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婚約破棄と解消と保留、そしてする予定はありませんけど?  作者: みのみさ
第二部 婚約するのも大変です

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迷える少女にはわからないのです

「ジェスター様、この絵を」

「別にいいよ。欲しかったら、自分で買ってる」

「あ、そうですね」

 相変わらずの塩対応にエリゼーヌはすぐに小さな額縁の絵を引っ込めた。


 この前の女神祭で買った絵だ。ルクレール邸の使用人やディオンに絵葉書をあげた彼女は一応ジェスターにも用意しておいたが、断られてしまった。半ば予想通りだから、落ち込む必要はない。

 画家の卵が描いた絵は全て異なる構図で風景画や宗教画が多かったが、動植物を描いたものもあって黒猫が優雅に欠伸をしている姿が何だかジェスターに似ていておかしかった。断られたら自分の部屋に飾るつもりで買ったから、これで問題ないのだ。

 エリゼーヌが大人しくお茶を飲んでいると、ジェスターが言いづらそうに口を開いた。

「あのさあ、君って土産ばかり買ってたよね。自分の物は買わなかったの? 隣の屋台には女性用の小物が取り扱われてたんだよ。君も令嬢なんだから、そういうのに興味はないの。いつも同じリボンばかり使ってるようだけど?」

「このレースのリボンが一番結びやすいので、ついいつも使ってしまって・・・」

「え、まさか自分で結んでるの?」

 ジェスターの言葉にエリゼーヌは失言を悟って目を泳がせた。

 貴族令嬢は自分で身支度はしない。侍女に整えてもらうものだが、子爵家ではエリゼーヌの扱いは軽かった。女主人である母がいつ発作を起こすかわからないため、常時数人が付き添うから慢性的に人手不足なのだ。そのため、『あまり手間をかけさせるな』と少女の世話をする侍女は必要最低限しか手を貸してくれない。

「ホント、君のとこの侍女って質が悪い。きちんと躾けた方がいいよ」

「・・・そうですね」

 ため息まじりの呆れた声にエリゼーヌは同意するしかなかった。


 ーーまた、やっちゃったな、とエリゼーヌは俯いた。


 少女は貴族令嬢として至らないと薄々は自覚していた。母の実家や友人のヴィオレットのブロンデル家で礼儀作法にまごつくことがあって、変だなあとは思っていたのだ。ただ、双方とも伯爵家で家格の違いかな、と幼い頃は単純に考えていた。

 しかし、ルクレール家で本格的に淑女教育を受け始めてそれは大きな間違いだと気づいた。

 エリゼーヌに専属の侍女はおらず、家庭教師は長続きしない上にすぐに休みをとらされる。彼女が大人しいのをいいことに放置されてきた弊害だった。

 ルクレール家の使用人は皆優しくエリゼーヌが淑女らしからぬことをしても嘲りも咎めもしない。やんわりと諭して令嬢として軌道修正してくれる。

 少女に『幸せになることを諦めなくて良い』と教えてくれたディオンが婚約者候補の教育として手助けを命じたからだ。

 エリゼーヌの家庭環境はあまり良いとは言えないが、こうして助けてくれる人はいる。エリゼーヌの幸せを願ってくれた唯一の味方だった乳母がいなくなっても、少女は一人ではないから頑張れる。

 ジェスターだって、素っ気ないし厳しいしで親しくなれていないが根は優しい少年だ。エリゼーヌがわからないことを尋ねても馬鹿にすることなくきちんと教えてくれる。わかるまで繰り返し説明することも面倒だと思ってはいても、態度にはださない。無責任に放り出すような真似は絶対にしなかった。

 この前の女神祭だって、気乗りしていなかったのに彼女が迷子にならないように気を遣ってくれた。

 エリゼーヌは与えてもらうばかりで申し訳なかった。令嬢らしさはまだまだ身に付かず未熟だ。せめて、日頃の感謝の気持ちを示したいと思うのだが、使用人には好評のちょっとした贈り物もジェスターには無意味だ。


 笑った顔を一度でいいから見てみたいのにーー

 どうすれば喜んでもらえるのか少女にはさっぱりだった。


 ジェスターはトゲトゲした殺気立つ視線に煩わしそうに眉をしかめた。視線の主はお茶のワゴンと共に控えているクロエだ。大人しいエリゼーヌを気に入っている侍女は少女の味方ですぐにジェスターを牽制してくる。

 ジェスターは何も意地悪をしているわけではない。婚約者候補として真正面から向き合えと父に示唆されたゆえの一年間だと理解しているから素の自分をだしているだけだ。これで愛想を尽かすなら彼女とはご縁がなかった、相性が悪いのだとなるだろう。

 選択権はエリゼーヌにも与えられているのだから、対等な立場なはずだ。もっと、彼女も素をだして本音を見せればいいのに、と話を振っているのに彼女はすぐに萎縮してしまう。

 つい、イラついてキツい物言いになっても仕方ないだろうに、邸の使用人たちはすっかり少女に絆されていてジェスターは居心地が悪かった。

 機嫌取りではないが、少しは自分からも歩み寄ろうとジェスターはエリゼーヌに話しかけた。

「新しいリボンが欲しいと思ったことはないの?」

 珍しく返事がなかった。ムッとしてジェスターが顔を上げると、少女は両手で包み込むように持ったカップの底をぼんやりと眺めていた。

「シャルリエ嬢?」

「エリゼーヌ様、お茶のおかわりはいかがですか?」

 ジェスターの声とクロエの問いかけが同時で少女はハッとして明るい灰色の瞳を瞬かせた。

「えっと、あの、何でしょうか?」

「お茶のおかわりはいかがですか?」

「あ、はい。いただきます」

 エリゼーヌは素直にカップを差し出して注いでもらった。ジェスターに視線を動かして小首を傾げる。

「あの、ジェスター様。今、何を・・・」

「何でもない」

 ジェスターもおかわりをもらってお茶の表面に視線を固定させた。

 無邪気な明るい灰色の瞳に苛立ちを覚えてキツい言葉が飛び出しそうだ。クロエからのお仕置きが必須で、避けるべき事態だった。

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