誕生日プレゼントに頂いたのです
熱が下がってもエリゼーヌは療養を言いつけられていた。ぶり返したら大変だと言うのだが、熱が下がってもう五日も経つし、侯爵家には一週間どころか十日も通っていなかった。
エリゼーヌはだされていた課題も全て終えて手持ち無沙汰だった。刺繍は生憎と糸を切らしているし、読書は風邪の原因の夜更かしの元だとバレて本を取りあげられてしまった。
侍女はまた少女を放置し始めたので、エリゼーヌは頃合いを見計らって鏡台の引きだしにしまっていた宝石箱を取りだした。10歳の誕生日プレゼントに祖父がくれたものだ。エリゼーヌの好きな菫の花が全面に彫金されている精緻な造りだ。
鍵付きだから大切な物をしまうのに使いなさい、と言われた。
婚約者が出来れば装飾品をもらう事もあるから、その保管に使うようにと気遣ってくれたのだ。
エリゼーヌは今年11歳の誕生日プレゼントで祖母の物だったブローチをもらったから入れておいた。ジェスターがくれたペンダントよりも赤みの強いガーネットのブローチだ。少々色合いが異なるが、ジェスターのペンダントと同じガーネットの装飾品なのが何だか嬉しかった。
エリゼーヌはいそいそと絹布を取りだした。宝石の手入れなど令嬢のやる事ではなかったが、侍女には触れて欲しくないとなれば自分でやるしかない。
侍女に見つかって母に知らされると面倒な事になる予感しかないから、エリゼーヌは慎重に廊下の気配を探った。寝台に宝石箱を持ち込んで見つかりそうになったら、寝具につっこんで隠すつもりだ。
鍵を差し込んで開けようとしたのに、鍵は開かなかった。逆に鍵が掛かってしまって少女は首を傾げた。もしかして、鍵をかけ忘れたのかと慌てて中身を確認するとブローチはちゃんとあった。ほっとしたのも束の間、一緒にしまっていたペンダントは宝石箱のどこにもない。
さあっと青ざめてエリゼーヌは鏡台に駆け寄った。もしかして、しまい忘れて引きだしのどこかに引っかかっているのかもしれない、と中身を全部だしたがペンダントは見つからない。他の段も全て開けて中を確かめた少女は泣きたくなった。どこにもペンダントはないのだ。
「そんな、どうして・・・」
エリゼーヌが呆然と床に座り込んでいると、侍女が物音を聞きつけたのか部屋に入ってきた。
「お嬢様、何だかガタゴトうるさいのですが・・・って、何やってるんですか」
「何って・・・、この中に入れておいたペンダントがないの・・・」
「ああ、あのガーネットのですか」
「え! 知ってるの」
しょぼくれていたエリゼーヌが勢いよく立ちあがると、侍女は蔑んだように見下ろしてきた。
「見覚えのない物だったから奥様にお見せしましたよ。お嬢様、いくら侯爵家で可愛がられてるからって持ってきちゃダメでしょう」
「え?」
「子供のした事だって言ってもねえ、奥様もお困りでしたよ。手癖の悪い娘なんて、婿取りでも相手が見つからないって」
「な、何を言っているの⁉︎」
エリゼーヌは仰天して叫んだ。まさか盗んだなんて思われるとは心外どころではない。
「誕生日プレゼントに頂いた物なのよ! 勝手に持ちだしたのは貴方じゃない」
「そんなの、あたしの知った事じゃないですよ」
侍女は鼻で笑って主の主張を退けた。
「返してちょうだい。わたしの物だわ」
「奥様にお渡ししましたから。奥様がお持ちですよ」
エリゼーヌは急いで母の元へ向かった。これまでの苦い思い出が脳裏を掠め、どくりと心臓が嫌な音をたてる。
隣の領地の男爵令嬢と仲が良くなり、クズ石だけど、とお揃いのルビーのブレスレットをもらった。お友達の証だと贈ってくれたのに、母はこんなクズ石なんてみっともないと送り返してしまった。
クズ石と言っても、肉眼では見つからない程度の傷がついているだけで、一見ではそうとはわからなかった。子供のおままごとで使えるようにと用意された物で、目くじらをたてるほどではなかったのに。
男爵家から子爵令嬢に申し訳ない物を贈ったと謝罪されて付き合いは断たれた。
隣国から薬草を求めてきた伯爵と一緒に来た令息と仲が良くなり、手紙を交わす約束をしたが果たされなかった。令息が送った手紙もエリゼーヌがだした手紙も母に握り潰された。伯爵令息と文通なんてはしたない、と母は激怒したが、祖父は文通相手でも友達ができてよかったなと喜んでくれたのに。
祖母の友人の子爵夫人がエリゼーヌをお茶会に招待してくれた。マドレーヌが社交界に出ないせいで交流のない少女を気遣ってくれたのだ。
同格の子爵家ばかりの気楽なお茶会で友達ができたのに、貧血を起こして倒れた年上の令嬢に巻き込まれてエリゼーヌも転んでしまっただけで母は付き合いを禁止した。マナーがなってない、家の恥になると、それ以降の招待を勝手に断ったのだ。
エリゼーヌは走りそうになるのを堪えて母の部屋にたどり着いた。母の元へ自ら赴くのは5歳の頃以来だ。あの時、母が男の子を欲しがっていてエリゼーヌはいらない子なんだ、と従兄弟に言われて、少女は母に尋ねに行ったのだ。
そんな事はないわ、ときっと言ってくれると幼い少女は信じてーー
だが、その願いは叶わなかった。マドレーヌは心底不思議そうな顔をして言ったのだ。
「そうね、どうして貴方は女の子なのかしら。貴方が男の子だったら、わたくしの幸せは完璧だったのに。ねえ、貴方もそう思わないの、エリゼーヌ?」
ガンと頭を殴られたような気がしたが、涙なんてでなかった。
ーーなんだ、そうか。・・・お母様は男の子じゃないから、わたしが嫌いなんだ。
そう納得して、乳母の目を盗んで部屋を抜けだした少女は見つかる前に戻った。
だから、誰も知らない話だ。ただ、ディオンには尋ねられたから思わず漏らしてしまった。一人で抱え込むには重苦しくて、どうすればいいのかわからなかったのだ。
「わたしはいらない子なんだって。お母様はどうして男の子じゃないのか不思議がってた。わたしが女の子だから、お母様を不幸にしているの」
「そんな事はないよ。君はちゃんと望まれた子なんだ。少なくとも、私は君と出会えて嬉しいよ。君が生まれてきてくれてよかったと感謝している」
そう言ってディオンは頭を撫でてくれたから、エリゼーヌは彼にしがみついて大泣きした。
本当は納得なんてしていなかった。どうしていいのかわからなくて納得したフリをするしかなかっただけだ。気持ちのやり場がなくて、鬱々としていた少女に気づいたディオンは身内以外で初めてエリゼーヌを気遣ってくれた人だった。
そのディオンが言ってくれたのだ。幸せになることを諦めなくていいのだ、と。
ーーだから、大丈夫、大丈夫。
ペンダントは必ず取り戻す。もう二度と母の横暴さには負けない。
34話「覚悟を決めました」に、いいね評価がありました。ありがとうございます。
通知はなかったので気づくの遅くなりました。自分で小説情報見に行かないとみたいですね。いいねしてもらって嬉しいです。面白いと思われましたら押していただけると光栄です。




