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婚約破棄と解消と保留、そしてする予定はありませんけど?  作者: みのみさ
第一部 断罪劇は茶番です

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婚約破棄しません

主要登場人物が出揃います。

「シリルがわざわざ緊急連絡用の文鳥ふみどりを飛ばすから何事かと思えば・・・」

 はあっ、とため息付きで現れたのは遅参したジェスター・ルクレールだ。肩につく黒髪をライトグレーのリボンで括り、横に流している。直行したのか、魔術師団のローブ姿だ。

 半透明の青い小鳥を止まらせていた指を振って、シリル目掛けて文鳥(ふみどり)を返した。

「先輩、申し訳ありません。俺には荷が重かったです。・・・って、いってえ!」

「情けない事言わないで。もう、君が裏ボスでしょ」

 ジェスターが頭を下げたシリル目掛けて遠慮なく手刀を落とした。


 人見知りするジェスターは人前が得意ではない。本来なら、裏ボスなんて面倒な役に就くつもりもなかった。それが方向転換を余儀なくされたのは聖女候補一行のせいだ。

 お世話係のレナルドは学院内だけではなく、聖女候補としての役目ーー神殿での奉仕活動や儀式にも付き添い、世話を焼き甲斐甲斐しく面倒をみていた。ジルベールが珍しがって同行するため必然的に護衛役としてアルマンも一緒だ。

 ジェスターは友人の彼らにひっぱり回されるのを避けるために生徒会入りした。魔力の高いジェスターはただでさえフェリシーの魔力安定に尽力しろと魔術講師から指南役にされていたから、学業以外でまで煩わされたくはなかった。

 それなのに、二年生から生徒会入りしたジルベールたちは神殿の務めで学業が遅れがちなフェリシーの面倒を生徒会室で見始めた。生徒会の仕事と並行させつつ勉強会なんぞやられて、裏ボス・ジェスターはブチ切れそうになったものだ。片手間にできるほど生徒会業務は甘くない。

 幸いにも庶務に入ってきたシリルが使い勝手がよかったから、ジルベールらが手抜きでも何とかなった。『実務は引き受けるから聖女候補のお相手は君たちでしろ』とジルベールらにお世話役を丸投げだ。

 ようやく卒業で面倒事から解放されると思った矢先の断罪劇だ。八つ当たりの一つや二つや三つ・・・、いくらでもしたくなるというモノである。


「で、婚約破棄に解消だっけ。殿下にレナルド、念願叶っておめでとう。アルマンは保留? まだこれからなの? 長引くなら後にしてよ」

「・・・ハッ? まだとか言うな! そんな予定はない! というか、なんだ生涯お仕えするって。誰がいつそんな事を決めた?」

 ジルベールの宣言に呆然自失状態だったアルマンが復活して叫んだ。ようやく宥めた婚約者にジト目で見られて振り出しに戻るなんて冗談ではない。

 アルマンが断罪劇に付き合ったのは、聖女候補への無礼を糺すのだというジルベールからヴィオレットを守るためだ。それを聖女の側近目当てなどと誤解されては本末転倒である。


「アルマン、君、聖女様に恩返しがしたいと言っていたでしょう。今更、何を言っているんです? 騎士生命を絶たれるはずだったところを救ってもらって感謝してもしきれないと言う言葉は嘘だったのですか?」

「だから、フェリシー嬢に誠心誠意お仕えしていた。ヴィオのデビュタントだってそうだ。婚約者のエスコートより護衛任務を優先させたじゃないか。だが、卒業すればフェリシー嬢には正式な護衛がつく。

