教会を訪れました
すみません、少し遅くなりました。
教会を訪ねたジェスターたちは祭で人生相談コーナーに使われた大部屋ではなく、質素ながらも立派に整えられた応接室に通された。応対してくれたのはまだ年若い神父で、教会の責任者だと言われて内心では驚きを禁じえない。
「お尋ねのお方はお見えになっておりません」
申し訳なさそうな返事にジェスターたちは落胆を隠せなかった。エリゼーヌがこの教会を目指した確証はないが、他に思いあたる場所はないのだ。
「では、この近辺でお嬢様らしき人影を見かけませんでしたか? 上流階級の子供が迷いこめば目立つと思うのですが」
「お力になれず申し訳ありませんが・・・」
更に深々と頭を下げられてケヴィンとジェスターは顔を曇らせた。クロエは祈るように両手をぎゅっと握りしめている。
他の者は教会周辺を捜索したり聞き込み調査をしていた。教会前の広場に馬車を停めさせてもらっているが、そう長い時間は独占できない。
ジェスターは神父に断りを入れてから術の行使を試みるが手応えは全くなしだ。
焦りを隠せない少年に神父が遠慮がちに声をかけた。
「その、もしやお探しのお嬢様は・・・、シャルリエ子爵令嬢では?」
「エリィを知ってるの?」
ケヴィンが制するより早くジェスターが返答してしまった。
醜聞を恐れて迷子の貴族令嬢とだけ告げて実名はださなかった。神父も訳ありと察して、容姿や服装の特徴だけで対応してくれていたのだが、何か思いあたるものがあったのだろう。
神父は懐かしそうに目を細めて頷いた。
「ええ、私は一昨年までミルボー領の大教会に勤めておりましたので。
エリゼーヌ様はお小さい頃からミルボー家に預けられると必ず訪問してくださいました。大教会のステンドグラスがお気に入りだったのです。
エリゼーヌ様は覚えておられませんが、3歳くらいの頃に巫女様に抱っこされた事もあったのですよ」
女神教の巫女様といえば、先王の5人姉妹の長女カサンドルだ。末子の現女王に姉妹の中では一番慕われていた。
カサンドルは男嫌いを拗らせて縁談から逃れるために出家した。独身の誓いをたて、生涯を女神様に尽くすと宣言した通りに奉仕活動に従事していた。
本拠地である大教会に居着く事はあまりなく、各地を巡ってあちらこちらで困っている女性や子供の力になっている。まさに女神教の成り立ち通りの生き方をしている女性だ。
カサンドルは自ら王族から抜けただけでなく、貴族籍も返上してただの平民に降下したが、もともと奉仕活動に熱心で5人の王女たちの中で一番民に慕われていたのだ。平民になっても未だ人気は衰えず、逆に民草に交わって活動する姿に感銘を受ける市民続出で影響力は増大する一方だ。
カサンドルの人気で女神教の活動は過去最高記録の盛況ぶりとなっている。
本来なら長女のカサンドルが女王となるはずだったが、彼女は父王とは不仲だった。父王も国民に一番慕われている長女を疎んでいた。
自分よりも人気のある娘に王位を奪われまいとした臣籍降下での婚約だと、市井では陰口を叩かれていたくらいだ。
「その、神父様はエリゼーヌ様のお小さい頃からのお知り合いなのですか?」
クロエが訝しげに尋ねた。自分とそう変わらない歳の神父が大教会で8年前から勤めていたとはとても信じられなかったのだ。
神父は照れくさそうに頭を掻いた。
「お恥ずかしい話ですが、わたしは童顔のせいか若く見られる事が多いのです。実はもう三十路も半ばを超えているのですが」
「「「え」」」
神父の告白に見事な三重奏が返った。失礼とわかっていても三人とも驚いた。ケヴィンより年上にはとても見えない。
「実は巫女様には威厳がなく見えるから髭を生やせと言われた事もあるのですが・・・。
生やしたら信者も含めて皆に不評だったので、諦めざるを得なかったのです。どう見てもつけ髭にしか見えない、仮装のようだと言われてしまいまして」
はははと虚ろに笑った神父はすぐに顔をひきしめた。
「不躾ですが、エリゼーヌ様が出奔なさった理由に何か心当たりはございませんか?
