番外編・友人と共にーー
時系列は『「若様の独身主義返上を望む会」会議録より、その2』の間で、菫の鉢植えが壊された後のお話です。
「ごめんなさい。突然、お邪魔したりして。不作法で申し訳ないわ」
「ううん、頼ってくれて嬉しいわ。エリーって、いつも遠慮がちなんだもの。友人として、少し寂しいなって思っていたのよ」
エリゼーヌはヴィオレットの言葉に申し訳なさそうに眉尻を下げた。
親しくしている友人でも格上の伯爵家だ。子爵家に他人を招けない分、いつもブロンデル家に招いてもらっているだけでも申し訳ないのだ。いくら、私では愛称呼びを許されている仲でも無遠慮にはなれなかった。
「ルクレール家からの預かり物なんでしょう。それを侍女が鉢が割れたからって勝手に処分なんて。
さすがにお母様に申し上げても構わないんじゃないかしら?」
ヴィオレットは紅茶のカップを手にして優雅に小首を傾げる。
エリゼーヌはジェスターからお世話を頼まれた菫の鉢植えが無惨にも投げ捨てられたのを回収してブロンデル家にやって来た。すっかり萎びて枯れてしまうのではないか、と不安から涙目になる少女を友人は前触れなしの訪問でも迎え入れてくれた。
快く菫の世話を引き受けてくれて特製の植物回復液なるものを使用してくれた。明日には持ち直しているはずだから、とまずは落ち着いてと少女にお茶をご馳走してくれている。
「ねえ、エリー。子爵夫人がお身体が弱くて人手がかかると言うのはわかるの。でも、子爵夫人のお世話で手一杯だからって、その他の面倒は見られないっておかしいわ。
お母様に心配をかけたくないという貴方の気持ちはわかるけど、侍女の増長を見逃してはいけないわ。子爵家の恥になるわよ?」
エリゼーヌは俯いた。
ヴィオレットが善意で忠告してくれているのはわかっている。ヴィオレットには母の気鬱の病を知らせていない。あまり、外で広めてはいけない、と父に言われているので、知っているのは他人では父の友人のディオンくらいだ。
マドレーヌは身体が弱くて社交界に出られないから、臆病で何事も気に病む性質だと思われているのだ。だから、刺激しないようにエリゼーヌは母には余計な心労を与えないようにしていると友人に解釈されていた。
「心配してくれてありがとう、ヴィー。帰ったら、お父様に相談してみるね」
何とか笑みを浮かべると、愛称呼びに気をよくしたヴィオレットがにこにこ笑顔になる。
銀髪に水色の瞳と色合いが冷たく見えるせいで誤解されがちなヴィオレットは物言いが少々キツい事もあるが、根は優しい少女だ。彼女がエリゼーヌとの付き合いを望んでくれたから、エリゼーヌは孤独にならずに済んでいる。
「貴方のお父様とルクレール侯爵様がお友達なのは知っていたけど、ご子息のジェスター様と貴方もお友達なの?」
「いえ、そうでは・・・。あの、たまたまと言うか・・・」
「ふうん。ジェスター様はちょっと辛口で手厳しい方だけど、ご令嬢たちに人気があるのよね。侯爵家の嫡男だし、お父様によく似たご容姿でしょう。素敵な殿方に成長するのは間違いないもの。
ねえ、前に婚約者との付き合い方を聞かれたけど、もしかして?」
「ち、違うから!」
エリゼーヌは慌てて否定した。
婚約者候補の話は外部には漏らしてはいけない、と父に口止めされているのだ。もし、外野に知られたら候補期間が終わった後に選ばれなかった娘だと陰口を叩かれるのではないか、とイヴォンは案じていた。
いくら、ディオンが縁組を整えてくれると言っても、子爵家では面白おかしく醜聞を流されたら対処は難しい。
「そうなの? アルとジェスター様はお友達だから、貴方が婚約者になったら嬉しかったのに。婚約者同士の交流が出来るでしょう」
「まさか、そんな。相手は侯爵家よ、畏れ多いわ。わたしは領地を継がなければならないもの。婿取りしなくちゃなのよ?」
「そうしたら、あまり会えなくなっちゃうわ。ねえ、領主になったら、王都には住まないのでしょう?」
「うん。領地暮らしになるわ。・・・わたしも、ヴィーと会えなくなるのは寂しいけど」
こればかりは少女たちの意見だけではどうにもならない事なのだ。わかってはいても、二人とも寂しげに微笑みあった。
誤解されがちなヴィオレットにだってエリゼーヌは唯一心を許せる友達だった。領地や交流関係での付き合い上の友人はいるが、本当に気を許せる相手はなかなかいないのだ。