 自分はもうお役御免だろう?」

「アルマン様はわたくしの護衛騎士になってくださいませんの?」

 フェリシーが憂いを帯びた眼差しを向けるが、アルマンは首を横に振った。

「そのお話はお断りしたはずです。自分は騎士としてまだまだ未熟者だ。聖女様にはもっと経験豊富な手練れの騎士が相応しい。候補はいくらでもいるでしょう。

 知己だからと言って自分を取り立てたりしたら、公私混同と謗られます。聖女様のためにならない」

「でも・・・」

「それに、デビュタント時のフェリシー嬢の侍女の振る舞いは今日初めて聞きました。申し訳ないが、婚約者への無礼を放置なさった貴方に自分の剣は捧げられません」

 キッパリと言い切られてフェリシーが驚愕に目を見開く。ヴィオレットも同じ反応でまじまじと見つめ返してくるから、アルマンは居心地悪そうに頭をかいた。

「そんなに驚く事か?」

「だって、アル。貴方、わたくしに謝罪しろって・・・」

「誤解させた事にと言っただろう。自分はヴィオが装飾品を貸さなかったのは意地悪でではないと、ちゃんとわかってる。雛菊はヴィオの好きな花だ。病床の叔母上がヴィオのデビュタントに備えて用意してくださった物だろう。

 いくら聖女様相手でも貸せなかったのは仕方がない」

「! ・・・知っていたの?」

「ああ、見舞いのたびに叔母上にデザインを相談されていたからな。叔母上は『出来るだけの事をしてやりたい』と最期まで君のことを思っていた」

 ヴィオレットの水色の瞳が潤み、周囲からは大いに同情の声があがった。


 2年前に亡くなったブロンデル伯爵夫人は狂乱王と同じ病いだった。

 魔力衰退症は不治の病で衰弱死するまでの病状の進行には個人差がある。長ければ数十年単位で緩やかな変化に身体への負担が少ないが、短ければ短いほど急激に衰弱し、激痛さえ伴うこともあるのだ。伯爵夫人は狂乱王よりも急な病状悪化だったと社交界では噂されていた。


 その夫人が闘病中に愛娘に用意した物ならば、どれほどの愛情が込められていたことか。


 レナルドは先程の己の発言を思いだして一気に青くなった。知らなかったとはいえ、訳知り顔して非情な物言いをしてしまって周囲からの視線は針の山でとても顔をあげられない。

「ふーん。アルマンは婚約継続、と。それで、シリルは? まだ婚約者いないよね。独身主義でも主張するの?」

「はあっ? なんで、俺なんですか!」

 周囲の雰囲気を見事にぶった斬ったジェスターの発言にシリルが食ってかかる。

「殿下が()()4()()って言ってたじゃない」

「え! 俺じゃないですよ。先輩のことでしょー」

「へー、そうなの?」

 全くの他人事状態である。

 ジェスターが鳶色の瞳をジルベールに向けると、唖然とされてしまった。

「ジェスター、お前、フェリシーの魔術指南役を任せられていただろう。その任を放棄するつもりか?」

「もう任務完了でしょ、卒業なんだから。第一、僕は誓いなんてしてないし。勝手に仲間にしないでよ」

「そんな馬鹿な! 私たちの誓いに賛同してくれたじゃないですか?」

 レナルドにまで詰め寄られてジェスターはうんざりと肩をすくめた。

「賛同なんてしていない。ただ、『よく考えたんだよね? 好きにすれば』と忠告しただけだ」

「いや、それ突き放してますよね? 忠告とは言えないですよね?」

 シリルの突っ込みに覚えがあるアルマンが苦笑いだ。

「確かに賛同の言質はないな。自分は騎士団入りを公言していたから誓いのメンバーに加えられていたとは思いもしなかった。殿下たちの決意表明の証人だと思っていた」

「そんな、ひどいですわ」

 フェリシーが両手を組んで会話に割り込んできた。大きな青の瞳を潤ませながら上目遣いでジェスターを見上げる。

「ジェスター様、どうかお力をお貸しくださいまし。恥ずかしながら、わたくしの力はまだ安定しておらず、十分に治癒の術を発揮できないのです。今後も、側でわたくしを導いてくださいませ」

 涙目で縋り付く美少女の姿は大いに庇護欲を誘う。ジルベールたち以外にも幾人かの男子生徒が伺うようにジェスターを見やった。

 眉をひそめたジェスターの視線の先には俯くエリゼーヌだ。


 ふと彼女が顔をあげて、明るい灰色と鳶色の瞳が一瞬で交差する。


「エリゼーヌ・シャルリエ。ーー君との婚約を破棄するって言ったら破棄するの?しないよね?殿下たちに付き合わなくちゃいけない理由なんかないしそんな面倒事は勘弁してもらいたいよホントすごい迷惑なんで僕が言う通りにすると思ってるのかお気楽思考にはついていけない信じられないんだけど?」

