夢なんて見るんじゃなかった(後編)
マリアンナーーアンヌは追放後に変装して偽名を用いていた。姉のデジレの提案だ。
故郷の誰かに見咎められないための用心だった。
追放当日にアンヌたちは実家に立ち寄る事を許された。
手荷物は認められないが、身につける物に関しては大目にみると言われた。領外まで護送するのは男性ばかりで、アンヌとデジレの身体検査はなしだとイレーヌの温情だった。
それを聞いたデジレはアンヌを寝室にひっぱりこみ、着込んだ衣服のポケットや靴の中にへそくりで隠しておいた金貨を詰め込んだ。
「姉さん、何をしているの⁉︎ 全財産没収でしょう、見つかったら何をされるか」
「イレーヌ様の温情と言ってたでしょう。わざと身体検査はなしにしてくださったのよ、持ちだせる分はお目溢ししてくださるのだわ」
お貴族様お得意の遠回しな物言いなのだ、とデジレはイレーヌに感謝しながら身支度を終えた。アンヌはビクビクしていたものの、デジレの言う通りだった。何も言われずに領外に達すると、護送者はすぐに戻って行った。
デジレたちは持ちだした金貨で最低限の旅支度を整え、変装することにした。
エリゼーヌの醜聞になるから事件は公表されなかったが、ヘマをやらかしてデジレたちは追放処分だとすでに話が出回っている。デジレはイレーヌのお気に入りで領内ではちょっとした有名人だったから、無一文で追放されたはずの彼女たちが旅装を整えているのを誰かに目撃されてはマズかった。
「せっかく、助けてくださったイレーヌ様に泥を塗ることになるわ。わたしたちは見られてはダメなの」
そう言って、デジレがアンヌと一緒に髪を染めたり濃いお化粧や眼鏡で変装している間、義兄は不満そうに黙り込んでいた。
義兄は口下手で口数は多くない。ユベールに忠実さを評価されていたのに、それがアダとなって追放された。ずっとダンマリでいつも以上に無愛想になっていた。
デジレたちは王都でなら紹介状がなくても何か職が見つかるかもしれないと王都を目指すことにした。ミルボー領から王都までは船で一日、乗合馬車で二日の距離だ。一番下のランクの乗車券で安宿を利用し、用心して偽名も使って変装は王都までのつもりだった。
しかし、王都に到着した翌日、夜の間に義兄が有金を持ち逃げしていなくなっていた。残ったのは小銭の銅貨が数枚だ。
「義兄さん、どうして・・・」
「あの人は・・・、受け入れられなかったのよ。あれぐらいのことでって嘆いていたわ」
義兄にしてみれば主の命に従っただけなのに、主から切り捨てられたのだ。
だが、主がどう見ても大問題をしでかそうなのを見逃した罰だ。その上、義兄は直接貴族令嬢の身体を押さえつけた。暴力行為とみなされたのに、子供相手なのに大袈裟なと事態を軽くみて不満を燻らせていた。
アンヌにしてみれば、なんて無責任な、と罵ってやりたかった。
もともと義兄が持ってきた話で、貴族の常識に疎いアンヌはのせられただけだ。それなのに、ユベールは子供は髪染めしないとは知らなかった、とアンヌに責任を押しつけたらしい。
髪染めを命じたのはユベールだったから、身分的に逆らえなかったとアンヌは主張したものの、見習いのくせに引き受けた事で咎をうけた。それ自体は仕方ない。また染め直せばいいだなんて安易に考えたのがいけなかった。
でも、罪を押しつけられるのは納得できなかった。
子爵令嬢より伯爵令息のほうが身分は上だ。
格下から婚姻を申し込んできたくせに、ユベールの夢ーー騎士になるのを諦めろと条件付けされた。なんて無礼なとユベールは憤慨していて、義兄も同意していた。支える主が侮られたから思い知らせてやるのだと言うから従ったのに、取り調べでは呆れられてしまった。
ーーいい年をした成人男性と成人近い少女が子供のワガママに振り回されてどうする、と。
女当主の配偶者は当主代理を務めることもあるが、決して当主そのものにはなれない。女当主の支えとなるだけで、家長ではないのだ。もし、子供ができる前に女当主が亡くなれば、当主の座は妻の親類に移る。
婿養子が嫁ぎ先で好き勝手できないのは平民も同じだ。嫁ぎ先の意向に従うのは当然だろう、とミルボー家の家宰に言われて、アンヌは唖然とした。
ユベールからは婿入りだなんて聞いていなかった。
ユベールは次期伯爵だと威張っていたし、両親が留守の間は当主代理を務めていると言っていたから、ミルボー家の跡継ぎはユベールだと思っていた。従姉妹が嫁いでくる婚姻だと思っていたから、ワガママな無礼者だというユベールの言葉を鵜呑みにしていた。
実際はイレーヌが跡継ぎで従姉妹を妹のように可愛がっていたなんて知らなかった。
ユベールは発育がよくてナリだけは大人の一歩手前だが、中身は年相応、いや実年齢の11歳よりも幼稚だった。ムカついたから従姉妹を虐めてやろうなんて、安易で浅はかな行いだ。
いくら、格下で親戚と言っても、他領の貴族令嬢だ。危害を加えれば問題になるのは当たり前で、デジレのように叱り飛ばしてやるべきだったのだ。
ユベールへの憧れが轟音をたてて崩れ去り、アンヌは青くなった。子供の癇癪に付きあって、他領の貴族令嬢を傷つけてしまった。領地同士の揉め事に発展し、争いのもとになりかねない行為だったとようやく気づいた。
それなのに、ユベールは言い訳ばかりで、あろうことかアンヌに責任を押しつけてきたのだ。
憧れているだけでいれば、こんな惨めな思いはしなかった。親しくなれるなどと思いあがった夢を見なければよかったとアンヌは後悔したが、すでに手遅れだった。姉をも巻き添えにしてしまって申し訳なかった。
姉は早くに両親が亡くなってから、アンヌの親代わりでずっと面倒をみてくれたのに。
アンヌは義兄を呪ってやりたかったが、現実的なデジレはすぐに頭を切り替えた。
幸いにも宿は食事付きの前払いで一週間分は払っていた。その間に住み込みでもなんでも仕事を見つければいい。そう焦ったのが失敗で、王都に不慣れな彼女たちは治安の悪い地区に迷い込んだ。ゴロツキどもに襲われてドミニクと関わる羽目になってしまったのだ。
本編に入れるところがなかったので、義兄の末路について。
彼は妻と義妹を見捨てたのではありませんでした。
王都に着いて安堵した妻たちを置いて憂さ晴らしに飲みにでかけたのです。有り金を勝手に持ちだしたのは王都の相場がわからなくて足りないと困るから。
飲んだくれてゴロツキと揉めて、と人生転落コースです。刺されて見ぐるみ剥がされて川にポイ捨て。
手荷物が少なかったのが災いして、妻たちからは逃げたと思われた。不幸な末路ですが、自分勝手に残りわずかなお金を持ちだして使い込むとかやってるからバチが当たったのです。