「手紙を書くわ。文通友達だって、いいと思うの。ヴィーがイヤでなければ、だけど」
「イヤな訳ないじゃない。大歓迎よ。ねえ、エリーに婚約者が決まったら教えてね。一番に祝福したいから」
「・・・うん。ありがとう、ヴィー。嬉しいわ」
エリゼーヌは素の笑顔を見せた。友人の心遣いが有り難かった。
エリゼーヌの髪が短くなった理由は口外禁止でヴィオレットには知らせていないのだが、従兄弟と婚約するかもしれない、と漏らした直後の出来事だったから、ヴィオレットは何かあったと察していた。だが、口の重い友人を慮って問いただす真似はしないでいてくれた。
今度は婚約者の付き合い方を尋ねてくるのだから、お互いに正面から向かいあえる相手に違いない。前とは違ってマトモな縁組なのだろうと案じているのだ。
「我が家にね、今は白い菫の鉢植えがあるのよ。エリーは白い菫が好きでしょう。ちょうど、花が咲きそうなの。用意させるから、明日預かった菫と一緒に渡すわ」
「え、でも・・・」
「もしかしたら、もう花は散ってしまうかもしれないのよ。やっぱり、土から出されて放置されたままだったでしょう。花までは回復させるのは無理みたいなの」
「そうなんだ・・・」
エリゼーヌはしゅんとなって落ち込んだ。
折角、ジェスターがお世話を任せてくれたのに。ようやく、信頼関係が築けたのかと嬉しく思っていたから余計に残念だ。
ヴィオレットは沈む友人を慰めようと、使用人から聞いた話を披露する事にした。
「あのね、菫の鉢植えなんだけど、ちょうど少し前に婚約者の贈り物にって探していらした方がいて、ブロンデル家から一鉢譲って差し上げたのですって。
季節外れなのに、すごいと思わない?
いくら、温室栽培でも我が家でもそんなに育てていなかったのよ。よくぞ、探し当てたものだと思うわ」
「この時期にあまり見かけないものね。もしかして、もの凄く情熱的な方なの?」
「貴族令息としか聞いてないけど、仲がよくなかったらわざわざ探してまで贈らないわよね。 いえ、もしかしたら、政略結婚でも恋情が芽生えてプレゼント攻撃なさるとか・・・?
どちらにしても、エリーの言う通り、情熱的な方だと思うわ。婚約者の方が羨ましいわね。
アルなんか、花なんてブロンデル家にはいくらでもあるだろうって、贈ってくれた事ないのよ。いつも、お菓子ばっかり。
わたくし、そんなに食いしん坊だと思われているのかしら?」
ヴィオレットが婚約者の不満を溢した。一つ上の従兄弟・アルマンと婚約した彼女は珍しく、むうとむくれていた。
エリゼーヌはくすくすと笑った。
たまにブロンデル家でアルマンと出会うことがあり、顔見知りの仲だ。彼がヴィオレットと兄妹のような間柄でつい妹扱いなのは知っていた。それでも、普段は無表情なアルマンが婚約者を大事に思っているのは見てとれる。
「アルマン様もお優しくて素敵な方だと思うわよ? よくプレゼントしてくださるのでしょう。試しにお花が欲しいって、おねだりしてみれば? アルマン様はヴィーが喜ぶ物なら何でも良さそうよ」
「そうかしら? でも、お花が欲しいって言った事はなかったかも・・・」
ヴィオレットが考え込んで首を傾げている。婚約者と仲の良い友人を微笑ましく見守ってエリゼーヌは自分の将来に思いを馳せた。
ーー大丈夫、大丈夫。おじい様もおじ様なら信頼できると言っていたもの。きっと、いいお相手を紹介してくれるわ。
ふと、黒髪の少年の面影が脳裏をよぎったが、彼とはお友達がいいのだ。それがお互いに一番いい関係だろう。
双方の合意でなければ成立しない縁組と最初から言われているが、所詮は侯爵家と子爵家だ。元から釣り合わないし、落ちこぼれ令嬢の自分では彼には相応しくないのだから。
エリゼーヌは紅茶と共に思い浮かんだ感情を飲み干して、にこりと優雅に微笑んだ。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
ストックが追いついたので、次回は一週間後の投稿になります。金曜日の10時投稿です。
また書き溜めれば連日投稿するつもりですが、しばらくは一週間ごとに投稿します。毎週金曜日の10時になります。よろしくお願い致します。
次回からは本編に戻ります。