 一気にノンブレスで言い切られた。

 びしりと音がしそうな勢いでフェリシーが固まった。ジルベールが目を白黒させて突っ込んでくる。

「ちょっ、ちょっと待て! ジェスター、何故そうなる? フェリシーの力になってくれないのか。聖女様になる彼女の側近になれるんだぞ?」

 ジェスターは胡乱げに鳶色の瞳を細めた。

「聖女様呼ばわりしてるけど、バランド男爵令嬢は聖女候補から外されたよ。レナルド、叔父上から聞いていないの?」

「聖女になるのだから、当然でしょう」

「本人からも何も聞いていないの? 格上げじゃなくて格下げされるんだ。聖女候補ではなくなってただの神官だよ。神官長は本人に伝えたと言ってたけど?」

「「はっ?」」

 その場の全員の視線が聖女候補に集まる。呆けていたフェリシーがびくりとのけぞった。

「その、わたくしの力が安定すれば聖女は確実と言われているの。だから、もう少しなの。後少しだけ・・・」

「何言ってるの。君が聖女になれるワケないでしょ。ちゃんと現実がわかってる?」

 ジェスターが無情に言い切ってフェリシーを冷ややかに見据えた。


 頭の中が真っ白になった面々で一番初めに正気に返ったのはジルベールだ。

「ジェスター、どういう事だ?」

「バランド嬢の力には偏りがある。それが研修期間中に問題になったんだ。神殿から依頼されて解決方法を魔術師団で探っていたけど、結論から言うと矯正はすぐには難しいだろうと判断が下された。今日、僕が呼び出されたのはその件だ。

 貴重な治癒術だけど、バランド嬢は聖女には相応しくない、一介の神官止まりだ。ジル、君が臣籍降下したところでお仕えできる相手じゃない」

 ジェスターは幼い頃の愛称をわざわざ持ち出した。これで目が覚めてくれれば、とせめてもの情けだ。

「まさか、そんな・・・」

「叔父上からはそんな事一言も」

「バランド嬢、何故彼らに正直に告げなかった? 君って自分に都合の悪い事は黙ってればなんとかなる、というか、周りがなんとかしてくれるって思ってるよね」

 ジェスターが顔色を悪くする友人たちに代わってフェリシーを詰問する。彼女は大きな青の瞳から透明な雫を溢れさせた。

「わ、わたくし、・・・そんなつもりは・・・」

「ああ、そういうのいいから。僕は君の泣き落としにひっかかるほど暇じゃない。君が彼らにきちんと話していれば、今日のこの事態は起こらなかった。

 ねえ、君の無責任さに巻き込まれた彼らに対して言う事はないの?」

「ジェスター様、ひどいわ。魔力さえ安定すれば、わたくしは」

「とっくに安定しているよ。問題なのは術の発動。君、()()()()()()でないと、治癒できないよね」

 はっきりと断定されてフェリシーの涙が止まった。まさか、公の場でそんな事実を暴露されるとは思ってもみなかった。

 はくはくと無意味に口を開け閉めするフェリシーに周囲の視線が厳しく突き刺さる。選り好みで発動する治癒術など前代未聞である。確かに聖女とは呼べない。

「な、何を証拠に・・・。わ、わたしはただ、その、血生臭いのが苦手なだけで。血が苦手で術が使えないくらいで」

「そのくらいで落命したりしたらやり切れないな」

 アルマンが苦々しげに呟いた。

 治癒術は外傷を治す術だ。一番、お世話になるのは身体を張って他者を守る騎士や兵士で、彼の立場からしたら、『そのくらい』などとは口が裂けても思えない。

「はあ、素直に認めれば済むものを。証拠なら、シリル」

「えー、こっちに丸投げですかあ?」

 ジェスターに面倒くさそうに呼ばれたシリルが苦笑しつつ、前に出てきた。フェリシーに向かって優美に一礼する。

「元聖女候補サマには覚えておいでか存じ上げませんが、二ヶ月ほど前、ワタクシめが治療院を訪れた際、治癒していただけなかったのですが・・・」

「お、覚えてます。頭から血塗れで・・・。ごめんなさい。わたし、怖くて治せなくて」

「いえいえ、ちゃあんと治していただけましたよ。()()()に見覚えはありませんか?」

 シリルは眼鏡を外すと、長めの前髪をかきあげた。ありふれた茶色から中性的な絶世の美貌が現れ、深緑の切れ長の瞳に宿る艶っぽい色気に周りの女生徒は疎か男子学生まで揃って大きく息を呑み込む。

