嫉妬深い男は嫌われます
エリゼーヌがいなくなった場所に向かう馬車の中は痛いほどの沈黙に支配されていた。
エリゼーヌの行き先の手がかりになるかもしれないと、ジェスターは二人きりになった間の事を話さざるを得なかった。同乗のケヴィンは眼鏡を外して眉間を押さえ、クロエは完全に無表情だ。護衛は外の御者席に同乗してエリゼーヌの姿を探しているから、中の会話は聴こえていなかった。
ケヴィンが眉間を揉んで眼鏡をかけ直した。
「若様、何からつっこめばよいのか迷いますが、まずはクレージュ侯爵令嬢とのお話は確かに噂が流れた事がございます。
若様にしつこく食いさがってきたご令嬢のご家族が噂を吹聴なさいました。おそらく、侯爵令嬢が本命だからフラれても仕方ないと虚勢をはったと思われます。旦那様が否定して噂は立ち消えたはずでした。
侯爵令嬢は一番最初に候補にあがりましたが、向こうから断られておりますので」
「・・・そうなの? 僕はその話聞いてないけど?」
「旦那様がすぐに対処なさいましたので。若様の婚約忌避感が加速されては困るから知らせるな、と言われておりました。ですが、社交界にお出にならない子爵が噂をご存じだったのは意外でした。
下位貴族とのお見合いはお嬢様が初めてですし、噂が念頭にあればそう邪推される可能性はあったかもしれません。お嬢様は親御様から言われれば従うほかありませんよ」
「・・・」
ジェスターは無言で頷いた。
すっかり頭が冷えた今ではあの時は短慮に決めつけた、と判断できるようになっていた。
「若様はお嬢様がクラルティ様に頭を撫でられたと言われましたが、それは誤解です。クラルティ様はお嬢様のリボンが曲がっていたのを直されて髪を整えただけです」
「・・・でも、エリィは赤くなってた」
むすっと拗ねる主にケヴィンは苦笑する。
「恥じておられたのですよ。お嬢様は失敗なさると令嬢らしくないと落ちこまれますから。
ご友人の婚約者に身だしなみの乱れを指摘されては居たたまれないかと。・・・お気持ちはわかりますが、嫉妬深い男は嫌われますよ、若様」
「なっ、僕は嫉妬なんか!」
「では、何故お怒りに? お嬢様が頭を撫でられたからと言って、はしたないと咎める事ではないでしょう。お嬢様はクラルティ様とはお知り合いなのだし、友人の振る舞いの範疇では?」
「・・・アルマンには婚約者がいるし、その婚約者はエリィの友達でしょ。親しすぎるのはマズいと思ったから」
ジェスターは気まずそうに視線を彷徨わせる。あの場面を目にして、一瞬にして怒りが湧きあがったのを認めるのは何だか癪だった。
「ご友人のクラルティ様には何も苦言はなく、お嬢様にだけなのは不公平では? お咎めになるなら、クラルティ様がおられるあの場でなさるべきでした」
「それは・・・」
ジェスターは言葉に詰まった。確かにケヴィンの言う通りだ。真っ直ぐすぎる正論が耳に痛い。
見たくない光景だったから目を背けてしまったのは失敗だった。一人になって冷静になったと思ったが、応接室でディオンの不在に動揺するエリゼーヌを見て怒りが再燃してしまったのだ。
表面を取り繕うのは貴族の社交の武器だ。冷静な仮面を貼りつけてエリゼーヌを牽制したのが、そもそもの間違いだった。エリゼーヌは萎縮してうまく言葉がでない様子だった。最初からお断りに来たと詰問しなければ、エリゼーヌは事の次第を話していたかもしれなかった。
そう思うと、己の判断ミスで少女を追い詰めたのだと後悔でいっぱいになる。
「侍女を下げた時に代わりの者を付き添わせなかったのは私の落ち度です。てっきり、お嬢様は告白のお返事をするものと思っておりましたので、気を利かせたつもりがアダになりましたね」
ケヴィンが沈痛に顔を歪めた。ジェスターはふとひっかかりを覚えて顔をあげた。
「ちょっと、待って。告白の返事って、・・・何で知ってるの?」
「お嬢様は嬉しかった、と仰っていましたよ」
クロエの淡々とした声が割って入った。
「誕生日プレゼントに装飾品をもらったのはおじい様以外で初めてだ、と。
あの日の帰りに珍しくはしゃいでおられました。お嬢様くらいの歳になれば、装飾品の一つや二つ、お母様やお祖母様から譲り受けたり、贈られるものなのに」
ジェスターがエリゼーヌに告白した日の事だ。
少女が赤い顔をして挙動不審気味だったから、心配したクロエが帰りの馬車に同乗して付き添ったのだ。そこで、エリゼーヌは内緒話だとペンダントは誕生日プレゼントだったと打ち明けてきた。
