ドロレに向かいます
しばらくは18時に連日投稿します、よろしくお願いします。
ジェスターたちは翌日の正午には王都を発った。
神父は有能で一晩もかけずに怪しい商会を割りだしていた。新興のセギュール商会か老舗のカスタニエ商会だ。
セギュールは個人の行商人が隣国との嗜好品の取引で急成長した商会で、反対にカスタニエは昔から隣国との商売が盛んだったが、今では落ち目になってきている。昨年、取引先が倒産したせいで事業相手の新規開拓に苦労していた。
侯爵家でも夜通し裏事情を探り、神父の情報の裏付けを取った。
まだ、ジェスターには早いと明らかにされていないが、侯爵家独自の情報網とかがあるらしい。そのうちお教えしますよ、とケヴィンが実に爽やかなのにどこか黒い笑顔でのたまっていたのが何やら不穏だったが、今はエリゼーヌを探すのが何より一番大事だ。
昨夜遅くと今朝早くに倉庫と二つの商会付近でジェスターは術を行使したが、手がかりはなしだ。
エリゼーヌの足取りは全く掴めておらず、引き続き神父には下町で情報収拾してもらっているし、侯爵家の平民出身の手勢を捜索に振りあてている。
子爵家にはこっそりと老執事にだけ知らせて、何かあったら連絡するように申しつけた。もしかしたら、身代金目当ての誘拐で人身売買組織の残党とは別件の可能性もある。
王都の警備隊よりも神父の人脈と下町への影響力の方がアテになるので警備隊には通報しなかった。却って、事情聴取にとられる時間が惜しい。
侯爵家の情報網で、カスタニエの営業不振と人身売買組織の摘発時期が重なっていたから、情報収集に努めれば怪しい動きがあった。何でも、引退したはずの前商会長が重要な取引があると昨日のうちにドロレに向かっていたのだ。
もし、カスタニエがクロなら、エリゼーヌは囚われてドロレに運ばれた可能性が高い。昨日のうちに王都からでていたなら、居場所特定の術に反応がないのは当然だった。
ジェスターはドロレでディオンに合流して力を借りれば、もっと広範囲も探れるとドロレに向かう事にした。
バスチアンが緊急事態用にディオンとの連絡手段を確保していたから、父への先触れはすでに昨夜のうちに王都を発っている。
バスチアンは侯爵邸を辞去するエリゼーヌの顔色の悪さに心配して声をかけていた。急な出発に、もしや領地で何かあったのか、祖父の身に異変でも、と案じたのだが、少女の返答は『何もない』で訝しんだ。いつ戻るのか尋ねれば、『わからない。・・・戻らないかもしれない』と生気のない目で返答されて、様子がおかしいとディオンに報告する準備をしていた。
ディオンは留守の間に実子のジェスターだけでなく、エリゼーヌにも気を配っていて、何かあったら連絡をよこすようにバスチアンに申し付けていたのだ。
父の用意周到さに比べると、嫉妬してエリゼーヌの話を聞かなかった己の狭量さに嫌気がさすジェスターだ。今までは自己嫌悪にどっぷりと浸っている暇はなかったのだが、ここにきて考える余裕がでてきたのがまずかった。
王都を出発した馬車は旅行用で広い車内は居心地よく設えてある。深々と革張りの背もたれに身を沈めたジェスターはくらっと目眩がして、一瞬意識が飛びかける。
「若様、横になられてお休みなさったほうが」
寝不足と術の行使の疲れから顔色の悪い主にケヴィンが心配そうに声をかけた。付き添いのクロエがクッションを敷き詰めて寝床を誂えようとする。
ジェスターは額に手をあてて目を瞬きさせた。
「大丈夫、ちょっと目が霞んだだけだ」
「若様、何か新情報があれば文鳥を飛ばす手筈になっております。お眠りになられても文鳥が届き次第お知らせしますから」
文鳥は魔術で創りだす半透明の青い小鳥で緊急連絡用手段である。登録魔力の相手に伝言を届ける術で、内容量と飛行距離は魔力量に比例する。
文鳥を飛ばせるか否かが平民と貴族の分かれ目だった。貴族ならば王都内くらいは自由自在に文鳥を飛ばせなければ一人前とは認められない。
高等学院の一年時の魔術の前期試験は文鳥を作成してどれだけ迅速に遠くまで飛ばせるかという内容だった。文鳥を飛ばせなければ貴族と承認されないので、不合格になれば退学もあり得た。
バスチアンはドロレまでの道のりに侯爵家手勢の人員を配置し、文鳥を繋ぎ飛ばせるよう手配済みだった。すでにディオンのもとには詳細が伝えられているだろう。ドロレで情報収集してくれれば捜索時間の短縮になるが、ディオンも魔術師団の任務中だ。どこまで、父が動けるかわからない。期待しすぎは禁物だった。
「若様、いざという時に倒れられては困りますわ。今のうちにお休みください。
エリゼーヌ様を無事お救いするためには若様に万全の体調でいてもらわないと」
クロエがジェスターの首根っこを捕まえようと手を伸ばしてきたので、ジェスターは渋々とクッションの山に横になる事にした。クロエは彼を弟のように思っているから、主の望みを優先させようとするケヴィンより容赦ない。拒否すれば力技で寝かしつけられるのは確実だ。
旅行用の侯爵家専用の馬車は揺れが少ないように設計されているが、微かな振動はある。それが心地よい揺れとなって、ジェスターはすぐに眠気に囚われた。
うつらうつらする主を見守って、ケヴィンとクロエは小声になった。
「さすがに若様もお疲れですね。出来れば、宿場町に着くまではお休みしてもらいましょう」
「お食事は軽めのものがいいですね。食欲もないようですし」
ブローチを媒体にした居場所特定の術はジェスターでなくても行使できるのだが、ジェスターは自分でやると言い張った。ジェスター以上の高魔力の持ち主は他にいないが、さすがにまだ未成年だ。魔力は十分でも体力・気力的には連続使用はキツいだろうに、少年は決して弱音を吐かなかった。エリゼーヌが心配で何かしていないと落ち着かないのだ。
「・・・ブローチに反応があっても、すでにエリゼーヌ様の手から離れてペンダントだけしか見つからなかったら、どうします?」
「やめてください。縁起でもない事を。今は他に手がかりはないのですよ?」
「しかし、若様にはお話できませんが、我々はその最悪な場合にも備えておかなければ。
・・・もし、若様が取り乱されて魔力暴走でも起こされたら、我々の手には余ります」
「それは・・・」
クロエは思わず息を呑んだ。ケヴィンの懸念は最もだった。
ジェスターは話を聞かずに少女を追い詰めたと自責の念に駆られていた。必要以上に責任を感じていて無理をしがちだった。ドロレまで出向いた挙句にペンダントしか見つからないとなると、感情を爆発させてもおかしくない。
侯爵家嫡男として優秀な少年だが、主はまだ12歳の子供なのだ。
「若様が幼少期に使っていた魔力制御用の腕輪を用意しましたが、今の若様に通用するかわかりません。いざという時には、身体を張ってでもお止めしろ、と命じられていますし、私もそのつもりでいますから、後の事は頼みましたよ」
「・・・骨は拾ってあげますが、私はお嬢様付きですから。お嬢様の事を安心してお任せいただきたいですね」
クロエは若執事の覚悟に辛うじてそう返した。
明日からはエリゼーヌ9歳、過去編になります。




