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婚約破棄と解消と保留、そしてする予定はありませんけど?  作者: みのみさ
第二部 婚約するのも大変です

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エリゼーヌの最初の縁談5

 エリゼーヌはふっと目を覚ました。

 邸に戻って大泣きして腫れあがった瞼を濡れタオルで冷やしているうちに眠ってしまったようだ。すっかり温くなったタオルを外して起きあがると、肩から滑り落ちた髪が視界に入った。


 大きく心臓が跳ねて、ぎくりとする。

 見慣れたえんじ色ではないが、金髪でもなかった。もっとくすんだ、枯れ草が干からびたような色合いだ。


 エリゼーヌは慌てて鏡台に駆けよって映った姿に茫然となった。

「・・・や、だ。・・・ひどい」

 肩上から変色した髪は均一ではなく、まだらに染まっていた。もとのえんじ色に交ざって濃淡の差がある枯れ草色が所々で膨張していて、はっきりと言って汚らしく見苦しい。腰まで伸びて毛先だけ緩やかに丸くなっていた髪はボサボサになって見窄らしく毛羽立っていた。

 思わず、眩暈がして鏡台に手をつくと、手入れ用のハサミがあった。衝動的にエリゼーヌはハサミを手にとって、髪にあてた。

 鏡を見ながらジャキジャキと遠慮なく髪を切り落としていく。こんなみっともない髪なんて耐えられなかった。

 変色した髪を一本残らず綺麗さっぱり切った後には、まるで平民の男児のような頭になった少女が鏡に映っていた。

「・・・は、ははは」

 虚ろな笑みを浮かべた鏡の中のエリゼーヌの目から大粒の涙が溢れた。

 乳母が大切に手入れして伸ばしてきた髪だ。祖父と同じ色だが、髪質はおばあ様似だと祖父が頭をよく撫でてくれた。それを自ら切り落とした。


「ふえっ、・・・えっく。うぐ・・・」

 これ以上はないと言うくらい大泣きした後なのに、涙が後から湧きでてとまらなかった。

「エリゼーヌ様! まあ、なんてこと・・・」

 エリゼーヌが泣きじゃくっていると侍女が部屋に入ってきて、エリゼーヌの手からハサミを取りあげた。すでに手遅れなのだが、ヤケになってハサミで傷つけられては、と心配したのだ。

「エリゼーヌ様、落ちついてください。旦那様たちがお帰りになられたのです。

 坊っちゃまをお叱りしてくださいますから」

「ひっく。えぐ・・・、ヤダ。もう、ヤダ。ふえっく・・・。きょ、教会、に、いく・・・。しゅ、出家、するう」

「え? エリゼーヌ様、何を・・・」

「め、めが、み、様に、お支え・・・する。ユベール、なんか、・・・もうやだあ」

 うわわああん、と大声をあげて、エリゼーヌは泣き喚いた。

 こんなに短い髪の貴族令嬢なんかいやしない。

 エリゼーヌは母に髪色をみっともないと貶された事があったが、色だけでなく長さももう貴族令嬢としては失格だった。こんな頭では子爵家には帰れない。母に何を言われるかわかったものではなかった。


 以前、懇意の神父が巫女様・カサンドルは髪を切って王家や貴族籍さえも投げ打って出家したのだと話してくれた。カサンドルは平民男性並みに短くしたと聞いて蛮勇だと思ったが、今のエリゼーヌだって似たようなものだ。カサンドルのように出家して従兄弟とも母とももう関わりを断ちたいと少女は切実に願った。

 出家する、と泣き喚く少女を侍女がおろおろとなだめていると、バタバタと足音がして伯爵夫妻と従姉妹が駆け込んできた。

「まあ、エリゼーヌ。そんな・・・」

 夫人が涙目になって口元を押さえ、伯父は絶句して固まっていた。短くなった少女の頭はもちろん、足元に散乱する長い髪の山に信じられないモノを見る思いだ。

 エリゼーヌの髪は貴族では好まれない暗めの赤毛だが、腰までの長さで艶やかで光沢を帯び、毛先だけくるんと丸くなる綺麗で愛らしい髪だった。それが無惨にも肩より上からバッサリと切られて、床に散らばる様子は元の面影は全くない。すっかり光沢感はなくなり、萎びて干からびた枯れ草の山だった。


