待ち侘びていたのに・・・
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今回から投稿時間が月曜日の18時と金曜日の18時になります。
「・・・明日、エリィが来るみたいだ」
ジェスターが子爵家からの急な手紙を目にしてそう呟いた。
ディオン宛だったが、今は長期の出張予定で留守にしている。彼宛の手紙は返事を要する物だと困るので中を改めるよう執事に指示がだされていた。子爵家からの手紙ならば、ジェスターが検分しても構わないだろうと中身を確認したところだ。
「全快なされたのでしょうか。よかったですね」
「領地に行くみたいだよ」
ケヴィンの返事に主は気のない様子だ。ケヴィンはひそかに首を傾げた。主はここしばらく様子が変だった。
エリゼーヌが風邪をひいて熱をだしたから、全快するまでは休ませると子爵家から連絡があったが、同様にジェスターも熱をだして寝込んでいた。彼の場合はどうやら知恵熱のようで、何をそんなに頭を悩ませる出来事があったのか、と若様付き一同は疑問に思ったものだ。
ジェスターからはエリゼーヌには絶対に知らせるな、と厳命をだされた。格好つけたいお年頃よねえ、などと若様付きの年嵩の侍女たちは微笑ましげに頷きあっていたのだが。
クロエからの報告でジェスターがペンダントを誕生日プレゼントだと打ち明けたらしい、とわかると、使用人一同は密かに祝杯をあげていた。
ジェスターは二日ほどで熱が下がり、エリゼーヌへの見舞いの品を選んでいた時に子爵家からの使いが来た。ディオン宛の小包だったが、ちょうどその日からディオンは出張だった。ケヴィンがその中身を改めると、薄い封筒と厳重に油紙に包まれたガーネットのペンダントが入っていた。
エリゼーヌは装飾品に不慣れでペンダントの鎖が絡まって解けないと困り顔でジェスターに持ってきたことがあったから、また何か不具合がでたのかと、若執事は主に封筒とペンダントを差しだした。
手紙に目を通したジェスターがいきなりぐしゃりと握り潰したから、何事かと問えば、ペンダントを預かるから、と素っ気ない返事があった。
思えば、その時から主の様子がおかしかった。
いつもならば、ジェスターは拗ねたり不機嫌になったりと感情をわかりやすく顔にだす。それが、静かに考え込んで気もそぞろな様子なのだ。読書中なのに手は止まったままで、頁がめくられていなかったりしていた。
今も手紙を冷静に、というか、冷めた目で見つめていて何だか肉食の令嬢方を相手にしていた時に似ていた。
「若様、いかがなされましたか? もしや、シャルリエ領で何かありましたか」
「さあ、知らない。領地に行く前に父様に挨拶したいとしか書かれてないから」
婚約者候補の自分に一言もないのが気に入らない、という様子ではなかった。興味なさげで見舞いを取りやめた時のようだ。
ペンダントを預かると宣言した主は見舞いで気を使わせたくない、と急に言いだしたのだ。それまでは、カードを前に何を書こうか悩んでいたり、花束なんて定番すぎるとか子爵家の侍女ではすぐに枯らせてしまうとか、色々と迷っていたのに。
「若様、ペンダントが送られてきてから、何かお悩みのご様子ですが? 私ではお役に立てませんか」
「・・・そうじゃなくて。ちょっと、考えたいことがあるから。助けが欲しかったら、すぐにケヴィンに話してる」
ジェスターはむすっとしながら応じた。久しぶりに感情がのった返事だ。
考えがまとまったら、きっと話していただけるのだろう、と専属執事は内心で頷いた。
主を気遣って問いただす真似はしなかったのだが、その判断が間違いだったと、ケヴィンは後で激しく後悔することになった。
ジェスターは一人になるとガーネットのペンダントをポケットから取りだして弄んだ。最近、考え事をする時の癖になってきている。
『申し訳ありません。お返しします』
シャルリエ家の家紋の透かし彫りの入った便箋にそう綴られていた。思わず握りつぶしてしまったが、後からよく見るとエリゼーヌの手蹟ではない。彼女の本意ではなく、侍女が勝手に送り返したのかと思ったが、さすがにアノ侍女でもそれはないだろう。
エリゼーヌが快復して侯爵家に通うようになればすぐにバレる事だ。勝手な真似どころではなく、侯爵家への無礼と受けとめられかねない。
しかも、シャルリエ家専用の便箋や封筒も勝手に扱っている。窃盗と訴えられても仕方のない行為だ。解雇されても退職金だってでないだろう。
いくら、躾のなってない侍女でもそこまでする理由がない。
となると、具合の悪いエリゼーヌが代筆させたと考えられるのだが・・・。
好意の贈り物だと伝えたペンダントをそうまでして返すなんて、これが返事か。ジェスターと友人関係を望んでいた少女だ。婚姻相手には考えられないのだろうか?
家格差を気にしているのは知っていたが、そんなのは最初から折り込み済みだ。だから、気にしないで、と言ったのに、彼女には伝わっていなかったのか。
しかし、家格差を気にするなら、こんな小包で返すなんて礼を欠く行為だ。直接、持参するべきだろう。ナディアの教育を受けた少女がとる行動だろうか? 覚えがよく、賢いお嬢様だと乳母は絶賛していたのに。
散々、悩んだジェスターはエリゼーヌが快復したら問いただせば済む話だと結論をだした。
だが、待ち侘びていたのに、ようやく届いた先触れはディオン宛だ。領地に行く前の挨拶とか、当主に話があるなら、やはりお断りの返事で本人に告げるのは遠慮されたのか。
シャルリエ領は馬車で一週間ほどかかるが、天候次第で更に旅程は伸びる。山間に近づくほど街道の整備は整っておらず、道が悪かった。
少女が領地に行って戻ってくる頃には候補期間の一年が終わる頃合いだ。婚約成立か否かの判断を下さなければならない。
一緒に見ようと約束していた菫の花が咲いているはずだった。
思考に沈むジェスターは何かひんやりとしたモノが心に忍び込んで侵食されていく気がしていた。
ぎゅっとペンダントを握りしめるが、しばらく彼の手元にあるペンダントからは何も感じられない。
魔力を動力にする護身具は魔力を纏いやすい。身につけているうちに持ち主の魔力が宿るものだが、僅かでも感じられていた少女の魔力はもう消えてしまった。
ジェスターの苛立ちは募るばかりだった。




