救出にのりこみます
少し長めです。
ジェスターは緊張してブローチを握りしめていた。
ドロレに到着した翌日にはドミニク所有の民家に踏み込もうとしたら、父から『一日待て』と制止された。まだ、捕縛用意が整っておらず、逃げられる可能性があると。
ジェスターにしてみれば、カスタニエ商会もドミニクもどうでもよかった。一刻も早くエリゼーヌを助けたいのに、ドミニクに言い逃れさせない材料がまだ揃わないと言われた。下手をすればエリゼーヌを人質にとられる可能性もあると指摘されて、ずうううっと我慢させられた。
カスタニエの商船の出港時間までには準備できると説得されてイライラと一日を過ごし、すでに日は沈んだ。すぐに動けるように馬車で待機中だが、間に合うのか不安が募る。
「若様、怖い顔をなされてますよ。眉間にシワよってます」
クロエに指摘されて自覚のないジェスターはむすっと拗ねた。
「もともと、こんな顔だよ」
「エリゼーヌ様に怯えられますよ、若様」
ケヴィンにも言われてジェスターはよけいに拗ねた。
「・・・ねえ、まだなの?」
「もうじきのはずです。若様、後少しの辛抱です」
ジェスターの問いかけはもう何度目の事か。
ディオンはドロレの領主から捜査令状をだしてもらい、侯爵家の手勢で捕縛できるように手を打つと言っていた。不意打ちで民家に押し入り、武装解除して危険を排除してからがジェスターの出番だ。
ヒビの入ったブローチは後一度使用できるかどうかだが、発動さえすればよかった。ジェスターの高魔力で補い、力技でエリゼーヌを見つけるつもりだ。
行方不明の令嬢が見つかればこれ以上の証拠はなく、いくら口の上手い商人でも言い逃れなどさせない。
出港予定時間は日の出の時間だ。港の管理局から情報を得ていたジェスターたちは押し入る準備万端で待ち構えていた。
周囲には他の民家はなく、早めに明かりの消えたドミニクの持ち家は静まりかえっていた。聞き込み調査によると、ドミニクは今回の出港で隣国に渡り、本格的に隠居生活を送るつもりで、今夜は懇意の同業者たちと別れの宴を開いていた。遅くなるから街中の支店に泊まり込むらしい。
生垣に覆われた小さな民家には後片付けで残った使用人だけで、明日の早朝に商船に乗船予定だった。そのため、早めに就寝したらしく灯りはとうに消えていた。
「若様! 令状が届きました」
護衛のポールが慌ただしく馬車の扉を叩いて報告する。ジェスターが勢いよく顔をあげると、ケヴィンが心得たように頷いた。
「若様、露払い致しますので、少々お待ちを。クロエ、頼みましたよ」
専属執事は頼もしい笑みで馬車を後にした。
ジェスターがクロエに付き添われて足を踏み込んだ玄関ホールには使用人たちが一纏めにされていた。見張りの護衛に責任者らしい初老の男が抗議の声をあげているが、ジェスターは完全無視だ。ケヴィンが制圧完了と報告してきて、ジェスターは早速術の行使に入る。
ジェスターが魔力を通すと強く輝いたガーネットがぱりんと粉々に崩れ落ちた。
アンヌーーマリアンナは深夜の急襲者たちに他の使用人たちのところへ追い立てられた。寝込みを襲われたので皆無防備な寝巻き姿だ。
仲間たちが怯える様子や侵入者の交わす会話から、エリゼーヌの捜索隊と気づいてマリアンナは安堵した。
ドミニクが捕まれば逃亡しなくても悪事から脱けだせる。罪には問われるだろうが、情状酌量の余地はある。マリアンナたちのように脅されてイヤイヤ従っている使用人は他にもいて、昨年の摘発は逃げだした使用人からの内部告発だ。
エリゼーヌが囚われている地下室への階段は目隠しされているから見つからなければ声をかければいいと思ったが、マリアンナの考えは甘かった。元暗殺者と噂がある下男が使用人たちに睨みを利かせていた。密告なんて真似をすれば、即座に殺られるのは確実だ。