「エリー!」

 イレーヌが膠着状態からいち早く回復すると、駆けよって泣く少女を抱きしめた。

「エリー、ごめんね。もっと、早くに帰ってきていたら、こんな・・・」

「えぐ、うっく。イ、イレーヌ、ねえ、さまあ・・・」

 エリゼーヌはイレーヌにしがみついて泣きじゃくっている。

 伯爵は頭を振って目頭を押さえた。

 帰宅してすぐに大変な事が起きたと留守を預かっていた家宰から報告されて、息子から事情を聞いていたところだ。目覚めたエリゼーヌが取り返しがつかないことに、と言われて来てみれば、まさかこんな大ごとになっているとは・・・。

 伯爵は振り向いて扉付近で家宰に首根っこをつかまれてる息子を見やった。ぶすっと膨れているユベールはエリゼーヌが母マドレーヌの金髪に憧れているから手助けしてやった、善意での行動だ、などとほざいていたのだ。


「ユベール、これがエリゼーヌの望んだ事だと言うのか?」

「・・・い、いえ。その、・・・ちょっとした手違いがあったみたいで・・・」

「ふざけるな!」

 伯爵は息子を怒鳴りつけた。

 イレーヌが弟の言い訳を嘘だと一刀両断していた。『おじい様とお揃いの髪なの』と、エリゼーヌは嬉しそうにしていたのに母の金髪に憧れるワケがない、と。

 伯爵は薄々妹のマドレーヌは子供好きではない、と勘づいていたから、我が子でも気に入らないのだと悟っていた。

 いくら身体が弱いと言っても育児は乳母任せなのに、3歳で馬車の旅に耐えられるようになった途端に娘を預けだした妹だ。そんな母親にエリゼーヌが憧れるとは思えなかった。乳母に愛情いっぱいに育てられた姪は人懐っこい子だが、誰に対してもではない。苦手な相手には警戒心が強く、そばに寄りつきさえしないのだ。

 ミルボー家に預けられたエリゼーヌが母の名を口にする事はなかった。乳母やコックなど可愛がってくれる使用人や祖父の話しかしない。姪も母を避けているようだった。


「貴族が容姿を偽るのは禁忌とされていると知っていたくせに」

 イレーヌが従姉妹を抱きしめて恨みがましく弟を睨めつけた。

 イレーヌは母似の黒髪で弟とはあまり似ていない。金髪碧眼が自慢のユベールは姉に髪を染めて金髪にすればモテるはずだと言い放ってバカにした事がある。当然、イレーヌが黙っているはずはなく、それは暗黙の了解で忌避される不法行為だと遠慮なく反撃して弟をやりこめていた。

「また染めなおせばいいと思ったんだよ。そんなに大騒ぎする事じゃないだろお? 大体、切ったのはそいつが勝手にした事だしぃ」

 ユベールは不貞腐れてだらしなく語尾を伸ばした。夫人がきっと目を吊りあげた。

「なんて、愚かな! 髪染め液は子供には負担が大きすぎるのよ。平民だって子供には使用しないはずよ。お前が無理矢理命じたのでしょう。デジレからも話を聞いてお前の処遇を決めるわ」

「え? な、は、母うえ?」

 ユベールは狼狽えた。平民なら誰でも髪ぐらい染めていると思っていたのだ。アンヌも否定せず、まさか、貴族でも平民でも完全に違法行為だとは思いもしなかった。


「・・・切った髪で付け毛を作れるか?」

「いえ、旦那様。こんなに傷んでは無理だと思います。長さは十分ですが、質が悪すぎる」

 床に散乱する髪を検分していた家宰が首を横に振った。伸びるまでは染め直して付け毛やカツラで誤魔化せるか、と思案したのに無駄だった。

「はあ、子爵家に・・・。いや、魔術師団のイヴォン殿に直接連絡して詫びねば。マドレーヌはきっと大騒ぎするだろうから、知らせるな」

 伯爵は今後の後始末に頭を悩ませながら、家宰に命じた。

ユベールとアンヌの認識の違い。


ユベールは平民は誰でも染めてると思ったから命じた。

アンヌは見習いだからと断ったのに再度命じられたから、貴族は平民より厳しく定められていないのかと思った。貴族の常識には疎かったから、命じられるがまま従った。


双方の認識不足が事態を引き起こしました。まあ、本人の意思無視してやらかしてる時点で同罪ですけどねー。

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― 新着の感想 ―
[良い点] エリゼーヌの奥ゆかしいからも程遠い消極的な性格 二章の始まりに疑問に思ってましたが納得です こうして何度も絶望してきたんだろうな マドレーヌ似のユベールはゲス 浅慮で嗜虐心の強いアンヌ …
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