番外編・祭の後にーー
本編の挿れどころに迷って番外編になりました。
時系列では『迷える少女にはわからないのです』の後日です。女神祭のお土産のお話。
「エリー、この前は済まなかったね」
「ううん。お仕事だったのだもの。仕方がないわ。それに、ジェスター様やクロエたちが連れて行ってくれたから、気になさらないで」
約束していた女神教の祭に連れて行けなかったディオンが謝ると、エリゼーヌは首を横に振った。そして、楽しそうにジェスターと従姉妹設定で祭に参加したのだと語り、お土産だとディオンに一枚の絵葉書を差し出してきた。
女神が百合の花を手にしている構図だが、女神教のステンドグラスとは異なり、一人の黒髪の女性を中心に十重二十重に百合が咲き乱れている。百合に囲まれた姿は女神というよりも百合の花の精のようだ。
「この女神様だと、少しおば様に似ているかな、と思って」
エリゼーヌのいう『おば様』はディオンの亡き妻ロザリー、ジェスターの母のことだ。
ジェスターが一歳にならないうちに亡くなったので、エリゼーヌとの面識はないのだが、ディオンが何かにつけて惚気話を披露していた結果、知り合いのような気がしていた。
ルクレール邸に授業を受けにくるようになってから、肖像画も目にして実物を知るようになり、エリゼーヌの中ではすっかりおば様と定着している。
「・・・そうだね。少し、彼女に似てるね」
ディオンは懐かしそうに絵葉書に魅入った。肖像画の妻は亡くなる数年前で、没年齢よりも若干若い姿だ。絵葉書はそれよりも更に若く、新婚当初を思い起こさせるものだった。
女性は若く見られた方が喜ぶから、彼女もきっと義娘に若い義母と思われて嬉しいだろうなあ、と僅かな寂しさと共にディオンは微笑した。
「ありがとう、エリー。約束を守れなかったのに、こんな素敵なお土産をもらうなんて嬉しいよ」
「お邸の皆にも買ってきたのよ。皆、喜んでくれてよかったわ」
にこりと笑顔のエリゼーヌに違和感を感じて、ディオンは首を捻った。
「エリー、皆ってナディアやブレーズ教授にもかい?」
「うん。クロエやケヴィンさんにも。ノエルが皆の好みを教えてくれたから、ハズレた物はなかったみたい」
ふふっと微笑む少女は、自分の物は黒猫が優雅に欠伸をしている絵なのだ、と教えてくれた。小さな額縁入りの少しばかり豪華な絵だ。
「ちょっと、奮発しちゃった。部屋に飾ろうと思って。お祭りだから、少しだけ贅沢してもいいかなって」
「・・・それくらいなら贅沢なうちには入らないよ。もっと、好きな物を買えばよかったのに。ジェスターに予算は十分に渡してあったろう?」
「金貨ばかりだと、屋台のお店の人が困ってしまうのですって。ノエルが銅貨を用意してくれたから、お借りしたの。おじ様に買ってもらったら、お土産にならないわ」
少女は祖父から時折お小遣いを貰っていた。今までは使い道がわからなくて使用したことがなかったが、祭で初めて買い物を体験してお金の使途を理解した。
祭には持参しなかったが、帰ってきてからノエルに絵葉書代を渡していた。自分で買ったことにしたかったのだ。ノエルは少女の意を汲んで苦笑と共に絵葉書代を貰ってくれた。
「ジェスターは何をやっていたのだか・・・」
「? おじ様? ジェスター様はちゃんとわたしの面倒を見て下さったわ。迷子にならないように気遣ってくれたのよ」
「そうか。エリーはジェスターには何をお土産にしたの?」
ディオンが心中で息子の甲斐性のなさに嘆いているなど露知らず、エリゼーヌは不審げだったが、ディオンの質問に目を泳がせた。
「あの、・・・ジェスター様もお祭りに行かれたし、いらないかなって・・・」
「クロエには買ってきたのだろう?」
「そうだけど・・・」
これは後で確認事項かな、とディオンは心のメモに書き留める。皆に土産を用意したエリゼーヌがジェスターだけ除け者にするのは変だった。
クロエに尋ねれば、何かわかるだろう、とこの時ディオンは単純に考えていた。
後日、息子がエリゼーヌが土産に渡そうとした額縁入りの絵を断ったとクロエから報告を受けて、ディオンは頭を抱えたくなった。
エリゼーヌが自分用だと言ったのは、ジェスターに渡すつもりだった物だ。
奮発したと言っていたから、皆の絵葉書よりも値がはったはずだ。それをあっさりと断るとか、我が息子は本当に女心のわからぬ朴念仁だ。婚約者候補として親しくなろうと奮闘している少女が不憫になってくる。
ディオンは書斎の鍵付きの引き出しから、宝飾品のケースを取り出した。ケースを開けて中の真珠の髪飾りを手に取り、陽の明かりに翳す。きらきらと輝く真珠はかなり大粒だった。どうやら、二つの真珠が融合しあったらしい。
髪飾りは偶然の産物で偶々ハート型に形成された真珠を中心に細い銀環が三重に束ねられている。環の最後は小さな真珠で縁どめされたシンプルな作りだ。
エリゼーヌの誕生日プレゼントに、と早めに用意しておいた物だが、祭に連れて行けなかった詫びとして渡すつもりだ。
本来なら流通しないイレギュラーの形の真珠を使用しているが、そこそこお値打ち品だ。エリゼーヌの負担にならないようにお値段は誤魔化すつもりだったが、これをえんじ色の髪に飾ったら我が息子の反応はいかがなものか?
ジェスターが祭の屋台で若草色とクリーム色の2本のリボンを購入したとの報告は上がっている。
息子は幼い頃にディオンの意向で伸ばした髪を結んでいたが、女の子と見間違えられたせいで一度バッサリと切ってしまったのだ。それから髪を結ばなくなったから、自分用ではない。おそらく、エリゼーヌに渡すつもりだろう。
2本とも少女の好きな色なのだから。
「気になっているのはわかっているのだから、早く認めて素直になった方が楽だと思うのだけどねえ。
獲られてから、後悔しても遅いと言うのに。・・・ねえ、ロザリー、私たちの息子は案外鈍いようなんだが? 君はどう思うのかな」
ディオンは百合に囲まれた黒髪の女性に問いかけた。エリゼーヌからの絵葉書は妻の肖像画の隣に額縁に入れて飾ってあった。
幸せの絶頂だった頃を思いださせる姿と儚くなる数年前の姿とーー
二つの姿の妻にディオンは静かに問うと、息子を奮起させようと悪役になることにしたのだ。
後2話番外編になります。




