待ち人来たる、のはずなのですが・・・
「なんだ、アルマンか。何しに来たの?」
「いや、それはないだろう。ジェスター、いくら何でもひどいと思うぞ」
アルマンは顔をひきつらせた。辛口の友人がいかにも迷惑げに顔をしかめるのだ。急に訪ねてきたのが悪いのだが、さすがに傷つく。
騎士団長を務める父の影響で迅速な行動を心がけるアルマンは礼儀作法にさほど頓着せず、急な用件な場合は先触れなしで突撃してくる。
ーーまあ、友人だし、多少は目を瞑るかと、普段は大目に見てくれるジェスターにしては珍しく邪険な対応だった。
「来客の予定があるんだ。手早く済ませてよ」
「ああ、それはすまない。すぐに用事をすませるから」
ぶすっと不貞腐れたジェスターにアルマンがある品を取りだした。
「ジェスターは桜に興味があっただろう。叔母上の所に出入りの行商人から桜を扱った品がいくつか手に入りそうなんだ。よかったら、確保しておくがどうする? 多分、今回を逃すとしばらくは手に入らないと思うぞ」
アルマンが持参したのは淡い薄桃色の生地と同色の小さな花びらが押し花にされた栞だ。
「さくら・・・、ああ、サクラね」
東方の島国原産の樹木で、興味があるのはエリゼーヌが見たがっていたからだ。ジェスターにはそれほど関心がなかった。ただ、植物園に行った時の少女の様子から桜にまつわる物ならなんでも喜びそうだと思ったから、ちょっと探してみただけだ。
アルマンは友人の反応は気にせずに見本の生地を手にとった。
「この色は桜色、というらしい。桜の花ではなく、樹皮を煮詰めてだす色らしいぞ。ダールベルク帝国でご婦人方に好まれだしたようだ。大陸中に流行りだすのも時間の問題だろう。
懇意にしているお得意様限定で確保してくれるという話なんだ。この栞は桜の花びらで実物が拝める品だし、何の研究かは知らないが、参考資料になるんじゃないか?
他にもいくつか品があるらしいけど、見本はまだなくてこれだけだ」
どうやら、アルマンは研究馬鹿の友人が異国の珍しい樹木を研究か実験に使うつもりだと思っているようだ。
「実はドロレの港が封鎖されるかもしれなくて、陸路を勧めたから行商人は早々に王都をたつつもりなんだ。今日中に注文しないと間に合わない。だから、急にで悪いとは思ったが、寄らせてもらった。兄に頼まれて届け物をする途中なんだ」
「へー、そうなんだ」
「なんだ、気乗りしないようだな。もしかして、もう桜は用無しだったか?」
アルマンは少しがっかりしたように肩を下げた。折角、珍しい品が手に入りそうだと勧めにきたのに無駄足だったとか残念だ。
「・・・いや、そうだな。念のために、一応確保しておいてもらえる? もしかしたら、必要になるかもしれないから」
「そうか、では行商人に注文しておくから」
ジェスターが迷いながらも告げた言葉にアルマンは頷いた。では、と辞去しようとする友人に、ジェスターはふと気づいて問いかける。
「そう言えば、父様の出張先がドロレなんだけど、何かあるの?」
「侯爵様が? ああ、魔術師団からの応援は副団長どのなんだな」
「応援?」
「ドロレで騎士団が捕物をする予定なんだが、取り逃がしがないように魔術師団に応援を要請したそうだ」
首を捻るジェスターにアルマンが説明してくれた。
ドロレは王都の北に位置する港湾都市で王国の海路の最大要所だ。他国との貿易も盛んで王都に次いで栄えている。だが、困った事に治安は少々悪く、昨年など隣国からの人身売買ルートの拠点があった。魔術師団からの情報提供でなんとか拠点を潰しはしたが、首謀者を惜しくも取り逃がした痛恨の一事だ。
そのリベンジで首謀者を今度こそ捕まえるのだと、現在は様子見で泳がせている段階らしい。
「怪しい商会をマークして動きを警戒中なんだ。兄も騎士団待機でいつでも要請に応じられる体制になっている」
「へー、そうなんだ。・・・でもさ、そういう情報って口外するのはマズいんじゃないの?」
「侯爵様は関係者だし、ジェスターは言いふらしたりしないだろう? それに、懇意にしてる行商人は情報提供者で協力関係だから、問題ないぞ」
訝しげな友人に応じたアルマンは思い出したように付け加えた。
「ああ、しばらくは下町に近寄らない方がいいぞ。マークしている商会の倉庫があるから、何か動きがあるかもしれない。お忍び中に厄介事に巻き込まれたりしたくないだろう?」
高位貴族が下町に出向くのは奉仕活動に従事する時かお忍びの場合だ。ジェスターならお忍び一択だろうな、と友人は当たりをつけたのだ。
「うん、わかった。忠告ありがとう」
「では、桜の品は確保しておくから」
アルマンは宣言通りにすぐに退散した。応接室に残ったジェスターはふうとため息をつく。
エリゼーヌが来たものと思っていただけに拍子抜けだ。ガーネットのペンダントを取りだしてぼんやりと眺めた。
政略結婚なら友人関係でも良好な方だ。アルマンのように仲のよい婚約関係は珍しい。まあ、もともと従兄弟同士で親戚だったのが婚姻を結ぶのだ。最初から良好な関係だったのだから、悪くなりようがないだろうが。
ジェスターはエリゼーヌだったら一緒にいて苦にならないし、彼女ならいいかな、と思ったのに、お断りされるとか。全くの予想外だ。エリゼーヌだって、一緒にいて楽しそうだったのに。
跡取り娘のエリゼーヌは次代が必要なのだから、どうせ婚姻は避けられない。僕にしておけばいいのに、とつい恨み言をぶつけたくなる。
ジェスターが無意識にペンダントを手の中で弄んでいたら、ノックがして護衛のノエルがひょこっと顔をだした。
「若様、シャルリエ家の馬車がお見えですよ。今、玄関ホールに・・・」
「すぐ行く」
ジェスターはペンダントをポケットにつっこんで勢いよく立ち上がった。
急いだジェスターが目にしたのは玄関ホールで挨拶を交わすアルマンとエリゼーヌだった。
帰りがけのアルマンがちょうど到着したエリゼーヌと鉢合わせしたようだ。
そう言えば、アルマンの婚約者とエリゼーヌは友人だったな、とジェスターが思い浮かべたところで、アルマンが手を伸ばしてえんじ色の髪に触れていた。頭を撫でられて赤くなってはにかんだ笑みを浮かべるエリゼーヌに一瞬で苛立ちが沸きあがる。
ジェスターは階下の見たくない光景に背を向けてすぐに応接室にとって返した。
「あちゃあ、お嬢様。それはないですよ」
ノエルが小声でぼそっと漏らして頭を抱え込む。鬱々とする主を励まそうとエリゼーヌの来訪を教えたのに、久しぶりに目にする光景が他の男と親しげに接する姿とか、恋する少年にはキツいだろう。
同じく、物陰から様子を窺っていた複数の使用人がため息をついたり、天を仰いだりとそれぞれの心境を表していた。同志たちと無言で共感の意を示した護衛はそっとその場から離れた。




