茶番は終わりです
「どういう事だ?」
「えっ? 何が起こったの?」
周囲の生徒が騒めきだす中、最早、淑女の仮面を脱ぎ捨てたフェリシーにジルベールらは引き気味だ。突然、名指しされたエリゼーヌもいきなりの展開に驚きのあまり声も出ない。
フェリシーから睨みつけられる彼女の前にジェスターがすっと移動した。
「怪我させたとか不穏なんだけど? 一体、何を言いたいの?」
「その女、いえ、その人が階段ですれ違った時に、わたし、階段から落ちたの。研修の前の事よ。ジル様もレナルド様も覚えてるでしょ?」
「もちろん、覚えているが」
「・・・大事にしないでと君は言ってたね」
二人の同意を得てフェリシーが大きく頷く。
「そうなの。突き飛ばされたとは言わないわ。多分、肘でもぶつかったのだと思うけど、わたしが足を踏み外して落ちたのを、その人、黙って見てたのよ。ひどいと思わない?
その時のショックで、わたし、術が上手く扱えなくなってしまったの。でも、ワザとじゃなかったのよね、きっと。口外したら気の毒だと思って今まで黙っていたの。だけど、もう我慢できないわ!
わたし、悪くないのに! なんでわたしだけ責められるの? その人だって、黙ってるじゃない! 狡いわよ、不公平だわ。わたしが庇ってあげたから、その人は罪に問われないのに。
聖女候補に怪我させて力を失わせたなんて言われたら可哀想でしょ。だから、同情してあげたのに!」
フェリシーは怒涛の勢いで一気に捲したてた。
目を釣り上げて喚きたてる様はまるで別人のようだった。これまでフェリシーが築きあげてきた『聖女候補』の姿が音高く崩れていく。
ジルベールとレナルドは顔を見合わせた。
確かに研修前にフェリシーの言う通り階段からの転落事件が起こった。
フェリシーが見知らぬ女生徒とすれ違った後に落ちたと言うのをジルベールらはこれも嫌がらせではないかと心配した。
――その女生徒に突き落とされたのではないか、と。
階段からの突き落としなんて立派な傷害罪だ。幸いにもフェリシーは足首を捻挫したくらいの軽症で済んだが、打ち所が悪ければ重症にだってなりえた。
殺気だつ彼らにフェリシーは『ぶつかったのかもしれない。でも、落ちたショックでよく覚えていない』と主張してはっきりとした事は言わなかった。ただの憶測では犯人探しなどできない。身辺警護に気をつけるしかなく、その件のせいでジルベールらの聖女候補への過保護は過大し、聖女様へお仕えしてお守りするのだと誓いをたてることになった。
それが、延いては今日の婚約破棄にまで繋がったのだが――
頭部の怪我やトラウマなど精神的ダメージで術の制御が難しくなり、力が使えなくなることには前例がある。フェリシーの主張通り、階段から落ちて怪我を負ったショックでと言うのはあり得る話なのだが、突然の告発が不自然だ。
これまでの聖女候補の振る舞いとは雲泥の差がある今の姿にも違和感しかない。フェリシーは具体的に誰かを名指しで批難した事はないのだ。
いつも、困ったように笑うだけで周りに流されている印象だった。それが突然怒涛の糾弾だ。
ジルベールとレナルドはアイコンタクトでお互いの考えを読み取った。
ジェスターの話を聞く前なら、フェリシーの話を鵜呑みにしてエリゼーヌを糾弾したところだ。だが、これが素と思われるフェリシーの本性が顕になり、躊躇いが生じた。
ーーこれまでのように、フェリシーを庇いだてしていいものか?