マリアンナは唇を噛み締めた。絶好のチャンスなのに、何もできないなんて。
マリアンナはエリゼーヌに遺恨はないが、さりとて罪滅ぼしに助けようと思うほど善人ではない。我が身だけで手一杯なのだ。もしも、エリゼーヌを見捨てたと姉が知れば悲しむし、激怒するだろうとはわかっていたがどうにもできなかった。
せめて、エリゼーヌを逃すのは無理でも、できるだけの便宜は図ろうと思った。自己満足にすぎないが、子供を見殺しにするのはさすがに気分が悪い。
マリアンナは夕食を運んだ時に拘束具の鍵を外していた。このままでは弱りすぎて少女の身体がもたないかもしれないと心配した彼女の独断だ。
鍵がしまわれていた金庫はダイヤル式でマリアンナは番号を知っていた。以前、管理人がすぐに忘れてしまうとぼやいていたので、結婚記念日にすればいいと皮肉ってやった。管理人が数日前に結婚記念日を忘れて奥方と一戦やらかしたのを知っていたから。
管理人は嫌味に気づかずに、却っていいアイディアだと採用してしまったので、呆れ返ったが。
拘束具は襟を挟んで一見は輪が閉じているかのようにごまかした。触れるとひんやりとした気味の悪さは感じられなかったから、作動していないはずだ。これで、少しはぐったりとした少女が持ち直せば、と思った。
お守りだというペンダントをそっと少女の服のポケットに忍ばせておいた。他の者に気づかれたら取りあげられるのは確実だが、最初にそのことは指摘しておいたから、気づいたら隠し通すくらいの知恵は働かせるだろう。
少女がこれで気力くらいは回復してくれないと困るのだ。ただでさえ、体力は落ちているのだから、船旅に身体がもたない。
エリゼーヌは昼にうっすらと目を開けただけで、ずっと眠りこんでいる。下男は静かでいいなどとほざいていたが、まるで昏睡状態のようでマリアンナは気が気ではなかった。
早く医者に見せたほうが、と進言もできないのを歯痒く思っていたら、年若い侍女を伴った少年が玄関ホールに踏み込んできた。明らかに貴族と思われるが、こんな捕物に立ち会うには場違い感満載である。
少年は見事なガーネットのブローチを取りだして何か呟いたと思ったら、輝いたガーネットが粉々に弾け飛んだ。
使用人一同がびくりと身を竦ませるが、少年は無関心でお付きを従えてすぐに家の奥に向かった。
「な、なんだったんだ。今の・・・」
「なあ、俺たちもあんな目に・・・」
「まさか」
「いや、でも、お貴族様だぞ?」
ヒソヒソと仲間たちが囁いていると、どごおおおんと轟音が響いて地震のように床が揺れ、皆ぴたりと口を閉ざした。
「あー、若様、荒れてるなあ」
「そりゃ、そうだろ。ずううううっと、待たされてイラついておられたから」
見張りの騎士たちが顔を見合わせて苦笑する。ふっと使用人一同に視線をよこしたと思ったら、下男を皮肉げに見下ろした。
「殺気を隠すのは上手だが、他が怯えて不安がってるのに無を装うとか。違和感バリバリだろお? もっと、人間観察に力入れた方がいいぞ」
「そうそう、無駄にここで忠誠心発揮してもなあ。お前らのご主人様も今頃お縄についてるから。殉ずるつもりなら止めないけど、身の振り方を考慮した方があんたらのためだぜ?
ちょおっと、おしゃべりするだけで罪が軽くなるとかお得じゃないかなあ」
その言葉に使用人たちの顔に打算の色が浮かぶ。ドミニクを売って助かるなら、できるだけ高く売り飛ばそうと脳内で高速計算中である。
「お前ら、こんな口車に!」
「あんま、賢くねーな、お前」
無造作に見張りが剣の柄で下男を殴り倒した。すかさず、誰よりも早くマリアンナが叫んだ。
「地下室の扉が廊下の突き当たりの姿見で隠されているのよ! あんたたちの捜し人は地下にいるわ。鍵は金庫の中」




