夢を見てしまいました
「お嬢様、一体どんな話をしたんですか?」
馬車の中で侍女が引き離されていた間にジェスターとした話を聞き出そうとうるさかった。
彼女はケヴィンから使用人の心得を手厳しく注意されたが全く堪えていない。それよりも、報酬のサファイアに目が眩んでいて、侯爵家で告げ口されていないか気にするばかりだ。エリゼーヌが手にしているガーネットにも興味を示して貪欲な視線を向けてくる有様だった。
「・・・気分が悪いの。静かにして」
主は小声で呟くと、目を閉じて窓辺に寄りかかってしまったから侍女は口を閉ざした。
気持ち悪くなって吐かれでもしたら困る。後始末するのは大変だし、旅程は大幅に狂って本当に宿場町に到着できなくなるかもしれない。
この時期に野宿とかは絶対に勘弁してほしかった。
エリゼーヌはガーネットのペンダントを両手で握りしめてぼんやりとしていた。
どうして、こんな事になってしまったのかな、とぐるぐると思考は堂々巡りしていた。
熱が下がって侯爵家に行けるようになったら、ディオンに婚約の真相を尋ねようと思っていた。ジェスターの想いに応えていいのなら、エリゼーヌだって彼のそばにいる事を望みたかった。至らない令嬢だけど、ナディアを始めとして侯爵家の皆が協力してくれるから、きっとジェスターの隣に立てる貴族令嬢になれると夢を見てしまった。
でも、それは母の言う通りに本当に思いあがりで、傲慢な願いだった。どうしても、諦めたくなくて足掻いて、余計に嫌われてしまった。
望まれてもいないのに、愚かにも叶うはずのない夢を見て浮かれていた自分がひどく情けない。
侯爵家を出る前にケヴィンやクロエが顔色の悪いエリゼーヌを心配して声をかけてくれたが、まともに受け答えなんかできなかった。ノエルが口うるさく急きたてる侍女を牽制してくれた隙にバスチアンもやって来てくれたが、何を言われてどう答えたのかも覚えていない。
ちゃんとお世話になった挨拶をしなくてはいけなかったのに。
ジェスターに嫌われた以上破談は確実で、次に侯爵家に行けるのはいつになる事か。使用人の皆に挨拶できる機会があるかもわからないのに、本当にエリゼーヌはダメな令嬢だった。
閉じた瞼の裏では侯爵家で楽しかった思い出が次々に浮かんできて、終わってしまってから始めて幸せだったんだな、と気づいた。
祖父のいる領地や母の実家のミルボー家にいる時よりも、侯爵邸で過ごした時が一番楽しくて幸せな、それこそ夢のような時間だった。
「ちょっと、道が違うじゃない?」
思考に沈むエリゼーヌは侍女の声で目を開けた。
御者に声をかけた侍女は窓の外を覗いて声をはりあげている。ケロール修道院へは東門から行くのに道を通り過ぎてしまったのだ。
「今の通りを右に行かないと東門に行けないでしょ。どこに行くつもりよ?」
「はあ? 聞いてないのか。領地だよ、大旦那様の所だ」
「何、バカな事言ってんのよ⁉︎ 馬車、停めて!」
侍女が御者席の後ろの壁をどんどんと蹴りあげて騒ぎだした。
侍女は領地に行く話は侯爵家を欺くための方便と思っていたから、本当の行き先を把握していなかった。
御者は騒ぐ侍女を嫌がって馬車を通りの端に停めて振り返る。
「何しやがる。あぶねーだろーが」
「ケロール修道院に行くのよ。馬車を戻して。奥様に逆らうとクビになるわよ」
「馬鹿か。執事の親父さんに言われたんだよ。お嬢様は跡取りだ。
修道院なんかに入れるわけにゃいかねーよ」
「バカはあんたよ! あんな年寄りが奥様に敵うわけないじゃない」
「親父さんは大旦那様に雇われてんだよ。奥様がクビにできるわけねえよ。
大旦那様から領地からの援助がなきゃおめーら侍女の給与なんか支払われねえんだから。おめえの方こそ馬鹿だよ」
「はあ? 何ですってえ」
御者にせせら笑いされて怒った侍女は一旦馬車から降りて御者席によじ登った。御者の腕を掴み、周囲を気にして小声で説得し始める。
「あんた、よく考えなさいよ。大旦那様なんか、いつぽっくり逝くかわかんないじゃない。
奥様についた方が得よ。旦那様は奥様の言いなりなんだし」
「大旦那様に何かあったら、跡取りはお嬢様だ。旦那様は魔術師団勤めだからな。
お嬢様が領主でやっていけるように大旦那様はちゃんと手を打ってるさ。旦那様の裏切りで大旦那様も痛い目みたからなあ。
よく考えんのはおめえの方だぞ」
「何言ってんのよ? ねえ、奥様はお嬢様を修道院に入れたら報酬をくれるのよ。あんたもきっともらえるわ。
お嬢様、今ガーネットのペンダントを持ってるけど、修道院には必要ない物だし。きっと、報酬に奥様があんたにくれるわよ。だから・・・」
エリゼーヌはピクリと耳をそば立てさせた。
侍女はエリゼーヌからガーネットを取りあげようとしている。御者は渋っているが、説得されてその気になってしまったらお終いだ。大人二人が相手では少女には敵わない。
エリゼーヌはそっと外を覗いて御者席の様子を伺った。二人とも通行人を気にして小声で会話しているから、馬車の中には全然注意していない。逃げだす隙は充分にある。
ーーでも、どこに行けばいいのかな・・・?
エリゼーヌは途方にくれて俯いた。
子爵家には戻れず侯爵家にも頼れない。ブロンデル家に行こうにもいつもとは違う道を通っているから土地勘はさっぱりだ。
そもそも、エリゼーヌの外出先は領地とブロンデル家以外にはなかった。侯爵家へはいつも送迎してもらっていた。貴族令嬢のエリゼーヌは拐われては大変だと、一人で出歩いた事なんか祖父のいる領地でさえなかった。
そっと扉を開けて外を覗いた少女は今いる通りに見覚えがあるのに気づいた。少し先に噴水広場があり、横道から下町へと行けたはずだ。女神祭では馬車が通行禁止になっていたから、噴水広場から歩いて行ったのだ。
女神教の教会に行けば女神祭を教えてくれた人物がいるはずだった。祭では会えなかったから、手紙を渡してくれるように託けていた。
あの人はいつも女神様はか弱い女性と子供の味方だと言っていたから、頼れば助けてくれるかもしれない。
父とは女神教には関わらない、と出家騒ぎの時に約束させられたが、そんな事はエリゼーヌの頭から追い払われた。父はどうせ母の味方で娘はいつも後回しなのだから、助けてくれないだろう。
教会に行って、あの人に領地の祖父と連絡をとらせてもらおう、とエリゼーヌは密かに馬車から脱けだした。
御者のいう親父さんは老執事のことで、旦那様はイヴォン・エリゼーヌの父です。
大旦那様は先代・エリゼーヌの祖父です。名前をファブリスに決めました。