王族として、大貴族としての危機察知能力がここにきて正常に働きだしていた。
「その、シャルリエ嬢。フェリシーの言う事は本当か?」
「わたくしはぶつかってはいません」
「えーと、それでは黙って見ていた、と言うのは? デビュタントで一緒だったのですから、さすがに見て見ぬ振りは少々薄情では?」
ジルベールもレナルドも一応は事実確認と、今までとは打って変わって弱腰の質問だ。エリゼーヌは困った顔をして婚約者を見やった。
「そうだね、デビュタントで一緒だったんだ。エリゼーヌが子爵令嬢だってわかってるよね、バランド男爵令嬢? なのに、その人呼ばわり? 無礼にもほどがある。おまけに、上から目線で君って一体何サマなのかな」
ジェスターが腕組みをして冷気を漂わせていた。鳶色の瞳はこれ以上ないくらい剣呑に細められている。
「な、何よ! わたしのこと、見捨てた人をどう呼ぼうと構わないじゃない」
――震え声でも気丈に言い返したフェリシーは称賛に値するかもしれない、ある意味ではあるが。
シリルが内心でフェリシーの根性に感心していると、ふっと皮肉げな笑い声がした。
「へえ、見捨てたねえ。そうされても仕方のない状況だったけど?」
「ジェスター、どういう意味ですか?」
ジェスターは尋ねたレナルドを見やりながら、「んっ」と婚約者へ手を差し伸べた。彼の手に重ねられた手を引き、エリゼーヌの腕から華奢な銀の腕輪を抜き取る。
小さなオニキスが等間隔で嵌め込まれている細い腕輪には表だけでなく、裏面にも精緻で複雑な紋様が彫り込まれている。見る目のある者には全て魔法文字だと察せられた。
「これは・・・、護身具、ですか? 見た事のない物ですが」
「うん。僕が作ったアミュレット。持ち主への攻撃に反撃するお守り。物理攻撃だけでなく、害意にも反応するから、危害が加えられる前に相手を排除する優れ物。
見た目は装飾品にしか見えないから、敵の目も欺ける自慢の一品だね」
「はっ? ちょっ、ちょっと待ってください。そんな高性能の護身具なんて、王族だって持ってませんよ?」
レナルドの言葉にジルベールも大きく頷く。
「うん、だから、作ったんだってば。古代魔法の古い文献で便利な物があったから参考にして、少しばかり使い勝手をよくしてみた」
あっけらかんと指に腕輪を引っ掛けてくるくると回すジェスター。
周囲は唖然として貴族らしくなく口を開けたまま呆ける者多数だ。
ジェスターは魔術を発動させる実戦より魔術理論を研究する方を好む頭脳派だ。だが、まさか古代魔法の復元・改良まで手掛けているとは驚くしかない。
古代魔法は学院での履修科目ではなく、魔術師団の研究部門で扱うような高度な専門分野だ。
「まあ、まだまだ試作段階だけどね。改良の余地はあるし。で、これにはある機能をつけてあるのだけど・・・」
ジェスターは腕輪のオニキスに指先を翳して魔力を流した。光が明滅して何らかの魔術が発動する。
『^%$、#%%@&? %$#/ブランディーヌ・クレージュ|“:”^&? >?<\=ー・・・』
フェリシーの怒鳴り声というのはわかるが、内容は不明である。罵声のような荒々しい音の連なりが聴こえてくるだけだ。その後にガタタタッという物音と短い悲鳴があがって光は収まり、アミュレットは沈黙した。
「どこの言葉だ? 外国語にしては耳慣れないけど」
「え、呪文じゃないの?」
「なんだか人の名前が・・・。『ブランディーヌ・クレージュ』って聞こえて?」
「ええ、聞こえたわ。去年、病没された侯爵令嬢じゃなかったかしら?」
騒めく生徒たちが唯一聞き取れた言葉に反応を示した。
ブランディーヌ・クレージュは病弱で幼少期から隣国で静養していた侯爵令嬢だ。去年、ようやく病状が落ち着いたと帰国し、学院に入学予定だったが、容体が急変してすぐに療養生活に逆戻りだ。一ヵ月後には悪化して亡くなっており、名前だけは聞いた事のある生徒が大半だ。
「アミュレットが反応した状況を音声記録する機能だ。この言葉?というか、呪文みたいな音が聞こえた直後にバランド嬢はアミュレットに弾かれて落ちたんだ。詳細は省くけど、故ブランディーヌ・クレージュ侯爵令嬢と我が家・ルクレール家とシャルリエ家は関わってはいけないことになっている。
クレージュ侯爵令嬢の関係者らしいバランド嬢にエリゼーヌが近づくワケない。よって、『黙って見ていた』のは不可抗力。エリゼーヌに非はない」
「護身具が反応してますからねえ。害意を感知してですよね? 正当防衛でしょ。どう聞いても友好な雰囲気には思えないですし」
シリルが前髪と眼鏡の武装を着用して会話に加わってきた。
「友好どころじゃないよ。耳にした事のない言語?だから、魔術師団では話題になって研究した結果、呪詛らしき反応があった。聖女候補から外された理由の一番はこれだ。
ねえ、君、これでもまだエリゼーヌのせいだって言うの? 第一、君の力が上手く使えないって元からだよね。ずっと、魔力が安定してないって言ってたんだ。今更、怪我したせいとか言い出されても信憑性に欠ける。
