『若様の独身主義返上を望む会』会議録より、その2
今回も長めですが、一気に投稿します。
○月□日
【若様から評判のカフェとか知らないか聞かれたんですが、お嬢様とのデートでしょうか? ーー御者】
【いえ、買い出し頼まれました。お嬢様に振る舞うおつもりではありますが、どちらかというと餌付けしているような? ーー厨房使用人】
【若様にお嬢様のお好きな花を聞かれました。お部屋に飾りたかったようですが、菫なんですよね。季節外れで手に入らないと言ったらがっかりされました ーー侍女】
【温室栽培なら見つかるかもしれないとお調べになられていました ーー従僕】
【若様、変わりすぎじゃね? ーー護衛騎士・カフェに詳しいです】
【若様には頑張っていただかないと困ります。これまでの対応で、お嬢様にはお友達目指されているんですから ーーお嬢様付き侍女】
△月✖️日
【若様、やりました。菫の鉢植えに例のリボン巻いて渡してました。アノ若様が・・・。感涙モノです ーー若様付き一同】
【お嬢様、戸惑っておられましたよ。『枯らしたら可哀想だから水遣りしてね』って渡されて、プレゼントと思ってないです ーーお嬢様付き侍女】
【でも、喜んでたよね? 好きなんです、って言ってましたし ーー護衛騎士・菫探しに付き合わされました】
【菫のことですよね。若様が小声で『大丈夫、うん、わかってる』って、なんだか必死に呟いてましたが? ーー給仕係】
【狩りの基本は退路を塞いで望みの方向へ追い込む事とお教えしたのですが、若様は詰めが少々お甘いですね ーー若執事】
【怖いんですけど⁉︎ 若様に何吹き込んでんすか! ーー護衛騎士一同】
【望みを叶える方法ですが、何か? ーー若執事】
【若様がご令嬢との交流が上手くいかなかった理由がわかる気がします ーー乳母】
【申し訳ありません、少々執事教育が偏っておりました ーー老執事】
◎月+日
【植物園にお出かけとかデートにしては地味なんですが ーー御者】
【お嬢様は楽しんでおられましたから問題なしかと ーーお嬢様付き侍女】
【若様と摘み取り可の花畑で仲良くお花摘んでました。千日紅のちょっと地味な花束になりましたが、若様の分をあげたらお嬢様は喜んでました ーー護衛騎士・彼女欲しい】
【お嬢様はドライフラワーにして保存するおつもりです ーー乳母】
【お嬢様の好きそうな花も花壇に植えて、と若に言われたんじゃが・・・ ーー庭師】
【今度、リストアップしておきます ーー若執事】
☆月◇日
【若、気の毒すぎて泣けるんじゃが・・・ ーー庭師】
【ふっ、自業自得でしょう。今までのツケが回ってきたのですよ ーーお嬢様付き侍女】
【この会の主旨として、それはどうかと・・・。まあ、確かに自業自得以外ないですが ーー厨房使用人】
【お嬢様もなんと言うか・・・、成長なさいましたねえ ーー侍女頭】
【今日の出来事は進展してるんですか、それとも後退ですか? ーー護衛騎士・彼女持ちには不明です】
「え、何これ? 何があったの?」
ディオンは久しぶりに目にする会議録に目を見張った。最新の日付けでは何やら不憫な報告になっている。
地方への出張で一週間ほど留守にしていた間に子供たちの間で何があったのか、片腕と言える老執事に目を向けると沈痛な眼差しを返された。
「実は若君がお贈りした鉢植えをお嬢様は自室の窓辺に飾っていたそうですが、掃除中の侍女が落として割ってしまい処分したそうで」
「はっ? 花ごとかい。植え替えはしなかったの?」
「ええ、帰宅してそれを知ったお嬢様が慌てて探し出してブロンデル家に助けを求めたそうです」
鉢植えを破壊したのは事故だとしても主の持ち物だ、侍女が勝手に花まで処分するなんて普通はあり得ない。子爵家の侍女の質の悪さは分かっていたが、いくらなんでもこれはないだろう。
エリゼーヌは自家の者には助けを求めなかった、いや求められなかった。少女は自家に信用できる者がいないのだ。
薬師のブロンデル家は温室栽培が盛んで薬草の他にもハーブ各種や四季折々の花々も色々と育てていて植物育成のプロだ。ブロンデル家の尽力により枯らすのは避けられたが、花はまだ楽しめたはずだったのに全て散ってしまった。
落ち込んだエリゼーヌにヴィオレットは新たな鉢植えを譲ってくれた。彼女はジェスターからの鉢植えと二つとも侯爵家に持参してきた。
