エリゼーヌの最初の縁談2
「おい、どういうつもりだ?」
エリゼーヌはいきなり怒鳴りつけられて驚いた。
従兄弟のユベールがエリゼーヌにあてがわれた客室にノックもなしでずかずかと乗り込んできて開口一番がこのセリフである。
「坊っちゃま、淑女の部屋に勝手に入るなんて・・・」
「うるさい。お前たちは居候に好き勝手させすぎだ」
エリゼーヌに付けられた侍女が諌めてくれるが、従兄弟はお構いなしだ。
ユベールは金髪碧眼でマドレーヌ似の美少年だが、11歳にしては発育がよくて大柄だ。実年齢よりも数歳年上に見えた。エリゼーヌに向かい合う従兄弟は外見だけなら大人の仲間入りの一歩手前で威圧感がある。
ユベールはシャルリエ家の封蝋のある封筒を手にしていた。伯爵家当主宛てだというのにすでに開封されていて、それをエリゼーヌに突きつけてきた。
「・・・中身を読んだの? 伯父様宛てなのに」
「父上はお留守だからな、当主代理として僕が中身を確認したんだ。
それより、どういう事だ。お前との婚姻は子爵家からの申し込みなのに、こんな条件をつけるなんて身の程知らずだ。たかが子爵家が伯爵家に楯突くのか?」
大袈裟な物言いに侍女は呆れた顔をしていた。当主代理なんてユベールが勝手に名乗っているだけだ。代理は留守を預かる家宰が忠実にこなしている。
ユベールは子爵家からの手紙ならば自分が扱っても父は怒らないだろうと、タカを括っていた。
エリゼーヌは困惑して首を傾げた。
婚姻はマドレーヌが勝手に打診しただけだ。イヴォンから提案されたのはその後で、道理で祖父に知らせるのを渋ったはずだった。
「おじい様の承諾なしでお話されてしまったの。おじい様は領地経営の助けになる婿でなければお困りなの」
女性にも相続権が認められたが、女当主はどうしても妊娠、出産と実務をこなせない時期がある。それを補佐して支えてくれる相手を婿に望むのは当然だ。騎士団入りなんてされたら、王都勤務になるのだから、領地経営には関われない。
だが、ユベールは不思議そうに眉をしかめた。
「家宰に任せれば済むだろ。なんで、僕が騎士を諦めなくちゃいけないんだ?」
「・・・最初から、家宰任せなの?」
エリゼーヌも不思議そうに問い返した。
祖父も手が回らない時は家宰に手伝ってもらうが、何もかも全面的にお任せはしない。エリゼーヌの婿になると、当主代理も努めなければならないのだから、家宰任せで領地に無関心では困るのだ。
「ユベールは騎士になって騎士団に入るつもりでしょう。王都暮らしになるわ。
わたしは領地住まいになるから、ユベールは婿にはなれないもの。伯父様へのお手紙はそのお話のはずよ」
「はあ⁉︎ そっちから申し込んでおいて断るのか?」
ユベールに怒鳴られたが、エリゼーヌは至極まともな話をしているだけだ。付き添う侍女も怪訝そうにユベールを見つめていた。
当主に無断で打診された婚約話なんて、正式な申し込みではない。
形勢不利に気づいたユベールがむっと顔をしかめて、ふんと鼻を鳴らした。
「あんな僻地に婿入りする物好きがいるもんか。この僕が婿になってやるんだから、感謝感激されて当たり前なんだ。それを断るとか、後で吠え面かくなよ!」
ユベールが荒々しく退出して、侍女はやれやれと肩をすくめた。
長女のイレーヌと歳が離れているため、ユベールは少々甘やかされて我の強い子供だった。だが、マドレーヌのワガママぶりに慣れている古参の使用人たちからみれば、まだまだ可愛げがあるモノである。
「エリゼーヌ様、坊っちゃまが申し訳ありません。奥様がお戻りになられたら、お叱りしていただきますから」
「ううん、大丈夫。いつものことだもの、気にしてないわ」
侍女に申し訳なさそうな顔をされてしまったが、エリゼーヌはこの話はこれで終わったと思っていた。




