覚悟を決めました
本編に戻ります。
ジェスターがブローチの反応から目指したのは懐かしい場所だった。
幼い頃に拗ねると、クマクマを抱えたまま蹲った温室の一角だ。周りを背の低い常緑樹に囲まれて、ぽかりと穴が空いている空間は隠れ場所には最適だった。座り込めば緑が匿ってくれるのだ。
しゃがみ込んで木の枝をかき分けて進めばお目当ての人物は呑気に眠りこけていた。
エリゼーヌは敷物を用意してもらったらしく、その上に寝転んで丸くなり猫のようだ。
「まいったな」
ジェスターは片膝をついて少女の寝顔を覗き込んだ。
クロエに勧められた恋愛小説にハマった少女は友人と貸し借りするようになった。最近では、自家で放置気味なのをいいことに夜更かしして読んでいた。時折、眠そうに欠伸を堪えていて、ナディアにやんわりと指導された姿を見かけている。
気持ちよさそうに熟睡しているのを起こすのは忍びないが、いつになったら起きるんだろう、と困惑してジェスターは敷物の端に腰を下ろした。
エリゼーヌに贈ったペンダントの効果を試すために時折こうして隠れた少女を探す実験を行っていた。隠れんぼですね、と使用人たちからは微笑ましく見守られているが、少年少女にとっては大真面目に実験だ。
いつもはクロエが付き添っているのだが、二人の人間が隠れる場所となるとそれなりの広さがある場所で限られてくる。きっと見つかりにくい場所にしようとクロエと別行動をとったのだろうが、この場所を知っているのはジェスターと若執事、それに庭師のじいだけだ。どちらかの入れ知恵に違いないが、幼い頃の逸話もバラされた気がする。思わず、舌打ちしたくなるジェスターだ。
すうすうと寝息をたてる少女は大切そうにガーネットのペンダントを両手で握りしめている。
隠れる前にジェスターが念の為に点検すると言ったら疑いもせずに渡してきたが、この居場所特定の術にはカラクリがあった。大まかな居場所がわかるだけで、隠れ場所とか細かい所までは探れないのだ。単に、作動前にジェスターがペンダントに触れて魔力を纏わせているから、魔力を辿って正確な居所を探り当てているのだった。
素直な少女はそんな裏のカラクリにはさっぱり気づかずに、毎回実験の前に点検だと信じて手渡し、見事に探り当てられては凄く性能の良い繊細な術だと感心していた。護身具は製作者の魔力に馴染みやすく、エリゼーヌの魔力では感知できないのだ。
少々ズルい気がしなくもないが、少女に尊敬されるのは悪い気分ではない。
ジェスターは若草色のリボンで結ばれたえんじ色の頭をそっと撫でた。このリボンは祭で買った物ではなかった。
植木鉢に巻いたリボンは装飾だと思われて鉢につけたままだったので、割れた鉢の欠片と一緒に処分されてしまった。ジェスターはがっくりと肩を落としたが、エリゼーヌだってしょんぼりとしていた。リボンが巻かれたお洒落な鉢だと少女だって気に入っていたのだ。
ジェスターはしばし悩みはしたが、新年の挨拶で改めて若草色のリボンを贈った。
ウェルボーン王国では親しい者には新年の挨拶でちょっとした贈り物をする習慣がある。大概は消え物のお菓子や花束が一般的だ。小物を贈るのは恋人同士や夫婦などパートナー関係が多い。
エリゼーヌはいつも祖父からはお菓子をもらい、友人のヴィオレットとはお互いに刺繍したハンカチを交換するのだと言っていた。
友人に劣るのはなんだか癪だったから、ジェスターは最高級のシルクのリボンを贈った。きょとんとしたエリゼーヌだが、リボンを目にすると喜んでくれた。それ以来、少女のえんじ色の髪を飾るのは真珠の髪飾りよりも若草色のリボンの方が多くなった。
エリゼーヌはリボンのお礼だとイニシャルの刺繍をしたハンカチを贈ってくれたから、初めてジェスターは断らずに受け取っていた。
不意に少女がもぞりと身動きして、ジェスターは慌てて手を引っ込めた。
撫で方が強かったのかと覗き込めば、エリゼーヌは包まっているショールにますます縮こまる。使用人一同からの誕生日プレゼントのショールは厚手の毛織物で暖かそうなのだが、いくら温室でも風邪をひく前に起こした方がよさそうだった。
真冬の底冷えを超えて日々暖かくなってきているとはいえ、春はまだ先だ。
「・・・ん、・・・かわい。・・・じぇ、す」
「はっ?」
少女がふにゃりと笑み崩れたかと思うと、寝言を呟いた。その内容につい眉間にシワがよるジェスターである。
ーーかわいいって何が? え、まさか、僕のこと? 男にかわいいって・・・、褒め言葉じゃないって教えたよね?
