上手な嘘には真実が混ざっています
エリゼーヌは目を覚ますと、きょとんとして周りを見渡した。
ソファーの上でもこもこの毛布の山に寝かせられていたのだが、部屋の様子が寝落ちする前と全然違う。
窓一つない薄汚れた壁に調度品は一つもない部屋。ドアの手前に鉄格子がはまっているとか、まるで別世界だ。
身体を起こそうとすると、四肢が重くて思うように動かせなかった。ぐらっと毛布の山が崩れてソファーから転げ落ちてしまう。
ドタッと落ちたエリゼーヌは毛布のおかげで痛くはなかったが、身体も何か負荷がかかって重かった。具合が悪いのとは異なり、手足に重石でもつけられたようで、ふと首の違和感に手をあてた。何かひんやりと感じるモノがはめられていて何だか気味が悪い。
「なに、これ? ・・・外れない?」
留め具が見つからずにエリゼーヌが困惑していると、ドアが開いて盆を手にしたマリアンナが入ってきた。
「起きていたのね。その首輪は外せないから、諦めた方がいいわよ。それ、拘束具だから」
マリアンナは無愛想にそう言うと、鍵を開けて鉄格子の中に盆を差し入れた。パンとスープだけと品数は少ないが量は多く、山盛りのパンに具沢山のスープだ。
「マリアンナ、どういう事? ここはどこなの? ドミニクさんは?」
「あんた、頼ってはいけない相手を頼ってしまったのよ」
マリアンナは淡々と語った。
好々爺な人物だと思ったドミニクは実は隣国の伯爵とグルで密かに人身売買の取引を行っていた。もちろん、不法行為で犯罪だ。特に子供が被害にあった場合は重犯罪で大陸中の国々から指名手配される。
昨年、どこからか情報が漏れて主な売買ルートが摘発されて、カスタニエ商会は大打撃を受けて斜陽の一途をたどっていた。表向きの商売がうまくいっていなかったカスタニエ商会は裏仕事の人身売買で何とか利益をだしていたのだ。
間一髪逃れたドミニクは伯爵を頼って隣国に逃れようとしており、これまで伯爵のお気に召しそうな相手を貢いでいたが、どれもこれも今ひとつと言われていた。
最後のチャンスとして、本物の貴族令嬢を連れて来いと命じられていたところにエリゼーヌが現れたのだ。
女神教の教会に逃げこもうとする女性は家庭に問題がある者ばかりだ。ドミニクは教会付近で近隣住人ではなさそうな女性を見かけると声をかけていた。隣国の別荘で働いてくれる使用人を探していると言えば、女神教に出家予定の相手は話にのってきた。
国外に逃れられて衣食住が保証された職につけるのだ、家族が押しかけてきそうな教会よりいい逃亡先だった。
エリゼーヌが教会に行くつもりだと聞いて、ドミニクはしめたと思った。貴族令嬢が下町を供もなしで教会を目指すなんてワケありとしか考えられない。
年端もいかない少女を言葉巧みに誘うなんて、したたかな商人には容易い事だった。
「伯爵様は嗜虐趣味のある方で、成人前後の女性をイタぶるのがお好きなようで、これまで三人の平民女性が貢がれてるけど、ロクな目に遭ってないわね。
あんたが見つからなければ、あたしが没落貴族の令嬢のフリして貢がされるとこだった」
「え・・・、どうして、そんな人にマリアンナは従ってるの?」
エリゼーヌは信じられない思いで呟いた。ドミニクの正体に衝撃を受けたが、それを受け入れているマリアンナが謎だ。
「・・・好きで従ってるんじゃないわよ!」
マリアンナは嫌悪感いっぱいの声をあげた。初めて感情ののった言葉だ。しかし、すぐに元の無愛想で無表情に戻ってしまう。
「あんたはまだ子供だから、育てる楽しみがあるとか悪趣味なこと言ってたらしいわ。すぐにどうこうされるワケじゃないんだから、隙をみれば逃げだせるかもしれない」
「・・・本当にドミニクさんがわたしを貢ぎ物にしようとしているの? ドミニクさんは髪ふっさふさが欲しいって」
「それは本当、あんたを領地に送り届けるのがウソ。上手にウソをつくには真実を混ぜ込んだ方が信憑性がますんだって。あんた、見事にダマされたのよ」
「そんな・・・」
呆然と呟く少女にマリアンナは温度のない視線を向けた。
「タダで親切にしてくれるとか有り得ない、必ず見返りを求められる。貴族でも平民でも同じよ、あんた、お気楽すぎるわ。
助けてほしかったら、何か対価を用意するのね。まあ、伯爵本人はムリでも、周りには対価次第でってやつもいるかもしれない。こればかりはあんたの運次第ね」
マリアンナはポケットからガーネットのペンダントを取りだして、エリゼーヌの目の前にシャラリとぶら下げた。
エリゼーヌは顔色を変えて胸元を探ると、必死に重い手を伸ばした。
「返して! 大切なものなの」
「・・・お守りって言ってたしね。でも、あんたが持ってたって、どうせ取りあげられるだけよ。あたしが有効利用してあげる。この対価分は面倒みてあげるから、悪い取引じゃないでしょ」
「お願い、返して! それだけはダメなの」
明るい灰色の瞳が潤んで涙が盛りあがっていた。それが溢れる前にマリアンナは踵を返して部屋を後にした。
返して、と泣き声が背中に突き刺さる。
マリアンナの現況の原因だった少女がどうなろうと構わないと思っていたのに、意外と後味が悪かった。
マリアンナは自分大事な利己的な少女ですが、良心の咎めがあるので、悪人になりきれない。
人間って矛盾した生き物だと思うので、善悪どちらかにふっきれる事はそうそうない気がします。




