友人に脅されました
イヴォンの受難は続きます。
ディオンは息子を寝室に案内させて休ませると、忠実なケヴィンに婚約誓約書を預けた。後はエリゼーヌ本人のサインをもらって神殿に提出すれば婚約成立だ。
大陸中で信仰されている全能神は生死をも司る。生死に関わる事柄は神殿の管轄で、生の領域・出産につながる婚約や婚姻は神の領分だ。神への誓いで誓約は締結するのである。
「後はエリーの救出だが・・・。
私たちは騎士団との合同捜査中で、そう自由には動き回れない。ジェスターを筆頭に侯爵家の手勢で救出にあたれ。君の裁量に任せるから、ジェスターを補佐してやってくれ」
「かしこまりました。この件に関して全権をお任せくださるということでよろしいですね?」
「ああ、手勢を好きに使ってくれて構わない。それから、念のためにこれを渡しておく」
ディオンがケヴィンに手渡したのは黒水晶のカフスボタンだ。
「魔法防御特化の護身具だ。君が教育したジェスターならば大丈夫と思うが」
「旦那様。必ずや、ご信頼に応えます」
ケヴィンは深々と頭を下げた。
魔力暴走のきっかけは感情の大爆発が主だ。そのため、貴族は魔力の制御とともに感情の抑制も学び、剝きだしの感情を露わにすることはない。
いくら優秀でもまだ主は子供だと案じていたケヴィンにディオンからの信頼は厚かった。
ディオンがケヴィンと連絡のやり取りの打ち合わせをしていると、放心状態から回復したイヴォンが声をかけてきた。
「騎士団に話を通さないのかい? 彼らに協力を仰いだ方が・・・」
「ペンダントの反応があっただけで、エリゼーヌが確かにドミニクに囚われている確証にはならない。
今、ドロレまでのドミニクの足取りを調べさせているが、不確実な情報では騎士団の協力は望めないだろう。それに・・・」
ディオンは訝しむイヴォンに説明した。
騎士団との捜査はカスタニエ商会そのものが本命で、前商会長のドミニクより優先度が高い。ドミニクは10年前に引退しており、人身売買との関わりの裏付けはとれていないのだ。騎士団の捜査では取りこぼしがでる可能性があった。
侯爵家の手勢でずっとドミニクに張りついていた方が何か動きがあった場合、すぐに対応できる。
魔術師団からの応援はディオンたちの他に実働隊として二人の若手魔術師だ。
イヴォンは文官コースを修了していて魔術師団では事務作業に従事していた。今回の捕物には手続きや記録などの補佐業務がメインで参加している。実戦にはでずに騎士団との連絡役も兼ねていたから、ディオンにジェスターからの連絡を伝える伝言役にちょうどよかった。
任務中のディオンに文鳥を飛ばされるのは困るのだ。
「騎士団は人数が多すぎるからね。情報の秘匿は難しいだろう。もし、万が一にでも外部に漏らされたらエリゼーヌの瑕疵となる。
・・・まあ、そんな迂闊なヤツは私自ら制裁を科すけど」
ぼそりと零された小声の呟きをしっかりと拾ってしまって、イヴォンは青褪めた。
あまり、身分に拘らずに気さくに思える友人だが、高位貴族特有の権力行使を躊躇うことはない。特に敵認定した相手には容赦なかった。
学生時代のあれこれを思いだして、思わず現実逃避したくなるイヴォンである。
そのイヴォンの肩に手を置き、ぐっと力を込めながらディオンが囁いた。
「だからね、イヴォン。君も気をつけたまえ。奥方がうっかりやらかそうものなら、いくら君が相手でも遠慮しないからね?」
『しっかりマドレーヌを見張っとけ、でないと・・・』という副音声がイヴォンには聞こえた。
まさか、すでに敵認定されているとは思いもよらなかった。思わず、目を剥くが、目の前の友人はやけに涼しい顔だ。
イヴォンは一歩間違えると妻とまとめて消される運命に蒼白になって、こくこくと頷き返すしかなかった。