子爵家では育てられないからと侯爵家での世話を頼んできたのだが、少女はジェスターにお世話を頼まれた鉢植えを大事にできなかったとしょんぼりとしていた。
お世話を頼んだわけじゃなかったんだけど、と口ごもるジェスターにエリゼーヌは首を傾げてしまった。プレゼントだとは思ってもいなかったのだ。
そこで、ジェスターが話題転換にエリゼーヌが友人からもらった白い菫の鉢植えを持ち出したのだがーー
「菫の中でも白い花が一番お好きだとお嬢様が仰って、理由を聞いた若君が拗ねておしまいになられまして」
「え、どうして?」
「旦那様がお嬢様の髪に合う花だと贈られたのだと伺っておりますが」
「それはそうなんだけど・・・。うん、まあ、拗ねるよねえ」
ははは、とディオンは乾いた笑みを浮かべた。
白い菫はエリゼーヌとディオンが打ち解けたきっかけだ。
エリゼーヌは祖父譲りの髪を母に地味な色だと貶されて落ち込んでいたから、あの子の好きな菫の中でも髪に合う色ーー白い菫を髪に飾ってあげたのだ。白の菫はえんじ色に映えて清楚な雰囲気でとても可愛らしかった。頭を撫でながらそう告げたディオンに少女は面食らった顔をしながらも、はにかんだ笑みを向けてくれた。
『娘がいたらこんな感じだったのかな』と、ディオンは叶わぬ望みに想いを馳せたものだ。
イヴォンは奥方で手一杯で娘までは面倒をみきれなかったから、これ幸いとディオンはエリゼーヌに構うようになり、少女も懐いてディオンを慕うようになった。昨日今日の付き合いではない、ジェスターがいくらむくれようとも年季が違うのだ。
「娘にしたいなら養女でもいいんだけど、さすがに先代のお許しがでなくてねえ。ジェスターがエリーを望むなら大歓迎なんだ。それなのに、我が息子ときたら・・・。せっかく、先代と話をつけてきたのになあ」
ディオンは出張先で先代・エリゼーヌの祖父と会う機会があり、領地の問題もあって婚約話の詳細を話し合ってきていた。魔術師団勤務のイヴォンは領地を継がない。孫のエリゼーヌが跡取りなのだ。
「お話はいかように?」
「先代は『エリゼーヌをお望みなら嫁にだす。領地の心配はしなくていい』と孫娘の幸せを第一に考えておられたよ。だから、権力をかざす真似はしないと約束してきた。
あの子が望むなら、婚約成立で何があっても我がルクレール家で面倒をみるし、将来子供が生まれたら先代の養子にだして跡を継がせても構わない。でも、望まないなら、他家との縁組を整える話になった。
ジェスターには頑張ってもらわないと困るんだけど」
「まあ、頑張ってはおられますが。・・・結果が出ているかはともかくとして」
バスチアンも酷い言い様だが、成果だけを見るとジェスターの努力が実っているとは言えない。
何しろ、エリゼーヌはジェスターをお友達と捉えているのだから。
ジェスターはエリゼーヌを候補から下ろそうとしたディオンに反対してきた。『まだ期間は半分以上残っているのに勝手に終わりにしないで、当初の予定通り一年間は様子見するべきだ』と。
ディオンにしてみれば、『双方の合意でなければ婚約成立しない』と最初に明言してあるのだ。息子がこれまでお断りしてきた相手と同じ対応をするならば一年も時間をかける必要はないと判断しても仕方がないだろう。
それをイヤだと言うのだから、これまでの挽回をせねばならないのだが、全然エリゼーヌには伝わっていない。
「植物園に行かれたのも若君が興味があると言っていたので、研究欲でのお出かけに付き合っただけと思われておりまして。お嬢様はペンダントにしてもですが、若君の行為は全て研究か学習のためと受け止められておりました」
「・・・我が息子は一体何をやっているのかな?」
ディオンは額に手を当てて呻いた。バスチアンが鎮静効果のある香草茶ーーシャルリエ子爵領の物を淹れてくれる。
「若君はこれまでご自分から好意を示されたことはありませんから。いつも、示される側でどちらかと言うと辟易なさっていましたから、勝手がわからないようでして」
「ストレートに伝えれば済む話じゃないかな。エリーはそんな気難しい相手ではないよ。素直に応えてくれるだろうに」
「僭越ながら、若君は怖がっておられるのではないでしょうか。お嬢様に拒否されたくなくて遠回りをなさっているのではないかと愚考いたします」
「それは虫の良い話だろう。あの子は散々断ってきたのだから」
ディオンはお茶の香りを楽しみながら厳しいことを口にしたが、息子のもだもだした努力を一応は認めている。