起きたら絶対に説教案件だ、とジェスターは心に決めた。そっと肩を揺すって少女を起こす。
「ん、や・・・」
「や、じゃないの。起きて、エリィ。風邪ひくよ」
「まあだ、ねみゅい。・・・ばあや、やあだ」
「寝ぼけてるの? 起きてってば」
猫のように身を丸めるエリゼーヌ。
ジェスターはため息をついて少女の頬をつついた。モチモチとした頬っぺたはふにっとして面白いのだが、クロエが付き添っていたら絶対に出来ないことだった。
「ん、・・・やあ」
エリゼーヌはまだ寝ぼけているから、ジェスターは今度は頬をむにっとひっぱってみた。さすがに力が強かったのか、ぱちっと目を覚ました少女に睨まれた。
「ジェス、つねるなんて酷い」
「摘んだだけだよ。そんなに痛くないでしょ」
頬を押さえて、むうと唇を尖らせる少女は大分遠慮がとれてきて、今では色々な面を見せてくれるようになった。
新たな表情が現れるのが楽しくてついつい構ってしまうのだが、ケヴィンにやり過ぎないように注意されていた。なんでも、全部魅せてもらうのは完全に手中に収めて絶対に逃げないと確信してからがいいらしい。
どうも婚約を促されているようだが、以前より忌避感はない。婚姻が必要不可欠なら、相手はエリゼーヌでいいか、と思えるようにはなってきている。
怒ったり、拗ねたり、むくれたりする少女を見るのはとても面白い。だが、万が一にも泣かせるとお説教は確実なので、一応加減はしているつもりのジェスターだ。
「それより、いくら邸内だからって、こんな人気のない場所で寝こけないでよ。不用心でしょ」
「でも、すぐにジェスが見つけてくれるもの。大丈夫でしょう?」
エリゼーヌは素の笑顔をジェスターに向けてきた。少女の信頼がくすぐったくて、ジェスターは思わず天を仰いだ。
「ジェス? どうしたの?」
「ん、大丈夫。なんでもないから」
ジェスターは顔の前で手を振って雑念を払いのけた。不思議そうに見遣った少女は不意にくすくすと笑いだした。
「何、どうかしたの?」
「あのね、さっきおかしな夢を見たの。ちょっと、思い出しちゃって」
「どんな夢なの?」
寝言の説教案件だな、と聞きだせば、ジェスターが呪いで黒猫になった夢だと言う。
「・・・へー、それで?」
「ん、猫になったのに、ふんぞり返ってて偉そうなの。尻尾をパタパタさせて意思表示するのが可愛くて、撫でようとすると逃げちゃうの。呪いを解くにはキスするしかないのだけど」
「・・・御伽話の定番だね。呪いは解けたの?」
偉そうとかつっこみどころは多々あったが、キスしたのか尋ねるのは気恥ずかしくてそう問えば、呪いを解いてくれるお姫様は笑顔でのたまって下さった。
「猫のままなのが可愛くてそのままよ」
「はっ? そのままって、呪われたまま放っておいたの⁉︎」
「うん、可愛かったから」
ちょっと待て! と、夢なのはわかっていてもつっこみたい。額を押さえるジェスターにエリゼーヌはにこにこ笑顔だ。
「お持ち帰りしたいくらい可愛かったのよ?」
「・・・あのね、ちゃんと意味わかって言ってるの?」
「うん、わかってるけど」
「あ、そう。・・・そんなに猫が好きなら飼えばいいのに」
ジェスターの悔し紛れの言葉にエリゼーヌは目を伏せて首を振った。
「飼えない、・・・菫みたいになったら可哀想だもの」
まさか、それはない、とは言い切れなくて、ジェスターは開きかけた口を閉ざした。代わりにえんじ色の頭をそっと撫でると、少女はふにゃりと気の抜けた笑顔だ。エリゼーヌは頭を撫でられるのが好きなようだった。
「じいがね、菫の鉢植えの手入れをしてくれているよ。まだまだ咲くはずだからって。
ああ、株分けして温室に植えた分は春には花を咲かせるって言ってたな。エリィの好きな白い菫も一緒だ。春にはサンルームでお茶会してもいいな、いつも見られるし。楽しみにしててよ」
「・・・春には咲くの?」
「うん。じいが頑張ってくれてるから、大丈夫。じいは腕のいい庭師なんだから任せておけばいい」
「そうなんだ。・・・楽しみだね、もうすぐだもの」
咲く頃までなら、まだ侯爵邸に出入りできているはず、とエリゼーヌは頷いた。ジェスターとの初顔合わせは春の半ばだった。後二ヶ月くらいでそろそろ一年が経つ。
