番外編・植物園にてーー
時系列は『「若様の独身主義返上を望む会」会議録より、その2』の間で、植物園に行ったお話です。
郊外の植物園は思ったよりも広く多種多様な植物でいっぱいだ。
エリゼーヌは目をキラキラさせてあちらこちらと視線を巡らせている。ふらっと興味のある方向へ惹かれていきそうで、早速迷子防止のペンダントが役に立っていた。
「エリィ様、一人で行かな・・・」
「ねえ、エリィ、なの?」
護衛役のノエルの呼びかけに主からの冷ややかな突っ込みが入る。
「いえ、エリー様です」
ビシッと直立不動でノエルが訂正すると、満足気にジェスターは頷いた。そして、エリゼーヌに手を差し伸べた。『はぐれると困るでしょ』と手を繋ぐのだが、『え、ペンダントの役割は?』と、思わず突っ込みたくなる付き添い&護衛一同だ。
植物園には気楽に過ごしたいからと、お忍びで訪れた。偽名を用いて身元を隠している。
大商人の息子とその婚約者にお付きの者と扮した一行は裕福な庶民の私服姿だ。ジェスターとエリゼーヌも普段よりも数段格式が劣る格好で動きやすい。そのせいか、エリゼーヌは普段よりもお転婆で、目を離すと勝手にそぞろ歩きしそうだった。
「気になるところは後でじっくり見ていいから、まずは一通り見て回ろう。ね、エリィ?」
ジェスターに微笑みかけられるが、エリゼーヌは興味のある植物に釘付けだ。気もそぞろに頷くだけなので、ムッとしたジェスターは少女の手を強めに引っ張った。
「ほら、順路はこっちだって」
「待って、ジェス。あそこに野草園が・・・」
「後でちゃんと見に行くから」
手を繋がれているから仕方なくエリゼーヌは付いていくしかない。名残惜しそうな少女にジェスターはお構いなしで先導して行った。
菫の鉢植えを探していた時に知った植物園は定番の薔薇園以外にも常緑樹の生垣の迷路や摘み取り可の花畑、各テーマごとの温室に温室栽培の果実の試食も出来るカフェも備えられていて見所は多く、一回りするだけでも時間がかかる。
ブレーズ教授が私事により授業が休みになったので、ジェスターの『興味あるよね?』の一声で、今日は一日中植物園で過ごす予定だ。
午前中で一回り終えると、早めの昼食にして午後からはエリゼーヌの希望の所を見て回る。
昼食はカフェでもよかったが、屋外の芝生でピクニック形式がとれるというのでそちらにする事にした。侯爵家のお抱えシェフが腕を振るったバスケットの中身は具の豊富なサンドイッチで、花形にカッティングされたフルーツの付け合わせもあって豪華なお弁当だ。
敷物の上に直に座るピクニックは初のジェスターがしげしげとバスケットを覗いて、エリゼーヌはくすりと笑みを漏らした。少女は領地で祖父の見回りついでにピクニックと洒落込んでいたから経験済みだ。余裕の表情で見守っていたら、気付いた少年に軽く睨まれた。
「何、そのドヤ顔? なんか、ムカつくんだけど?」
「え、そんな顔してないわ。ただ、ジェスが可愛いなって見惚れてたのよ?」
エリゼーヌが自分の顔をペタペタと触って首を傾げると、目の前の少年にため息をつかれてしまった。
「あのね、わかってないようだから言うけど、男に向かって可愛いとか、褒め言葉じゃないからね?」
「え? そうなの?」
「うん、そうなの」
力強く頷くジェスターにエリゼーヌは目を瞬かせた。
男心がよくわかってなさそうな少女にお付きのクロエがお手拭きを差し出した。
「さあ、お嬢様。お手をどうぞ。食後には見たがっていた野草園に参られるのでしょう?」
「そうね。早くしないと、全部見回れないわね」
はっとしてエリゼーヌはお手拭きを取って手を清めた。お付きの者や護衛たちも時間短縮で別の敷物で交代で昼食を摂っている。
「でも、サクラがなかったのは残念だったなあ」
「サクラって、東方の島国が原産地の樹木だよね? ダールベルク帝国でも王宮庭園に一本あるくらいって言われてるよ。この国では、さすがに無理じゃない?」
ジェスターの言葉にエリゼーヌはしょぼくれた。
隣国からの植物図鑑に載っていた珍しい異国の樹木に少女は興味津々だった。この植物園では他国から取り寄せた植物も取り扱っていると聞いていたので、期待していたのだ。
「他国からの植物は気候や土壌の違いで育ちにくかったりするから、根付くのは難しいらしいし。それに、無事に生育、開花しても安全性の問題とかあるから、一般に出回るには何年もかかるって、エリィも知ってるでしょ?」
エリゼーヌは領地で薬草栽培の知識も祖父に教わっていた。
一見、無害そうな植物も所変われば品変わる、と言うように、薬効成分が抜けていたり、逆に毒性の強い品種に育つなど、確認してみなければわからないことが多々あるのだ。特に、魔力を含んだ土壌だと薬草だって毒草に育ったりもする。他国からの植物栽培は慎重な見極めが必要なのだ。
「うん。でも、ここはヴィオレット様もお薦めだって言ってたから。他では観られない植物がいっぱいだって」
「まあ、サクラは無理でも、他にも見所はあるから」
ジェスターに慰められてエリゼーヌはサンドイッチを口にした。少女の好きな野菜サンドはシャキッとしていて瑞々しい食感だ。思わず、顔を綻ばせると、クロエが試食用の果実を絞ったジュースを手渡してくれた。
「野草園の後には花畑はいかがでしょうか。摘み取り可なので、花束にして持ち帰っても良いそうですよ。
特別料金で籠に植え替えてもいいそうです。苗が手に入ればお庭に植えて今日の記念のお花としてお楽しみできますし」
「・・・でも、子爵家の庭師は忙しいから」
エリゼーヌは目を伏せた。
子爵家ではマドレーヌにつける侍女が多く必要なため、その他は一人が複数の仕事を掛け持ちで補っていた。専属の庭師はいない。手の空いた御者やコックや下男が見苦しくない程度に庭を整える程度だ。
マドレーヌの部屋の前の花壇は外部の園芸業者に委託して常時花が絶えないように保たれているが、母に関わりたくないエリゼーヌには目にすることのない場所だ。
「侯爵家に植えればいいよ。じいが新しい花を植えたいって言ってたし」
ジェスターが何気なく会話に加わってきた。エリゼーヌの前にフルーツサンドを盛ってくれる。
「これ、好物だよね。僕の分もあげるから、早く食べて見に行こうよ」
「いいの? ありがとう、ジェス」
ぱあっと顔を輝かせる少女にそっぽを向くジェスター。まずは、餌付けと好物攻めから好感度上げを狙っていたが、少女の無邪気な笑みが少々気恥ずかしくて目に眩しい。
ーーもっと、攻めてもいいのに、と出来る侍女は焦れったく感じていたが、面倒くさい主が頑張っているのだ。
その努力は認めて、ここぞという時には援護射撃くらいはしてやるか、と若執事のように空気に徹して、少年少女の遣りとりを生温かく見守ることにした。