その怪我だって、エリゼーヌを呪詛した君の自業自得でしょ?」
「や、だ、だって・・・。わ、わたしは・・・、そんな・・・呪ってなんか」
しどろもどろのフェリシーにジェスターは容赦なく続ける。
「無意識下の行動らしいね。意図して呪ってたら、今頃ここにいられるワケない。とっくに神殿で隔離されてるよ。救いの象徴・奇跡の権化である聖女様の候補が呪詛なんて、とんだ醜聞だ。
それでも、君は限定的でも貴重な治癒術の使い手だから、しばらくは様子見するつもりだったようだけど・・・」
ジェスターの鳶色の瞳の先には扉から離れて近寄ってきた警護の騎士たちだ。
「フェリシー・バランド男爵令嬢。神殿からのお迎えが来ております。ご案内致しますのでご同行願います」
「い、いやよ! なんで、わたしが」
要請なのは型式だけだ。フェリシーは有無を言わせずに腕を取られて連行されていく。すぐに抗議の声が聞こえなくなったのは消音の魔術を行使されたようだ。
もう一人の騎士が恭しくジルベールの前に跪いた。
「ジルベール殿下、セドラン侯爵令息並びにクラルティ伯爵令息、ご歓談中失礼致します。少々、込み入った事情がございまして、事実確認のためにお時間を割いていただきたいのですが」
「・・・わかった。お役目ご苦労」
事情聴取なのは明白だったが、フェリシーの醜態を教訓にしてジルベールらは大人しく騎士に付き従った。
騒動の元が去ってから、ホールには再び楽の音が戻ったが、もうダンスを楽しむ余裕などない。騒めく生徒たちの中、シリルを始めとする壮行会開催メンバーは見回りながらあちらこちらでご機嫌とりや御用聞きだ。
王族の婚約破棄から始まり、聖女候補格下げに呪詛騒ぎなど外部に漏れると混乱は確実な情報満載で、さすがに学院も教師不干渉ではいられない。なんらかの見解を示す対策会議の間は生徒を留めておくよう、シリルらに依頼がきた。
学院の予算から新たに軽食や飲み物を給仕つきでホールに手配し、歓談の体裁をとりつつの軟禁状態だ。数人だが、隣国からの留学生もいるので、情報統制は必須だった。皆、和やかに雑談を装いながら、今後の情勢について活発に意見交換中である。
――やれやれ、裏ボス初の仕事がこれって難易度高過ぎでしょー。
シリルは美形発覚で男女問わず送られてくる秋波を無難にかわしつつ、内心でため息をつく。
とりあえず、問題はないかとホールをぐるっと見渡すと、渦中の面々だった令嬢たちは朗らかに談笑中だった。
漏れ聴こえてきたのは、レティシアは婚約破棄を仕方がないと受け入れ、メリザンドに至ってはせいせいしたと公言して満面の笑みだ。婚約者を貶めつつも心配顔のヴィオレットからは『父がシメる』とか『姉が調き・・・、いえ教育的指導を』とか『義兄が新薬の人体じっ・・・、ではなく協力者に』などと、なんだか物騒な話題が流れてきて・・・。
――うん、見なかったことにしておこう、とシリルは全力で自己保身に走った。
ブロンデル家の末っ子が家族に可愛がられているのは周知の事実だ。婚約破棄は免れたが、まだまだ前途多難なアルマンには心からの冥福を祈っておく。
勢いよく回れ右したシリルは壁際のソファーで休憩中のジェスターを見かけた。お役御免になったジェスターはようやく表舞台から引退だと嬉々として引きこもるつもりのようだ。
彼は婚約者と同席していて、エリゼーヌの手をとりアミュレットに掌をかざしている。一つ一つの石に魔力を注いでいるらしい。
王族の持ち物でもおかしくないほど高性能なアミュレットの動力を維持するのは子爵令嬢の魔力では無理だ。ジェスターが代わりに魔力充填しているのだろうが、とても丁寧で慎重な仕草だ。全てに注力終わると、アミュレット全体が一際強く輝く。
エリゼーヌがそっとアミュレットに触れて、ふわっと花が綻ぶように微笑んだ。それを見守る鳶色の瞳はどこか得意げで、お気に入りの玩具を自慢する幼な子のような無邪気さが見受けられる。
シリルは前裏ボスの意外な姿に軽く目を見張った。
世間では父親の決めた政略結婚で、本人の意思などないとの噂だった。しかし、自作のアミュレットを身につけさせているのだ。試作品と言っていたが、きっと彼女のためにわざわざ用意した物なのだろう。家格ゆえに絡まれやすい婚約者を気遣っての自衛手段なのだと想像がつく。事実、子爵令嬢の彼女はこの断罪劇でレナルドやフェリシーにいいように貶められるところだった。
婚約者と内緒話をするように顔を寄せるジェスターから、ふっと流し目を食らってシリルは慌てて視線を逸らした。どうやら、注視していたことに気づかれていたようだが、ホント隙のない相手だ。
歴代裏ボスの中でも特に有能だったジェスターに恨まれたくはない。
――明日の卒業式が予定通り行われるか否か。
対策会議の結果次第だが、何はともあれ、今後これ以上の騒動が起きることはないはず――、とシリルは平穏無事を願ってホール全体を見渡すのだった。
断罪劇後の話も続きます。次はフェリシー視点のお話です。




