仕方がないことなのです
エリゼーヌは帰り際にディオンが呼んでいると書斎に通された。珍しく早めに帰ったディオンは手土産のフルーツタルトをご馳走してくれた。
「美味しいかい?」
「はい、おじ様」
にこにこ笑顔のエリゼーヌだが、実子のジェスターが呼ばれていないのが気になる。彼とは名前呼びを断られてからもう一週間も顔を合わせていなかった。
「ジェスターと喧嘩したと聞いているけど。エリーはまだ怒っているの?」
ぴたっと少女の手が止まってしゅんと項垂れる。
「・・・怒らせてしまったの。わたしが生意気なことを言ったから」
「喧嘩するほど仲が良くなったと思ったのだけど、違うのかな?」
「・・・わたしが、分を弁えていなかったから」
ふるふると首を横に振って、エリゼーヌはじっと食べかけのフルーツタルトを見つめている。
個別授業後にはいつも昼食をジェスターと一緒に摂っていたのだが、この一週間は一人きりだ。エリゼーヌは自家ではいつも一人で食事をしているので、マナーがいささか不安で食事やお茶をジェスターと一緒に摂るのも礼儀作法の一環だった。
しかし、侍女たちに『若様と顔を合わせる必要はございませんよ』と別室に案内されて、今ではずっと一人きりの食事や授業が続いていた。
まさか、名前も呼んでもらえないとは思ってもみなかった。赤の他人だと明言されたのがすごくキツくて、つい意固地になった。
その結果がこの一週間だ。望みの笑顔に近づくどころか、遠ざかってしまって、あんな事言わなければよかったと後悔するばかりだった。
「おじ様、ごめんなさい。わたし・・・」
「うーん、エリーはもっとワガママを言っていいと思うよ?」
ディオンの思いがけない指摘にエリゼーヌは明るい灰色の目を丸くした。ワガママを言ったからジェスターと絶交状態になっているのに、わけがわからない。
「おじ様?」
「婚約成立は双方の合意の場合のみ、という条件はエリーも聞いているだろう?
親しくなろうとしているのに、突っぱねる方が悪いんだ。エリーはもっとジェスターに言いたい事を言ってやっていい。家格差は気にしなくていいんだ。人見知りするあの子と慣れてもらうために候補期間なんて設けたのだから」
でも、それはクレージュ侯爵令嬢と顔合わせするまでの事だ。
婚約話をした時の父の言葉を思い出してエリゼーヌの表情は曇った。そんな少女を困ったように眺めて、ディオンはエリゼーヌの頭を撫でた。
「少し冷却期間を置いてみるかい? その方がジェスターも頭が冷めるだろう。イヴォンからね、領地の父君から帰郷の催促が来ていると言われたんだ。いつも、君の誕生日は領地でお祖父様がお祝いしてくれているんだって?」
「はい。今年は帰らない予定だったのですけど」
「お祖父様が寂しがるだろうし、君もお祖父様に会いたいだろう。明日から授業はお休みにするから領地に行っておいで」
「良いのですか、おじ様」
「うん。ジェスターには少しお灸を据えておこうと思ってね」
ディオンはにこりと笑顔なのだが、なんだか不穏な気配を感じて少女は首を竦めた。
「あの、おじ様。ごめんなさい、お役に立てなくて。婚約者候補と認めてもらえないなんて、情けないですよね」
「そんなことは気にしなくてもいいんだよ。もともと、ジェスターにも伝えてある。双方が合意でなければ、君には新たな相手を選んであげるから何も心配はいらないからね」
「え?」
初耳だった。エリゼーヌが小首を傾げると、ディオンは苦笑した。
「イヴォンから聞いていないかい? 一年もこちらの都合に付き合わせておいて、『やっぱりダメでした。はい、さよなら』なんて、いくらなんでも酷いだろう。お祖父様ともよく話し合ってくればいい。君の将来に関わることだから。
もうジェスターに愛想が尽きたと言うならすぐにでも紹介するけど、エリーはどうしたい?」
ディオンの説明に少女の胸に冷たい何かが降り積もっていくようだった。
ーーやっぱり、練習相手だから、用無しになるんだ。そうだよね、名前も呼んでもらえない婚約者候補だもの。
候補から外されるのは仕方のないことなのだ、と伏せた瞳に諦めの色を宿したエリゼーヌは了承して頷いた。




