エリゼーヌの最初の縁談3
翌日、エリゼーヌは女神教の教会を訪れた。ミルボー領が発祥地の女神教は本部の大教会が街の中央に建っていて、ステンドグラスが有名だった。
ミルボー領は妖精界に繋がっていると伝説がある大きな湖が売りの観光地だ。
伯爵はホテルではなく、こぢんまりとした別荘地をいくつも経営していて、観光客にのんびりと過ごしてもらえるようにしていた。底まで見通せるほど透明度が高く美しい湖でボート乗りや観賞魚を眺めたり釣りをしたり、周辺でピクニックや乗馬を楽しめるように設備を整えていた。
銀の鈴と呼ばれる湖はどこか地下から温水が流れ込んでいるようで、真冬でも凍ることはなかった。女神教の伝説では父神に見捨てられた女神が最初に降り立った場所だから、女神様のお恵みがあるせいだとも語られている。
教会のステンドグラスも芸術性が高く、観光名所として見学客が多く訪れていた。
エリゼーヌは知り合いの神父に挨拶してステンドグラスを堪能すると、侍女が馬車を呼びに行ってくれた。教会前の広場は混雑していて馬車待ちしていると、侍女ではなくユベールの護衛がやってきた。
「エリゼーヌ様、坊っちゃまがお呼びなので、来ていただけますか?
侍女には話してあります。後で迎えに来てくれるそうですので」
「どこに行くの?」
「すぐそこですから」
エリゼーヌは躊躇ったが、護衛は顔見知りだ。ユベールの用事が何かはわからないが、侍女が承諾しているならと行ってみる事にした。
「坊っちゃま、エリゼーヌ様をお連れしました」
「うん、ご苦労」
ユベールが偉そうに頷く。そばに栗毛の美少女がいて、エリゼーヌにじっとりと値踏みする視線を向けてくるのが不快だった。
「あの、用事って何?」
「お前の見栄えを少しでもよくしてやろうと思ってな」
???と疑問符を浮かべる従姉妹にはお構いなしで、ユベールの合図でエリゼーヌは大きな姿見の前の椅子に座らされた。
「叔母上のような髪色になれば、あんな僻地の領地でお前相手でも婚約してくれる相手が現れるかもしれない」
「どういう事?」
エリゼーヌは不安げに辺りを見渡した。
ごく普通の民家に案内されたと思ったら、待ち構えていたのはユベールと少し年上の平民の美少女だ。用件に心当たりはなく、わけがわからない。
美少女は大きめのケープを取りだしてエリゼーヌの首周りに巻きつけていく。ケープは大人サイズなのか、大きすぎて身体もすっぽりと包まれてしまう。
「あの、何をしているの?」
「じっとしてて、お嬢様。ユベール様のご命令なんだから」
ユベールの命令だからと言って、エリゼーヌに無断で何かされるなんて冗談ではなかった。エリゼーヌは立ちあがろうとしたが、ケープでぐるぐる巻きにされた身体は自由がきかなかった。ジタバタもがく従姉妹をユベールが面白そうに見やる。
「地味で暗い赤毛より貴族らしい金髪にしてやるから喜べ」
「えっ? イヤよ。なんで?」
「いいから動かないでってば」
美少女はツンと刺激臭のする鉢に刷毛をつっこんでかき混ぜていた。刷毛にたっぷりと黄土色のクリームをつけたかと思うと、それをいきなりエリゼーヌの髪に塗りつけた。
「ヤダ! やめて」
エリゼーヌは悲鳴をあげた。
えんじ色の髪は祖父譲りだ。母や従兄弟には地味だとかみっともないとか貴族では好まれないと散々バカにされたが、少女自身は大好きな祖父と同じで気に入っているのだ。
それを勝手に染められるとか、絶対に許せなかった。
「エリゼーヌ様、静かになさってください。一度染めてみれば、坊っちゃまの気がすみますから。後でまた元の色に染め直してあげますから」
護衛がエリゼーヌの肩に手を置いて上から押さえつけるから、少女は全く動けない。イヤだ、と泣き叫ぶしかできなかった。
刺激臭で目と鼻がヒリヒリして涙がボロボロと溢れて大泣きだ。
「ちょっと、うるさいんだけど。この髪染め液、とっても人気で高価なのよ。そう嫌がらなくても・・・」
「何をしているの!」
バタンと扉が壊れかねない勢いで開かれて、一人の女性が部屋に飛び込んできた。
イレーヌお気に入りの髪結い師デジレだ。買い物を終えて帰宅すると、悲鳴が聞こえて慌てて奥の小部屋に来てみればこの惨状だ。
「あなた、アンヌ、エリゼーヌ様になんてことを・・・」
「ユベール様のお望みだ」
「そうよ、姉さん。髪を染めてるだけよ」
亭主と妹の言葉にデジレは青褪めた。
髪染めは特別な薬品を扱うので、髪結い師の中でも特級の資格持ちでなければ行えない。妹のアンヌはまだ見習いで髪結い師でさえなかった。当然、違法行為だ。
しかも、貴族は出自を表す容姿の色合いを変えるのは好まれない。平民では髪染めはオシャレとして認められていても、貴族では蔑まれる行為なのに。
「今すぐ、お湯を用意して! ああ、エリゼーヌ様、申し訳ありません。すぐに洗い落としますから」
デジレが妹に命じて大急ぎで乾いた布でエリゼーヌの髪のクリームを拭き取り始めた。大泣きの少女はえぐえぐとしゃくりあげるばかりだ。
「おい、僕の命令だぞ。邪魔をするな」
「ユベール様! 貴族ならば、髪染めは出自を誤魔化す不法行為とみなされるとご存じでしょう?」
デジレがきっと睨みつけて横柄なユベールを叱り飛ばした。ユベールはむっと目を吊りあげた。
「また染めなおせばいいだろ。生意気な事を言うな」
「そんなにすぐには染められません! 頭皮が爛れます‼︎」
デジレは絶望して大声で叫んだ。
エリゼーヌの髪はすでに変色が始まっていた。大人の使用量では子供には多すぎたのだ。しかも、薬品の濃度も濃すぎたようで髪が痛んでいる。枝毛ならまだマシで、最初に塗られた部分はクリームを拭きとると、ボサボサになった。
髪染め液は効き目に個人差があるから、最初は試し染めしなければならないのに、アンヌはすぐに染め直すからと手間を省いていた。
「ああ、もうなんて事! イレーヌ様がお戻りになられたら・・・」
デジレが懸命に洗い流してくれたが、変色はとめられなかった。