ジェスターがエリゼーヌに贈ったガーネットのペンダントは誕生日プレゼントだ。少女の髪色に合わせた貴石を自分で選び、居場所特定の術を付け足したのは侍女たちに引き離された一週間がよほど堪えたようだ。
え、ストーカー?とディオンは引き気味になったが、むっとした息子が人混みでの迷子防止だと建前を用意していたから、取り敢えずは協力してあげていた。
素直に誕生日プレゼントと言えば良いのに、護身具だなどと言い訳するから、少女には伝わらないのだ。
最近、息子が髪を括っているリボンだって、メッセージカードのリボンが彼女の手による物だと気付いてわざわざ使用しているのに、偶々手元に髪紐がなくて再利用しているだけだと思われている。
会議録では使用人たちが『若様、何やってんの⁉︎』と嘆いていた案件だ。
「ああ、なんでああも面倒くさい子に育ってしまったのだか」
「・・・申し訳ありません。甥めの教育がなっておりませんで」
「いや、ナディアやジゼルに育てられているからなあ。強い女性にしか面識がないから、エリーみたいなタイプは不慣れなんだろうけど・・・。それで落ち込んでいるのか」
「いえ、まだ続きがございまして」
「え、まだあるの?」
バスチアンは無表情で頷く。
エリゼーヌはヴィオレットに鉢植えをもらった際に、同じく菫の鉢植えを婚約者に贈るからと取り寄せた貴族子息がいる話をされていた。
『婚約者の好きなお花を是非とも贈りたいと探していたなんて情熱的で素敵な方ね』と友人と恋バナで盛り上がったのだがーー
「・・・ジェスターが取り寄せたのってブロンデル家からだよね? 友人の伝を頼ったって聞いてるけど」
「左様でございます。ブロンデル家のご令嬢もお嬢様も存じ上げなかったようですが、話題になったのは若君が贈られた鉢植えですね」
「・・・全く気づかれないで他人事状態で大絶賛されるとか、胸中はとおっても複雑だろうね」
「はい。しかも、お嬢様とご友人は『婚約者のご令嬢が羨ましいわね』と意気投合なされたそうで、笑顔でその話をされた若君は盛大に不貞腐れてしまわれまして」
「そこで『君のことだよ』と言えてれば」
「それがお出来になる若君でしたら、私どもも案ずることはないのですが」
珍しく、沈着冷静なバスチアンがため息を溢した。ディオンもつられて深々と息を吐き出した。
貴族の婚姻は利益重視だが、この婚姻で子爵家にも侯爵家にも利益はあまりない。
シャルリエ家はこれ以上の取引枠拡大は無理で侯爵家からの恩恵は必要ないし、ルクレール家にもたらされる利はディオンとジェスターの満足くらいだ。貴族では珍しく個人の感情で成立する縁組なのだ。
イヴォン個人としてはこの縁組は歓迎されるものだった。ディオンがエリゼーヌを可愛がっているし、マドレーヌの気鬱の病を知っていても義娘にと望んでいるのだから。
ただ、マドレーヌが子爵家如きが侯爵家と縁組だなんて畏れ多いとこぼしていて消極的だった。だが、それは本音ではないと、ディオンは考えていた。
本当にそう思っているなら、いくらイヴォンとディオンが友人だと言っても初顔合わせで両親揃って欠席だなんて無礼を働くはずがない。
男児でなかったと娘を疎んでいるなら、婚姻で引き受けてくれる相手に感謝してもいいくらいだろうに、マドレーヌはエリゼーヌは子爵家の跡取りだと婿取りを望んでいた。だが、先代と確執のあるマドレーヌは先代に可愛がられている娘に何かと批判的なのだ。
「子爵家にエリーを置いておくのは先代も心配していた。出来れば手元に置いてご自分で育てたいようだが・・・」
「子爵夫人が反対なさるのですね?」
「ああ、先代は夫人と絶縁状態だから、そこはイヴォンが采配するしかないんだが、彼は奥方の言いなりで期待はできない。
婚約成立なら我が家からエリー専属の侍女をつけられる。まずは、エリーにジェスターが婚姻相手に望んでいると理解してもらわないと。恋愛感情は追々育てていけばいいから。でないと、我が息子は拗ねて変にこじらせそうだ」
ジェスターはきっと自分が抱くのと同じものを返してほしいと願っているはずだ。でなければ、ディオンの提案を押し退けて自分の意見を通しはしない。
面倒くさがりな息子は父と対立するよりも流される方を選びがちだった。
「クロエが恋愛小説をお薦めして情緒教育に励むと申しておりましたが」
「うん、そうだね。その辺の匙加減はお任せするよ」
ディオンは少女の情緒教育をナディアの孫に一任することにした。




