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婚約破棄と解消と保留、そしてする予定はありませんけど?  作者: みのみさ
第二部 婚約するのも大変です

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何もかも思い通りにならなくてイライラする

 マドレーヌに呼びだされた侍女は目の前に並べられた装飾品のケースに陶然と魅入った。

 伯爵令嬢時代の持ち物で、大粒のサファイアのネックレスにイヤリング、髪飾りの3点セットだ。

「貴方はいつもよく支えてくれているから、何かお礼をしたいと思っていたのよ」

 マドレーヌは紅茶のカップを手に優美な微笑みを浮かべた。

 侍女たちの中でこの娘が一番強欲で、特に宝飾品に目がないのは承知している。エリゼーヌの宝石箱からガーネットを持ちだして報告してきたのはこの娘だ。彼女が勝手に娘の宝石箱を漁った事は盗んだわけでもないし、と不問にしていた。


「これはわたくしの16歳の誕生日プレゼントなの。とても素敵でしょう? これを下賜するには特別な働きが必要だと思わなくて。ねえ、わかるでしょう? 貴方も他の者たちに変に妬まれたくはないわよね?」

「え、ええ、まあ」

「だからね、貴方を見込んでお願いがあるのよ。明日、エリゼーヌに付き添って必ずあの子をケロール修道院まで送り届けてちょうだい。途中で逃げだしたりしないように見張って欲しいの。

 あの子ったら、すっかり侯爵家で甘やかされて傲慢になってしまったのだもの。子爵家の恥でしかないわ。今のうちに矯正しないと、将来大変なことになってしまうのよ」

「・・・あの、旦那様には?」

「大丈夫よ。わたくしの言うことは何でもきいてくださる素敵な旦那様ですもの。心配いらないわ。貴方が咎められる事はないから」

 不安そうに思慮する侍女は最後にはマドレーヌに言いくるめられて、跡取り娘の監視役を引き受けた。戻ってきたら、サファイアの3点セットが手に入るとすっかり欲に目が眩んでいる。


「お馬鹿な娘だこと。たかが平民ごときが思いあがって。わたくしの為に誂えたこの宝石が似合うワケないでしょうに」

 誰もいなくなった部屋でマドレーヌが忌々しげに溢した。

 装飾品をあげるなどと明言してはいない。ただ、仄めかしただけだ。あの娘はすっかり貰えるモノと思い込んでいたが、誰が譲ったりするものか。

 装飾品のケースを鍵付きの引き出しにしまってマドレーヌは深々と息を吐きだした。

 なんだか、どっと疲れがでたようで気怠く、体調はあまりよくなかった。イヴォンはこのところ忙しく、地方都市へ出向いていて一週間ほど留守だった。彼に思いの丈をぶち撒けられないので相当ストレスが溜まっていた。


 ああ、もう何もかもあのワガママ娘のせいだ、とマドレーヌの心に憎々しげな感情が湧きあがってくる。


 そもそも、マドレーヌは子供を産むつもりはなかった。身体が弱くて無理だろうと、子供の頃から言われていたのだ。

 家の存続は貴族の義務だ。跡取りを望めない貴族女性は婚姻相手の選択肢から除外される。だから、マドレーヌは金の髪に青い瞳の儚げな美女でモテていたのに婚姻の申し込みは全くなかった。

 ずっと、領地で兄に養われて引きこもって生きていくのだと思っていた。

 それが学院に入ってイヴォンと出会って、マドレーヌの運命は一変した。初めて望んでくれる相手が現れたのだ。彼を逃したら、きっともう申し込みなどこないとマドレーヌは家族を泣き落としで説得して婚姻を成立させた。


 イヴォンは子供ができなければ養子をとればいい、と言ってくれたのに、義父が横暴な事を言いだすからーー


 エリゼーヌ(あの子)は生まれる前から気に入らなかった。

 お腹ばかりぽってりと膨れていき、みっともない姿になってお腹はよく蹴られるしで寝ている間も落ちつかなかった。乳母は初産にしては母子共に順調で安産だと言っていたが、マドレーヌにはとてもそうは思えなかった。ただ、イヴォンが子供ができてとても嬉しそうだから、彼に合わせていただけだ。

 よく蹴る子だから、きっと男の子だろうと期待していたのに、娘は生まれた時からマドレーヌの思い通りにはならずにイライラとさせられてばかりだ。

 女の子だったのに義父は跡取りと認めると言いだすし、イヴォンも無事に生まれてよかったと相好を崩していた。

 乳母に娘の養育を任せてマドレーヌは跡取りを産む義務を果たしたと思っていたら、気づかぬうちに第二子を身籠もっていた。体調の悪い日が続くとイライラしていたら、貧血を起こして倒れた。気付いたらもう流産しており子供は望めぬと言われたが、全く実感はなく呆然とするしかなかった。


 本当に何もかも思い通りにいかずに、苛立ちは募るばかりだ。


 エリゼーヌ(あの子)の容姿だって気に入らなかった。義父譲りの暗めの赤毛以外は義母に似ている愛らしい顔立ちで、マドレーヌ(ミルボー家)の要素は継いでいないのだ。

 ミルボー家は王位を継ぐ前のフォートリエ家と縁があった由緒正しい家柄なのに。

 さすがに150年以上前の事で家系図を遡らなければ誰も覚えてもいない昔の話だ。現代では不敬罪に咎められるので決して口にはできないが、王家と同じ金髪碧眼なのが、密かにマドレーヌの自慢だった。

 甥のユベールが幼い頃に遊びに来て、こっそりと内緒の話よ、と教えてあげたら物凄く感激していて、とても可愛らしかった。甥はミルボー家の出自を思い起こさせる容姿、金髪碧眼で兄よりもマドレーヌに似ていた。ユベールが息子だったらどんなによかった事かと思ったものだ。

 その可愛い甥が姉の婚姻でミルボー家の跡取りから外れると知った時には天命だと思った。ユベールを義息子に迎えれば、婿取りを望む義父だって文句はないはずだ。

 道を外れた完璧な幸せに戻せると思ったのに、エリゼーヌ(あの子)ときたらーー


「伯爵令嬢のわたくしだって、望まれなかったのよ。子爵令嬢ごときが侯爵家にだなんて、とんでもない。烏滸がましいわ、図々しいったら。身の程を知るべきよ」

 そう呟いたマドレーヌは己の行動が身の程を弁えない娘のためなのだと信じてやまなかった。

マドレーヌの回なので、タイトルに丁寧語は合わないな、とこれまでの趣向から外しました。統一感だしたかったのですが、気分的にイマイチだったので。今後もこのパターンが増えそうです。


次回から投稿日時が変わります。毎週月曜日の18時と毎週金曜日の18時、週2回投稿になります。

ストックたまってきたので、しばらくは週2回にしようと思います。よろしくお願いします。


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