エリゼーヌ様は私が王都へ配置替えになる時に最後の挨拶だとお見えになられたのですが、なんでもお父様に『女神教に関わるのを禁止されたから、もう来られない』と仰っていました。
そのエリゼーヌ様が教会を頼られるなんてよほどの事があったのでは、と思うのですが・・・」
躊躇いを見せるジェスターたちを神父はぐるりと見渡した。
「他言無用は女神様に誓ってお約束いたします。実はエリゼーヌ様に王都の女神祭をお教えしたのはわたしなのです。
エリゼーヌ様があまりにも落ち込んでおられたので、祭ならばご友人に誘われたとでも口実をつけられて教会に出向けるだろうと、ステンドグラスの小冊子目当てにすれば子爵様もそう厳しくはなさるまいと入れ知恵したのです。
祭の当日はわたしは責任者の仕事でお会いできなかったのですが、エリゼーヌ様は手紙を託けてくださいました。
お知り合いの侯爵家でお世話になり、とてもよくしてもらっている。楽しく元気に過ごしている、との近況報告でした。
エリゼーヌ様が出奔する理由はないように思うのですが、本当に教会を目指しておられたのでしょうか?」
「・・・それは分かりません。ただ、下町方面を目指したらしいとしか。ですが、お嬢様は・・・」
ケヴィンが信頼できる人物と判断して詳しい事情を話した。昔からの知り合いなら子爵家の内情も察しているだろうと思ったのだ。
案の定、神父は話を聞くときつく眉をしかめた。
「ミルボー家との縁組はありえません。一度白紙になったのは、ユベール様に非があったらしいのです。しかも、ケロールに入れるなんて、子爵夫人は何を考えておられるのか・・・。
いくら、兄君が妹にお甘い方でも、エリゼーヌ様を傷つける行いがあったというのに婚姻なんてさせるわけがない」
「それ、どういう事なの?」
ジェスターが低い声で問いかけた。
子爵家の御者もミルボー家の長男・ユベールをよく思っていなかった。平民の御者が主の従兄弟の貴族令息を『あのクソガキと婚姻なんて冗談じゃない』とまで言っていたのだ。
「詳しい事は存じませんが、婚姻話が持ちあがった直後に腰まであったエリゼーヌ様の御髪が顎くらいまで短く切られておりました。しばらくは帽子を被って隠しておられて、室内でも帽子が手放せなかったようです」
神父の言葉に三人とも絶句した。
肩につくくらいの今の長さでも十分短いのに、いくら子供でも貴族女性の身だしなみとしてはありえなかった。
「エリゼーヌ様は髪が傷んでしまったから切ったのだと仰っていましたが、破談になってユベール様は他領へ行儀見習いにだされましたし、ユベール様お付きの護衛が解雇され、家族共々ミルボー領から引っ越したようで姿を消しました。
護衛の家内は腕のよい髪結い師で長女のイレーヌ様のお気に入りだったのに、夫につられるように急な解雇でした。しかも、髪結い師の資格を返上したそうです。彼女は特級の資格持ちだったのに・・・。
何かあったとしか思われません」
「・・・お嬢様から髪が傷んで切ったというお話は聞いた事がございますが、そんなに短く切ったとは思いませんでした。傷んだ理由も言いたくなさそうだったので、伺ってはおりませんでしたが」
クロエも低くおどろおどろした声音で加わってきた。
女性にとって長い髪は命だ。斬髪するハメになるとは一体何があったのか、そんな目にあった原因らしい相手との縁組なんてマトモな親なら考えられないだろう。
「そういった事情でしたら、エリゼーヌ様が教会を目指したのは間違いないでしょう。
女神教は貴族女性でも助けてくれるのか尋ねられた事があります。貴族を敵に回してでも力になってくれるのか、と。いくら巫女様が元王族といっても今はただの平民ですから。
それで、巫女様、カサンドル様は身分にこだわらない方ですし、宗教組織に貴族が手出しするのは禁じられておりますから、理由があっての助力ならば大丈夫だとお答えしたのです」
「でも、エリィは来てないよね?」
「ええ。・・・実はエリゼーヌ様のように女神教を頼られたはずなのに、行方がわからなくなってしまった女性は他にもいるのです」
神父は女神祭で人生相談コーナーを設けるのは信者獲得の他に女神教を頼りたい女性を導く狙いがあったと説明してきた。