「今から思えば、あの時にはもう熱がでていたのでしょうね。でも、お嬢様が興奮なさっていて気づきませんでした。お嬢様はとても嬉しそうで喜んでいらして・・・。
専属失格ですわ。あの時に気づいていれば、子爵家に乗り込んで私がお世話しましたものを。そうすれば、このような事態には・・・」
「思い詰めてはなりませんよ。ペンダントが送られてきたのを何か不具合がでたのかと見逃した私の手落ちでもありますから」
落ち込むクロエをケヴィンが宥めた。
クロエからの報告でようやくジェスターが素直に告白したのだと使用人一同は安堵していたのだ。だから、ペンダントが送り返された・・・とは誰も思いつかなった。ジェスターが預かると言ったのもあって、何か護身具の機能に不具合がでたのだと誰もが解釈していた。
ジェスターはクロエの言葉に衝撃を受けていた。
エリゼーヌがペンダントを喜んでくれたなら、彼の好意も受けとめてくれたのだろう。
エリゼーヌが母が勝手に返したと言ったのに、ジェスターは聞く耳をもたなかった。怒りに囚われて少女を傷つけたと思うと、激しい後悔に見舞われる。
望まぬ婚姻を強いられ、修道院に入れられそうになって逃げだした少女はどこに行ったのか。
交友関係の狭いエリゼーヌには他に頼れる相手はいなかったはずだ。ジェスターが頑なになりさえしなければ、助けを求めてきたかもしれないのにーー
ジェスターはポケットの中のブローチに触れた。エリゼーヌのペンダントのガーネットとは親子石だ。これで居場所が探せると言っても範囲はそう広くない。大まかにでも居場所を絞りこまねば折角の術でも役に立たない。
御者と侍女はいなくなった周囲を探し、迷子の可能性も考えて近くの警備所も覗いたらしいが、手がかりはゼロだった。
こっそりと子爵家の様子を窺ったが、エリゼーヌが戻ったならマドレーヌが大騒ぎするはずなのにその気配はなかった。ブロンデル家にも様子を見に行ったが平常通りのようで、それでもう心当たりがなくなって侯爵家に匿われていると判断したらしい。
エリゼーヌがいなくなってから既に数時間も経っている。もっと早くに探せていたなら、と焦る気持ちが侯爵家の誰もにあった。
迷子になってどこかで保護されているならいいが、エリゼーヌは地味な色合いでも上流階級と一目でわかる服装だった。人攫いに遭ったなら、無事に救出されたとしても貴族令嬢にとっては十分な醜聞だ。傷物扱いで婚姻に差し支える可能性は大いにあった。
侯爵家の手勢で探すのが一番無難なのだが、見つからなければ王都の警備隊にも通報しなければならない。
「着きました。ここに馬車を停めている間にお嬢様はいなくなられたようです」
御者が馬車を停めて報告してきた。そこへ先行して捜索の指揮をとっていた年嵩の護衛騎士が駆け寄ってきた。
「お嬢様の特徴とあう少女が噴水広場へ向かっているのを見た者がいました」
護衛は手っ取り早く侯爵家の権力と金を使って情報を得ていた。広場へ通じる通りに面した花屋の店番が目撃者だ。
「その先はわかっておりません。広場はなにぶん人通りが多くて。
お嬢様がたどり着いたのは午前中のことでだいぶ時間が経っています。今では広場の顔ぶれも変わっておりますので、目撃者を探すのは困難です」
「・・・待って。ちょっと探ってみるから」
ジェスターはブローチを手にして目を閉じた。
術の行使ではなく、ペンダントの己の魔力を辿るのだ。この一週間ずっと身につけていたから、製作者であるジェスターの魔力を十分に纏っているはずだった。
人の出入りが限られている邸内とは違って大通りには通行人や馬車、荷車など雑多な気配が多数で身近な己の魔力なのに、既に残滓は気薄だった。ジェスターは焦りをなんとか抑えつけて噴水広場へ意識を向けると、微かに魔力が感じられる。
僅かな手がかりを逃さないように徒歩で魔力の痕を辿る事にした。護衛とケヴィンが付き従ってくる。
広場へ到着すると、気配はさらに薄まり、今にも途絶えそうだ。周囲に目を凝らしたジェスターは横道に細い痕を感じた。
「この道って、下町に通じてるんじゃなかった?」
「はい。この先に目ぼしいものといえば、女神教の教会がありますが」
護衛の返事にジェスターは考え込んだ。
領地とブロンデル家以外でエリゼーヌが行った事のある場所だ。いくら世間知らずの少女でもなんの当てもなく逃げだしたりしないだろう。女神祭に詳しかったし、教会にも馴染みがあるようだった。
もしや、教会を目指していたのでは、と推測がたつ。
「エリィは教会に行ったのかもしれない。行ってみよう」
主の言葉に護衛と執事が頷いた。