婚約者候補の一年の後はどうなるか、父にもディオンにも言われていないが候補期間の延長はないし、クレージュ侯爵令嬢とのお見合いが控えているなら、ジェスターがエリゼーヌと正式に婚約することもない。内々に打診がきて侯爵家同士で婚約の話し合いがあるはずだ。
エリゼーヌには多分ディオンが釣り合いの取れる相手を見繕ってくれるだろう。元々、成立しなければ、他の相手を紹介すると言われていたのだし、祖父もディオンの紹介ならばと頷いていた。
ジェスターとはお友達くらいにはなれたと思うが、本命の婚約者との交流に障るからもう会えなくなるだろうなあ、と少女は残念だった。こうして、気安いやり取りができるくらいには親しくなれたのに、親戚関係でもない未婚の男女が馴れ馴れしく親しくするのは貴族社会では眉をひそめられてしまう。高位になるほど貞節は厳しく求められ、下位貴族や庶民の感覚では平気なことも社交界では禁忌とされるのだ。
「ジェスが女の子だったら、ううん、わたしが男の子だったらよかったのかなあ」
「はっ? 何、それ? 夢で性別が変わる呪いでもかけられてたの?」
エリゼーヌの独り言にジェスターが面食らって目を白黒させた。
親しくなるうちにジェスターも意外な一面や優秀だけではない所も見せてくれるようになっていた。案外、年相応の面もあって、新しい一面に出会う度にエリゼーヌは嬉しくて顔がにやけてしまいそうになる。
「ううん、そうじゃないの。わたしたちが同性だったら、もっと早くに出会えてお友達付き合いできてたかな? って思って」
「え、それだと、今こうしてないんだけど。・・・あのさあ、僕たち婚約者候補なんだってわかってる?」
「え? あの・・・、うん、わかってるけど・・・」
ジェスターは少女のどこか不安そうな返事に眉をひそめた。この子は絶対よくわかっていない、と確信して頭が痛くなる問題だ。
ケヴィンに素直になれ、と言われたのを思い出して、こういう意味かと納得できた。
しばし、少年が真剣に考え込んでいると、目の前の少女は居心地が悪そうに目を泳がせている。
「あの、・・・ジェス?」
小首を傾げる少女にジェスターは腹を括った。父から不干渉の制約をもぎ取って牽制しているが、いつまでも避けて通れる問題ではない。また勝手に他の縁談など持ちかけられては、たまったものではなかった。
「あのね、エリィ。君に渡したペンダントはただの護身具じゃない。君の・・・、誕生日プレゼントだ。好意で贈るなら、受け取ってもらえるんだよね?」
「え?」
明るい灰色の瞳が目一杯に見開かれた。覚悟を決めたジェスターは一気に畳みかけることにした。
「君の髪みたいだって思ったんだ。綺麗な深みのある赤ワインみたいな色。それで、ガーネットを選んだ。ペンダントとお揃いのブローチは僕用にって思って・・・。
その、実験じゃないんだ。同じ邸内にいるってわかってるのに、君と顔も合わせられないのは、・・・ちょっとキツくて。だから、居場所がわかるようにした。エリィと出かける時にもはぐれないようにできるし、一石二鳥だと思って」
鳶色の瞳が真っ直ぐにエリゼーヌを捕らえたかと思うと、そっと頬に手を添えられて撫でられる。
「・・・え、あの、ジェス?」
「君でいいかなって思うんだ。家格差は初めからわかってるのだから気にしないで。エリィも僕の事、考えてくれる?」
「は、え、な、何を・・・?」
急な展開に混乱しきりのエリゼーヌだが、そっと添えられた手が視線を外すのを許してくれない。何だか、見たこともない熱が込められた鳶色の瞳にどうしたらよいのかわからなくて怖じ気づく。
思わず、目を伏せて身を竦めると、少女の額に何かが優しく触れた。
「ちゃんと考えてね。僕ははっきりさせたんだから」
エリゼーヌは耳元でジェスターの囁きが掠れて聞こえ、びくりと身を震わせた。頰に添えられた温もりが離れてから恐る恐る顔を上げると、目の前の少年はそっぽを向いていた。
「そろそろ戻らないと、クロエが探しに来るんじゃない?」
いつも通りのジェスターだが、決してエリゼーヌの方は見ない。少女は今のは何だったのか、疑問符で頭がいっぱいだったから、先に行くジェスターの頰に朱が昇っているのには気づかなかった。
ネット小説大賞運営チーム様から感想いただけました。感想いただけたらラッキーと思っていたので、嬉しいですね。三部完結まで頑張る気力が湧きます。