相談してもらえるステンドグラスの小冊子は目眩しだ。ステンドグラスの模写は禁止されているので、あの見事なステンドグラスを手元に置きたいとなると、人生相談コーナーを訪れるしかない。
ステンドグラスが目当てだと周囲には思わせて、本当に困って女神教に逃げ込みたい女性と密かに連絡をとりあうのだ。
女神祭後に教会に逃げ込んでくるはずの女性は三人いた。
一人は豪商の娘で継母からの苛めから逃れるため、後の二人は商人と農家の娘で不法な借金のカタに売り飛ばされそうなのを助けてほしいと懇願されていた。
だが、三人とも約束の日時に現れなかった。後から家族が行方を訪ねてきて、行方不明になっていると判明していた。
「中には気が変られて、他に頼れる恋人や友人がおられてそちらを頼る方もいるのですが。教会に現れずに行方もわからないなんて今まではなかったので、巫女様や大教会の方でも問題視していたところだったのです。
もしや、教会を目指してる途中で人攫いにでもあったのではないか、と心配されていました」
嫌な予測だが、十分あり得る事態だ。
ジェスターは蒼白になってぎゅっとブローチを握りしめた。
無理をして最大範囲より広く探ったのに、反応は全くなかった。教会は貧民街を除いた下町のほぼ中心にある。少なくとも、エリゼーヌは下町にはいない。
「行方不明の女性たちの捜索届がだされているようで、騎士団から事情聴取の方がお見えになられてからは行方不明者はでていなかったのです。
もしかしたら、エリゼーヌ様は・・・」
「そんな!」
クロエが喘ぐように声をあげた。神父は鎮痛な面持ちで首を振るばかりだ。
ジェスターは騎士団と聞いて違和感を覚えた。ただの行方不明で騎士団は動かない。まずは王都の警備隊が担当するはずだ。
騎士団が動くのはもっと広範囲の捜査が必要な場合や貴族が巻き込まれた時だ。三人の女性は平民で騎士団の案件にはならないだろう。
ふと、ジェスターはアルマンから言われた事を思いだした。
取り逃した人身売買組織に関わる怪しい商会が下町に倉庫を持っているから近づくな、という忠告だ。怪しい商会をいつから騎士団がマークしていたのかは知らないが、三人の女性はその商会に攫われた可能性があるから騎士団が動いたのではなかろうか。
犯罪者組織でも縄張りがあるらしいから、他の人攫いが介入している可能性はまずないだろう。もし、エリゼーヌが攫われたなら、三人の女性たちと同じ相手とみるべきだ。
ジェスターの仮説に神父が慌ただしく立ちあがって、書斎から地図を持ちだしてきた。
「下町の地図です。川沿いにいくつか倉庫が立ち並んでいますが、持ち主までは記載されていません。
今晩だけお時間をいただければ、住民から聞き込んでみましょう」
「ドロレに商船を持っている商会のはずだ。ドロレの港が封鎖されるかもしれないって、アルマンは言ってたから」
「そして、隣国との取引のある商会ですね」
ジェスターに続いてケヴィンも推測を述べた。
「となると、大商会ですね。冬の荒波の中、出航できる商船を持つとなると限られてきます」
神父がわかり次第、連絡をくれると約束してくれたので、ジェスターたちは邸に戻ってこれまでの情報を精査・分析して検討する事にした。
いつもお読みいただきありがとうございます。評価など有難いです。
だいぶストック貯まったので、明日から18時に連日投稿に変更します。
三部構成の予定でしたが、二部が思ったよりも長くなったのと、前半と後半の雰囲気が異なるので二つに分けて四部構成にします。
一部 卒業前の断罪劇
二部 ジェスターとエリゼーヌの話前半
三部 ジェスターとエリゼーヌの話後半
四部 卒業後の断罪劇
の変更です。
次にネタバレあるので、おイヤな方は飛ばされることをお勧めします。
誤解ないように四部のあらすじを紹介しますと、一部の一年後、エリゼーヌたちの卒業祝いのパーティーでまさかの断罪劇再び?の予定です。
二部はエリゼーヌ失踪が解決して婚約するまでのお話で、三部は婚約してから悪役令嬢退場までの話になります。
それでは、明日からの連日投稿、よろしくお願いします。




