったから少しだけ腕の力をゆるめた。少女は首を傾げて残念そうに呟いた。
「もう、終わっちゃうのかな・・・。せっかく、いい夢だったのに。目覚めたくないのに」
「え、夢?」
目を見開くジェスターに少女はむぎゅっと抱きつく。
「お願い、最後までこうしていて。夢の中ぐらい、嫌わないで。そばにいて」
「エリィ、夢じゃなひ」
エリゼーヌは少年の頬を摘んで横にびろーんとひっぱった。
「ジェスの顔、変なの〜」
夢なのだから自分の思い通りになるはず、とエリゼーヌは強気だった。否定されるのは夢でもイヤなのだ。また、あの冷たい目を向けられるのは耐えられない。
ジェスターは目を白黒させて口をぱくぱくさせたが、言葉は何もでなかった。女の子にこんな扱いをされるのは初めてだ。しかも、この緊急事態でとかあり得ない。
エリゼーヌは楽しげに目を細めた。ペタペタと少年の顔を触って頬を揉んだりひっぱったりとやりたい放題である。
「ふふっ、ジェスの変顔、初めて見た。面白い」
「ちょ、ちょっと待って。エリィ、僕、夢じゃないから」
「そうだね、わたしの夢だもの。ジェスの夢とは違うね」
「いや、僕の夢とかじゃなくて・・・」
ジェスターが手を押さえるが、エリゼーヌは気にしなかった。
「ジェスの頬っぺた、すべすべだね、気持ちいい」
「あの、エリィ、ちょっと待って。僕の話を聞いて」
「やだ、聞かない。ジェスはわたしの話を聞いてくれなかったもの」
ぷくっとふくれてエリゼーヌはジェスターの肩に額を押しつけた。もう思い残すことは何もない。
乳母はエリゼーヌを一番大切にしてくれる人が現れると言ってくれたが、そんな人はいなかった。
祖父もディオンも可愛がって大切にしてくれるが、一番大切なモノは他にある。エリゼーヌではない。
祖父は領地が一番だし、ディオンも侯爵家だろう。
エリゼーヌの一番は見つけたと思った矢先に失ってしまった。こうして、夢で会えたのだから、幸せなままでいたかった。ずっとこのままでいい。
「あのね、大好きな人と一緒にいられるのって、すごく幸せなことなんだって知ってた?」
すりすりと頬をよせて、エリゼーヌはそおっと呟いた。
ジェスターは体温が急上昇するのを感じて俯いた。絶対、耳まで赤くなっている自信があった。
少女の身体に回した腕に力をこめると、エリゼーヌもぎゅっと強くしがみつく。そっとえんじ色の頭を撫でると、くすくすと笑い声が肩で響いた。
ジェスターが口を開こうとした瞬間に、切迫した声に遮られた。
「ジェスター、無事か!」
ディオンが地下室へ駆けこんできた。
魔力塊の魂からの叫びーーリア充爆発しろおおおお‼︎




