無礼者が突撃してきました
ジェスターがケヴィンを引き連れて玄関ホールに向かうと、招かれざる客人の侍女は興奮して大声をあげていた。
「だから、お嬢様をだせって言ってんのよ! 他に行くとこなんか、あの子供にはないんだから! 連れてかないと、報酬をもらえないのよ‼︎」
「ですから、エリゼーヌ様はお見えになっておられないと」
「嘘よ! あたしを排除した隙にお嬢様から助けを請われたんでしょ。あの子、修道院を嫌がってたもの。令息と落ちあうよう示し合わせたんだわ」
「「「修道院?」」」
応対していたバスチアンだけでなく、声の届いた全員がハモった。ホールには様子を伺う従僕や侍女の他にも無礼者を排除しようと護衛騎士たちの姿もある。
「領地に向かわれたのでは?」
「何すっとぼけてんのよ⁉︎ あの子から聞いてるでしょ、ケロール修道院で矯正してもらうはずだったのに、邪魔すんじゃないわよ!」
「なっ?」
「・・・嘘だろ」
「信じられない。まさか、そんな・・・」
「ケロールって。うわあ、正気かよ?」
興奮のあまりにバスチアンに食ってかかった侍女のセリフに周囲が異常に反応した。皆、青褪めたり、息を呑んだり、頭を振ったりと信じられないモノを見たような顔をしている。
ジェスターが疑問符を顔に浮かべて傍らのケヴィンを振り返った。
「ケロール修道院って、どういう所なの?」
「・・・市井の監獄と陰口を叩かれている修道院です」
「え?」
不貞をはたらいた夫人や男遊びの激しい身持ちの悪い令嬢、裕福な庶民でも手癖の悪い娘など家名に泥を塗った女性が金銭次第で放りこまれる場所だと聞いて、ジェスターは唖然としてしまった。
大人しいエリゼーヌには地獄にも等しい所だろう。そんな場所に連れて行くつもりだったとか、この侍女は何を言っているのかさっぱり理解不能だ。
「坊ちゃん! いいから、あの子供を、ぎゃあ!」
ジェスターを見つけていきなり突進してきた侍女に呆然としていた周囲は反応し損ねたが、バスチアンが年齢の割に素早い身のこなしで侍女を取り押さえた。
「バスチアン様!」
「遅い! 護衛は何をしているか。若君に不審者を近づけさせるな」
低くよく通る声での叱責にその場の全員の背筋が凍る。特に護衛騎士たちは老執事の鋭い眼光に殺られる、とこの世との決別を覚悟したほどだ。
「バスチアン様! 御者のほうがまだ話がわかりそうなので連れてきました」
ノエルが青いを通り越して真っ白な顔色の御者を連れてきた。帽子を両手でもみくちゃにした男は無理矢理声を絞りだした。
「お、俺が、馬鹿だったんです。そこのバカ女なんかとっととほっぽりだして領地へ向かってりゃあ、お嬢様は・・・」
「誰がバカよ!」
床に這いつくばされた侍女はまだ元気に騒ぐ。
バスチアンに代わって侍女を取り押さえた護衛が煩わしそうに侍女の口にハンカチをつっこんだ。ふぐふぐ、とくぐもった声が漏れるが、とりあえずは無視だ。
御者から話を聞いた全員が耳を疑った。
ジェスターが贈ったペンダントを侍女が勝手に持ちだして盗んだと思った夫人が送り返すとか、実母のする事とはとても思えない。
しかも、侯爵家の婚約者候補だと言うのに当主に無断で他家と婚約を結ばせようとするとか、諌めようとした娘に手をあげた上に悪評高い修道院送りになんて非常識どころではなかった。正気を疑う話だ。
「え、まさか本気で・・・」
「そんな、ひどい」
「お嬢様がお可哀想」
ホールに使用人たちの嘆きの声が響くが、それを上回る怒声が轟いた。
「ざっけんな! てめーらが甘やかすから、あの子はすっかり思いあがって傲慢になったんじゃないか。
宝石だって、あたしら侍女が盗るとでも思って、宝石箱に鍵かけて隠してやがった。手入れだって自分でして、あたしらに触らせもしやがらねえ。
熱だして鍵を忘れやがったから、中身覗いて奥様に知らせたんだよ。はっ、ガキが宝石なんざ宝の持ち腐れだろ」
いつの間にかにハンカチを吐きだした侍女が生まれの滲みでるはすっぱな口調で喚いた。
眉を怒らせたクロエが近づくと、侍女の顔スレスレの床をダンッとヒールで蹴りつけた。ヒィッと侍女が喉を詰まらせる。
「お黙りなさい! 主を蔑ろにして信頼されていない己を棚にあげて何を言っているの。
お嬢様が大事にしていた菫の鉢植えを捨てた無礼者に手入れを任せるわけないでしょう。
お嬢様は大切な物だから、お前たちの目にも触れさせたくなかったのよ。大事にしたいから、とご令嬢のする事ではないとわかっていても、ご自分で手入れなさりたいと仰っていたわ。手入れの仕方を私に請うていらしたのよ」
「・・・エリィは、大事にしてくれていたの?」
ジェスターが喘ぐように呟いた。エリゼーヌに言い放った言葉が脳裏に甦って目眩がしそうだ。
『だから、家ではその辺に放っておいたの? 大切に扱うって言ったのに。そんな扱いしてるから、勝手に返されたって言うなら、それは君の自業自得だよね』
ーーエリゼーヌがペンダントを家では身につけていなかったのは侍女に見つかって母に知らせないようにするためだったのか。子爵夫人は元は伯爵令嬢だから、そんな非常識な人間だとは思わなかったのに。
「夫人はお嬢様には批判的な方ですから。お嬢様は関わりにならないようになさっていたのですね」
ナディアの憂い声がジェスターの耳に突き刺さる。
エリゼーヌが休んでいた間はナディアも休養をとっていたが、今日はエリゼーヌが来ると知ってやってきたのにすれ違っていた。彼女が到着する前に子爵家の馬車は出発してしまったのだ。
「お嬢様がいなくなられた場所を中心に捜索隊をだしましょう、バスチアン様」
「ええ、護衛と従僕で捜索にあたらせます。非番の者は使いをやって呼び戻します。邸に詰めてもらいましょう」
「侍女も総動員させます。平民を中心に街中に詳しい者に捜索させましょう」
ナディアとバスチアン、それに侍女頭のジゼルも加わって捜索隊が結成される。慌ただしく出発準備する使用人の中でケヴィンは主の顔色が悪いのに気づいて部屋へと促した。
「待って、ケヴィン。僕も行くから」
「しかし、若様」
「僕ならエリィをすぐに探せる。ペンダントを渡したんだ」
ケヴィンは主の言葉にバスチアンの元へと足を向けた。




