まだ諦めたくはないのです
今回は短めです。
老執事は侍女からエリゼーヌが夕食をとらないどころか、何を話しかけても無反応で様子がおかしいと報告を受けて少女の部屋を訪れた。
暖炉には十分に火が入り、ぱちぱちと勢いよく薪が燃えている。部屋は暖かくしてあるが、寝台に腰を下ろしたエリゼーヌは小刻みに震えていた。ぎゅうっと祖父からの宝石箱を抱きしめて灰色の瞳は曇ってどんよりと虚空を見つめている。
老執事は椅子にかけてあったショールを手に取ってそっと少女の身体に掛けた。
「お嬢様、身体を冷やされたらまたお風邪を召しますよ。暖かくなさいませんと」
「・・・痛むの?」
「はい? 何がでしょう?」
「・・・怪我。痛い?」
おずおずとエリゼーヌが口を開き、老執事はほっとした。マドレーヌの部屋から追いだされてから少女はずっと無言で俯いていた。ショックを受けているのだろうと、後で様子を見るつもりだったが、少女を気遣う侍女などこの子爵家にはいなかった。皆、マドレーヌの寵を得ようと彼女のご機嫌とりばかりだ。
老執事はもっと少女に気を配るべきだと後悔していたが、高齢なのに人手不足で専門外の仕事まで抱え込んでいるので、エリゼーヌの世話までは手が回らなかったのだ。
不躾とはわかっていたが、老執事は幼い頃のように少女の頭を撫でた。
「ご心配をおかけして申し訳ありません。角が当たってしまっただけでそんなに痛みはありません。大丈夫ですよ」
額の怪我にはガーゼをあててあるが、薄い前髪をおろしてなんとか目立たないように隠してある。近距離でなければ気づかない程度だ。
エリゼーヌはこくりと頷いた。謝るのではなく、助けてもらった礼を言うべきなのに、口を開くと泣いてしまいそうでできない。
老執事は内緒話のように声をひそめた。
「お嬢様、明日には出発していただきますが、行き先はシャルリエ家の領地です。おじい様の所へおいでください」
「・・・え?」
てっきり修道院に送り込まれると思っていた少女は目を瞬かせた。母の言うことに逆らう者がこの家にいるとは思わなかった。
「旦那様には邸内の事を頼むと命じられておりますが、何もかも奥様の言いなりになる事ではございません。
これまで、侍女たちにお嬢様を任せておき、誠に申し訳ない事をしたと後悔しております。旦那様が戻られたら、私から事の次第を報告しますので、お嬢様は領地のおじい様のもとで心穏やかにお過ごしください」
「・・・いいの? お母様に逆らうとクビにされるって」
「私の雇い主は大旦那様でございます。旦那様を補佐するように言いつかっておりました。奥様には気の済むようにさせるよう申し付けられましたが、もはや気鬱の病で仕方ないなどとは思えません。
奥様は子爵夫人ではなく、未だ伯爵令嬢のおつもりでいらっしゃる」
老執事は皮肉げに口角をあげると用意してきたワゴンから温かいお茶を淹れて少女に差しだした。
「王都を出る前に馬車を侯爵家へ向かわせます。これまで、お世話になって何も挨拶もしないのは失礼でしょう。先触れは先程だしましたので、侯爵様に今回の件をお話ししましょう。侯爵様からお口添えいただいたら、旦那様もさすがに目を覚ましていただけるかと・・・。
ペンダントは奥様が独断で返されてしまったのです。お嬢様に非はありません。そもそも、主の宝石箱を勝手に開けて中身を持ちだす侍女など、言語道断。手癖が悪い使用人がクビになるべきです」
「明日、侯爵家に行けるの?」
エリゼーヌの目に光が戻ってきた。これまで、断たれた付き合いのようにジェスターとも終わってしまうのだ、と落ち込んでいた気分が浮上してくる。
「はい、恐縮でございますが、私めがお手紙を書きまして侯爵様へご報告させていただきます」
「ううん。わたしからおじ様にお話しするわ。だから、お父様には貴方からお願いするわね」
エリゼーヌはイヴォンが妻より娘を優先するとは思えなかったから、ズルいとは思ったが老執事にお任せする事にした。自分から父へ告げて母の肩をもたれたら、さすがに凹むどころではない。
老執事は小さな主の表情が和んだのに安心してテーブルの上の手付かずの夕食に目をやった。
「夕食を温めてお持ちします。あまり食欲がないのなら、スープや軽食はいかがでしょうか。何もお食べにならないと、コックが心配しておりますよ」
執事もコックも先代・エリゼーヌの祖父の代から仕えてくれていた。二人とも高齢でそろそろ引退の歳なのだが、妻の言いなりのイヴォンとエリゼーヌを心配して現役でいた。ただ、仕事量の多さと煩雑さにおわれてマドレーヌの独断を黙認する形になっていたのだ。
「あのね、・・・スープが欲しいの。あとね、できたら、サンドイッチが食べたいの」
エリゼーヌが小さな声で細やかな要望を述べて、老執事は快く了承して侍女の代わりに少女の面倒をみてくれた。
タイトルに悩みました。他に思いついたら、変更するかもしれません。