「あ、あなた・・・」

 シリルは目を丸くするフェリシーにふっと皮肉げに微笑んだ。


 植木鉢の落下という不運に見舞われたシリルが運び込まれた治療院には研修期間中のフェリシーがいた。

 シリルは頭部の怪我だが、幸運なことに軽症で命に関わるものではなかったし、意識もはっきりとしていた。ただ、頭の傷だけに出血がひどく、長い前髪にはべったりと血糊が張り付いている。傷を塞いでから血を清めようとなったのだが、フェリシーは治療ができなかった。

 血が怖いと泣き叫ぶ貴族女性に治療を促せる者はいない。別の治療師が通常の処置を行うことになった。

 患部の血を拭き取り、麻酔薬を周囲に塗って縫合するのだ。麻酔が効くまでの間に子供の急患が入って治療師はそちらを優先することになった。瓶の蓋の誤飲という命に関わるものだったから、シリルは麻酔で痛みが引いていたこともあって大人しく待っていた。

 その間、血塗れた頭髪を拭っていたのだが――


「やだ、隠しキャラ。こんなとこで出会うなんてラッキー」


 小声の呟きに顔をあげれば、キラキラと青の瞳を輝かせたフェリシーだ。血が怖いと処置室から出された彼女が通りがかりざまにわざわざ近寄ってきたことにシリルは戸惑った。

 頭髪を清めていたシリルは前髪を中央から左右に分けて顔をはっきりと露わにしていた。シリルは幼い頃から美貌ゆえに変質者やら幼児趣味の変態やら勘違い野郎どもに狙われて常に顔を隠し続けてきたのだ。咄嗟に及び腰になったが、フェリシーは彼が身を引くより早く治癒術をあっさりと展開させて一瞬で完治させてしまった。

「さあ、これでもう大丈夫ですわ。わたくしは聖女候補のフェリシー・バランドと申します。貴方のお名前は?」

 慈愛深い笑みのフェリシーにシリルは返事ができなかった。どうやら、後輩のシリルだと気づいていないようだが、先程との対応の違いに警戒心が働く。

「その、俺はただの平民です。聖女候補様にお目にかかれるような者では・・・」

「まあ、そのような悲しいことを仰らないで。ここではわたくしだって、ただの治療師の一人です」


 ――いや、さっきわざわざ聖女候補って名乗ったよね? 身分をひけらかしたのソッチダヨネ?


 シリルの心の声を知る由もないフェリシーは気軽に世間話を振ってくる。隣の治療室では子供の治療が試みられているというのに、随分と呑気なものだった。

 適当に相槌を打ってなんとかフェリシーをやり過ごしたシリルは治療院にフェリシーへの口止めを頼んだ。彼が顔を見せて「厄介ごとに巻き込まれたくない」と言えば、治療院では納得して了承してくれた。

 フェリシーは治療した超絶美形がどこの誰かわからないまま、治療院での研修を終えたのである。


「その節はどうもお世話になりました。元聖女候補サマ」

 超絶美形がにっこりと微笑んで、周囲からうっとりと感嘆の声があがる。

「ところで、カクシキャラって何ですか? あれから調べたけど、意味わからなくて」

 あざとく小首を傾げる仕草に鼻を押さえる生徒が続出中である。思わず、ジェスターは額を押さえた。

「シリル、やり過ぎ。バランド嬢、知己の後輩は治せなくても見ず知らずの美形は治せるって、人としてどうかと思うよ?」

「ち、違うの。そんなんじゃないのよ!」

 フェリシーは激しく首を振って狼狽の極みだ。ふと目の合ったエリゼーヌをすごい目で睨みつけてきた。鬼の形相で彼女に指を突きつけてくる。


「あんた! あんたのせいよ! あんたが怪我させたせいで上手くいかなくなったのよ⁉︎ どうしてくれるの?」

自棄になったフェリシーの反撃ですが・・・。

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